NOVELLA

インテリは回っているけど、前進しない

それは、たとえば進歩的文化人を連想させることができる。「まわっているが前進しない」からである。ふつう、私たちは輪が回転するとき、その分だけ距離を獲得し、前進すると思っているのだが、風車はまわってもまわっても前進せず、他からの攻撃に対してはかたくなに身を守ろうとする。

『おまえの時代』など永遠に来やしない 『ああ、荒野』寺山修司

新次が少年院を出て来て最初に耳にした「音楽」は村田英雄の「柔道一代」であった。 若いうちだよ きたえておこう いまにおまえの時代がくるぞ 泣きたかったら講道館の 青い畳の上で泣け それをききながら新次はパチンコ屋の地獄の雑踏に背中を洗われながら、じぶんのあまりにも早すぎた人生の挫折について、しみじみ […]

孤独とは慣れるのではなく、利用するもの 『ああ、荒野』より

人は子供の頃から「たくさん友達を作ろう」「人付き合いを大事にしよう」といったことは教えられても、「孤独を楽しみましょう」「一人の時間を大切にしましょう」といったことはほとんど教えらない。 学校=友達。 青春=友達。 良い人の条件=友達。 友達の数こそ人徳のバロメーターみたいに語られるから、「何が何で […]

孤独とは慣れるのではなく、利用するもの ~寺山修司の言葉より

一人息子に捨てられた身寄りのない老人が、その孤独さからのがれるために、無差別に話相手を探さねばならない、というのは悲しいことである。しかも、何の共通性も持たない相手に向かって話しかけるためには、サービスとして何か話題を提供せねばならぬ、と知った老人の積極性というやつには、もっと悲しい何かがあろう。

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