耐えるべき時を耐え 米長邦雄棋聖の言葉

米長邦雄棋聖のNHK人間講座『大局を観る』を読んだ。

実は言うと、この本を手に取るまで、米長邦雄の名前はもちろん将棋のこともろくに知らず、興味もなかったのだが、「大局を観る」という言葉に引かれて買った。

本書には、米長棋聖が将棋の世界に入るまでの過程や将棋の歴史、伝統、将棋界の今後の展望などが分かりやすく書かれており、将棋にまるで興味のない人でもぐいぐい引き込まれる。

でも、一番心に響いたのは、『耐えるべき時を耐え、攻めるべき時に攻める』という言葉だ。
私は攻めには強いけれど、耐えるのはもっぱら苦手で、つい出さなくていい一手を出してしまう。
先を急ぐあまり、動くべきでない時に動いてしまうのだ。

よく、占いなどで、「運気の下がっている時には、新しい事を起こしてはならない」という。

人間というのは、不安になると、どうしても新しいアクションを起こして状況を変えようとするが、苦しまぎれに考えついたことは、決していい実を結ばないからだ。

そして、物事が思うように動かず、自分自身も冴えなくて、「なんだかツキが落ちたなあ、もっと落ちそうだなあ」、と不安に思う時に限って、人は転職したり、引っ越ししたり、何となく知り合った相手と結婚に踏み切ったりする。

が、元々、動機が弱い上、ろくに考えもせず出した一手は、必ずどこかで綻びるのがオチなのだ。

私は、そこまで占いに凝っているわけではないけれど、流れが澱んだような時期がしばしば訪れる点については、まったくその通りだと思う。

それまで調子良く走っていた車が、どんどん錆びついて動かなくなり、ついには道端に停止してしまうような「もどかしい状態」を、私もこれまで幾度となく経験してきたからだ。

そういう時には、右に行っても、左に行っても、らちが開かず、どこに出口があるのかも分からない。

賢明な人間なら、そこでじっとしているのだろうが、私のように、「耐えるべき時」が分からない人間は、どうしても逃げ道を求めてあくせく動き回ってしまう。

そして、ついには、じりじり包囲されるような焦りや閉塞感から逃れたい一心で、とんでもない方向に走り出してしまうのだ。

「動きたい、動かねば」と焦っている時というのは、本当は「動かざるべき時」なのだと思う。

本当に動く必要がある時、また、運のバックアップがある時は、そんなにあくせくしなくても自然にいい方向に流れ出せるからだ。

でも、その「動きたい気持ち」を意欲や積極性と勘違いし、いわゆる「ババつかみ」をしてしまうのが私の悪い癖で、正直、この間も、ある事を始めようとして、すんでのところで思いとどまったものである。

それもこれも、米長棋聖の『耐えるべき時を耐え、攻めるべき時に攻める』という言葉が心を打ったからだ。

世の中には、「やりたい事があるなら、今すぐに」とか、「やらずに後悔するより、やって後悔」とか、私の大好きな「イケイケ格言」が数多く存在する。

そして調子の悪い時ほど、「イケイケ格言」が心にまぶしく響く。

確かに、イケイケ格言は真実かもしれない。

でも、人生には当てはまらない時もある。

「流れを読む」、つまりは、「大局を観る」という能力がなければ、どんなに優れた素質や条件に恵まれても、物事にしくじるのではないだろうか。

やけつくような焦燥感や閉塞感を堪えながら、運の流れを見据え、ここぞという時に動き出せる強さや賢さをぐっと蓄えておくのは難しいことだが、せめて『耐えるべき時』を見極め、はやる気持ちを抑えるだけの力は持っておきたいと思う今日この頃である。

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初稿:2006年7月7日

アイキャッチ画像は米長棋聖ではありません。

QUOTE CARD

  • どんな高邁な理想も、言葉だけでは人は動かせない。 身をもって示して初めて、理想が理想としての意味をもつ。 その後、彼は死ぬまで父を忘れず、その生き様を指針にするわけだが、愛とは何かと問われたら、慈しむだけが全てではない。身をもって生き様を示す勇気も至上のものだろう。 誰でも犠牲は怖い。  自分だけ馬鹿正直をして、損したくない気持ちは皆同じだ。  だが、その結果、一番側で見ている子供はどうなるか、いわずもがなだろう。  言行の伴わない親を持つほど不幸なことはない。  たとえ現世で馬鹿正直と言われても、本物の勇気、本物の優しさ、本物の気高さを間近に見ることができた子供は幸いである。 どんな高邁な理想も、言葉だけでは人は動かせない。 身をもって示して初めて、理想が理想としての意味をもつ。...
  • 「創造的」というのは詩を書いたり、絵を描いたり、という意味ではありません。無の平原から意味のある何かを立ち上げることです。 より良く生きる為に、日々、考えること、実行すること、その全てが『創造』です。 どんなに小さくても、昨日よりは今日、今日よりは明日、少しずつでも歩みを進め、善きものを積み上げることを「創造的な生き方」と言います。 「創造的」というのは詩を書いたり、絵を描いたり、という意味ではありません。無の平原から意味のある何かを立ち上げることです。 より良く生きる為に、日々、考えること、実行すること、その全てが『創造』です。...
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この記事を書いた人

石田 朋子

文芸愛好家&サブカルチャー・ファン。主に70年代~90年代の作品に思い入れがあります。寺山修司の名言『詩を作るより、田を作れ(揶揄)』をモットーに、好きな作品を次代に伝えることを目標にしています。海外在住につき、現代日本とは相容れない所がありますがご容赦ください。
※ 現在、制作巣ごもり中につき、ほとんど更新していません。