他人の首に剃刀をあてられるのは、他人に信用されているから

[su_row] [su_column size=”1/6″]床屋[/su_column]
[su_column size=”5/6″]おれが床屋になったのはなぜだと思うね。[/su_column][/su_row]
[one-sixth-first style=”width:50px;font-weight:bold;”]南小路[/su_column]
[su_column size=”5/6″]毎日鏡をおおっぴらに見られるからですね[/su_column][/su_row]
[su_row] [su_column size=”1/6″]床屋[/su_column]
[su_column size=”5/6″]いいや違う大違いだ
おれはな、いまの時勢みたいに人が信用できなくなってるときに、他人の首にじゃりじゃりっと剃刀をあてる仕事をしていられるのは、自分が他人に信用されているからだと思ってるのさ。な、そうだろう。誰だって仇の剃刀に自分の喉をあずけっこねえやな。

<中略>

おれは近頃ふっと思うんだがな。だんだんとこう時勢がわるくなってくると床屋がふえるんじゃないかと思ったりしてね。町中の男という男がみんな床屋になってしまったらどうだろうね、と。ぞっとすることがあるんだよ。
朝、店のあめん棒がくるくると廻り出す。無論町じゅうの全部の家の前でだ。客は一人もいない。男たちはめいめいに鏡に向かって自分の首を剃りはじめる。自分さえ信用出来なくなった奴は、ひょい、ずばりっ、だ。な、南小路。
信用ってことが何より大事な世の中じゃねえか
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戯曲 毛皮のマリー・血は立ったまま眠っている (角川文庫)

床屋でも、歯医者でも、他人に刃物を向けられる時の、あの得もいわれぬ不安と違和感。

相手がその気になれば、こっちの命など一瞬で絶つことができる。

そんな意図はないと分かっていても、相手も人間、いつ何が起こるか分からないし、事故だってあり得る。

それとも、ゴルゴ13みたいに、常に体のどこかに小銃を隠すか?

信用がなければ、診察台にも上がれない……というのは、まったくその通り。

QUOTE CARD

  • どんな高邁な理想も、言葉だけでは人は動かせない。 身をもって示して初めて、理想が理想としての意味をもつ。 その後、彼は死ぬまで父を忘れず、その生き様を指針にするわけだが、愛とは何かと問われたら、慈しむだけが全てではない。身をもって生き様を示す勇気も至上のものだろう。 誰でも犠牲は怖い。  自分だけ馬鹿正直をして、損したくない気持ちは皆同じだ。  だが、その結果、一番側で見ている子供はどうなるか、いわずもがなだろう。  言行の伴わない親を持つほど不幸なことはない。  たとえ現世で馬鹿正直と言われても、本物の勇気、本物の優しさ、本物の気高さを間近に見ることができた子供は幸いである。 どんな高邁な理想も、言葉だけでは人は動かせない。 身をもって示して初めて、理想が理想としての意味をもつ。...
  • 「創造的」というのは詩を書いたり、絵を描いたり、という意味ではありません。無の平原から意味のある何かを立ち上げることです。 より良く生きる為に、日々、考えること、実行すること、その全てが『創造』です。 どんなに小さくても、昨日よりは今日、今日よりは明日、少しずつでも歩みを進め、善きものを積み上げることを「創造的な生き方」と言います。 「創造的」というのは詩を書いたり、絵を描いたり、という意味ではありません。無の平原から意味のある何かを立ち上げることです。 より良く生きる為に、日々、考えること、実行すること、その全てが『創造』です。...
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この記事を書いた人

石田 朋子

文芸愛好家&サブカルチャー・ファン。主に70年代~90年代の作品に思い入れがあります。寺山修司の名言『詩を作るより、田を作れ(揶揄)』をモットーに、好きな作品を次代に伝えることを目標にしています。海外在住につき、現代日本とは相容れない所がありますがご容赦ください。
※ 現在、制作巣ごもり中につき、ほとんど更新していません。