去年の汽車に ことしのおいらが乗るってことはできないだろう

[su_row] [su_column size=”1/6″]子供[/su_column]
[su_column size=”5/6″]だけど待ってたって永久に汽車にのれないって知らなかったんだ、ねえ張さん、去年の汽車は、今、すぐそこをでも走ってるよ[/su_column][/su_row]
[su_row] [su_column size=”1/6″]張[/su_column]
[su_column size=”5/6″]ちっとも見えないじゃないか[/su_column][/su_row]
[su_row] [su_column size=”1/6″]子供[/su_column]
[su_column size=”5/6″]目がわるいからだ。去年の汽車は、こんな夜でもすごい轟音でおれたちの目の前を走っている。ゴオゴオってすごい音をたててね。……ただいくら走っても走っても去年の汽車にことしのおいらが乗るってことはできないだろう。[/su_column][/su_row]

戯曲 毛皮のマリー・血は立ったまま眠っている (角川文庫)

時は足早に過ぎ去る。

自分は何も変わらないのに、世界の物事は物凄い勢いで傍らを走り去っていく。

過ぎ去ったものに、憧れても、悔やんでも、どうすることもできない。

それを諦念とするか、後悔のままとどめ置くかはその人次第。

ただ一つ、確かなのは、去年の汽車に今年のあなたが乗ることはできない、ということ。

QUOTE CARD

  • どんな高邁な理想も、言葉だけでは人は動かせない。 身をもって示して初めて、理想が理想としての意味をもつ。 その後、彼は死ぬまで父を忘れず、その生き様を指針にするわけだが、愛とは何かと問われたら、慈しむだけが全てではない。身をもって生き様を示す勇気も至上のものだろう。 誰でも犠牲は怖い。  自分だけ馬鹿正直をして、損したくない気持ちは皆同じだ。  だが、その結果、一番側で見ている子供はどうなるか、いわずもがなだろう。  言行の伴わない親を持つほど不幸なことはない。  たとえ現世で馬鹿正直と言われても、本物の勇気、本物の優しさ、本物の気高さを間近に見ることができた子供は幸いである。 どんな高邁な理想も、言葉だけでは人は動かせない。 身をもって示して初めて、理想が理想としての意味をもつ。...
  • 「創造的」というのは詩を書いたり、絵を描いたり、という意味ではありません。無の平原から意味のある何かを立ち上げることです。 より良く生きる為に、日々、考えること、実行すること、その全てが『創造』です。 どんなに小さくても、昨日よりは今日、今日よりは明日、少しずつでも歩みを進め、善きものを積み上げることを「創造的な生き方」と言います。 「創造的」というのは詩を書いたり、絵を描いたり、という意味ではありません。無の平原から意味のある何かを立ち上げることです。 より良く生きる為に、日々、考えること、実行すること、その全てが『創造』です。...
Morgenrood 曙光

Kindle Unlimited

宇宙文明の根幹を成すレアメタルをめぐる企業の攻防と人間の生き様を描いた本格的な海洋ロマン。専門用語は使わず、予備知識のない人でも分かりやすい内容に仕上がっています。無料PDFも配布中。Kindle Unlimited 読み放題の分冊もリリース。

この記事を書いた人

石田 朋子

文芸愛好家&サブカルチャー・ファン。主に70年代~90年代の作品に思い入れがあります。寺山修司の名言『詩を作るより、田を作れ(揶揄)』をモットーに、好きな作品を次代に伝えることを目標にしています。海外在住につき、現代日本とは相容れない所がありますがご容赦ください。
※ 現在、制作巣ごもり中につき、ほとんど更新していません。