NOVELLA

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戯曲『星の王子さま』(寺山修司)現実社会で星はいかに輝くか

崇高な星の輝きは、現実に藻掻き苦しむ大人を決して見捨てたわけではない。 それらは確かに私達の真上に存在し、強い輝きを放っている。 それに気付けば、酔っ払いにも、落ちこぼれにも、星を掴むチャンスはあると分かるはずだ。 もしかしたら、童話の中で見つめる星よりも、勝利の輝きに満ちているかもしれない

去年の汽車に ことしのおいらが乗るってことはできないだろう

戯曲 毛皮のマリー・血は立ったまま眠っている (角川文庫) 時は足早に過ぎ去る。 自分は何も変わらないのに、世界の物事は物凄い勢いで傍らを走り去っていく。 過ぎ去ったものに、憧れても、悔やんでも、どうすることもできない。 それを諦念とするか、後悔のままとどめ置くかはその人次第。 ただ一つ、確かなのは […]

懐かしのわが家(遺稿)

ぼくは不完全な死体として生まれ 何十年かかって 完全な死体となるのである そのときが来たら ぼくは思いあたるだろう 青森市浦町字橋本の小さな陽あたりのいい家の庭で 外に向かって育ちすぎた桜の木が 内部から成長をはじめるときが来たことを

人生以上でも、人生以下でもない 寺山修司の『邪宗門』

この箇所で一番好きなのは、『人生以上でも、人生以下でもない』という表現。 存在の虚しさ、他者との関わりの空疎さを、一言で表せば、人生以上でも、人生以下でもない、となるだろう。 悲しい時に笑ったり、女房に相手にされないので人形相手に暮らしたり、現実にそういう暮らしをしている人は少なくない。

『おまえの時代』など永遠に来やしない 『ああ、荒野』寺山修司

新次が少年院を出て来て最初に耳にした「音楽」は村田英雄の「柔道一代」であった。 若いうちだよ きたえておこう いまにおまえの時代がくるぞ 泣きたかったら講道館の 青い畳の上で泣け それをききながら新次はパチンコ屋の地獄の雑踏に背中を洗われながら、じぶんのあまりにも早すぎた人生の挫折について、しみじみ […]

孤独とは慣れるのではなく、利用するもの 『ああ、荒野』より

人は子供の頃から「たくさん友達を作ろう」「人付き合いを大事にしよう」といったことは教えられても、「孤独を楽しみましょう」「一人の時間を大切にしましょう」といったことはほとんど教えらない。 学校=友達。 青春=友達。 良い人の条件=友達。 友達の数こそ人徳のバロメーターみたいに語られるから、「何が何で […]

能力の商品化 ~やりたい事と将来の選択(寺山修司の言葉より)

若い人が進路を選択する時、一番重要なポイントは「失敗したくない」の一言に尽きると思います。(飢えて、荒野に散ろうとも、オレは漫画家を目指す! みたいな熱血は除く) 日夜、メディアに踊る「○○議員、引責辞任」「○○会社、倒産」「芸人○○、どん底の今」「エリート一家に何が? 息子が父親を刺殺」「低所得に […]

『幸せ』が人生の目的ではなく ~寺山修司の『幸福論』より

私も30代前半から半ばにかけて、突然、「幸せ」について考えるようになり、その系統の本にもずいぶん目を通したものです。 女性向けの「愛されて幸せになる!」系のエッセーから、ビジネスマン必読の自己啓発ものまで(デール・カーネギーとか、ジョゼフ・マーフィーとか)、それこそ『幸せ』の二文字で首筋までどっぷり […]

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