マッチ擦るつかのま海に霧ふかし 煙草の銘柄は?

マッチ擦る つかのま海に 霧ふかし 身捨つるほどの 祖国はありや

有名な寺山修司の短歌だが、なぜ私はこの時、作者が煙草を吸い、その銘柄は何だったのかと考えるのだろう。

ピース? ハイライト? まさかチェリーということはないだろう。

そして、その海が、なぜ青森だと思うのだろう。

しかも、時間は『夜』で、テトラポッドのある海岸だと。

ちなみに、有名な著述家にして、思想家でもある某氏が、『身捨つるほどの 祖国はありや』などという若者は信用できない、みたいな事を言っていたが、どうして『祖国』は祖国だと鵜呑みにするのだろう。たまたま、そこに『そこく』がはまったから、そのような句に喩えただけで、実家であり、故郷であり、生まれついた定めであり、自分を縛る世間であり、いろんなニュアンスがあるはずなのだけど。

ところで、擦ったマッチと吸い殻は、どこにいったのか。

私にはポイ捨てできずに、コートのポケットに忍ばせて持ち帰った、寺山修司の姿が浮かぶ。

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この記事を書いた人

石田 朋子

文芸愛好家&サブカルチャー・ファン。主に70年代~90年代の作品に思い入れがあります。寺山修司の名言『詩を作るより、田を作れ(揶揄)』をモットーに、好きな作品を次代に伝えることを目標にしています。海外在住につき、現代日本とは相容れない所がありますがご容赦ください。趣味はドライブと登山。