映画『シンドラーのリスト』とアウシュビッツ収容所と中谷剛氏の『アウシュビッツ博物館案内』

久しぶりに映画『シンドラーのリスト』を見た。
こちらのTVP1というチャンネルで放送していたのだが、何度見ても言葉を失う映画だと思う。
ちなみにアメリカでは『シンドラーのリスト』だけが唯一、CMなしのノーカットでTV放送されるらしい。

我が家はクラクフにアクセスしやすいこともあって、人が訪れる度に「アウシュビッツに行きたい」とリクエストされる。
私は3度、夫は5度の訪問経験があり、いずれも回るコースはほとんど同じなのだが、一体これをどう人に説明すればいいのか、いや、もう、これに関しては、個々の感じたままに任せるしかない――というのが私の印象である。
「怖い」とか「可哀相」とか「許せない」とか、そういう単純な印象を超越した場所だからだ。

にもかかわらず、現実にあったことを想像するのは、あれだけの資料を見ても難しい。
山積みにされた囚人達の髪、メガネ、靴、旅行鞄。
犠牲者のポートレートや人体実験の写真。
今も当時のままに保存されているガス室や死体焼却炉。
話にはいくらでも聞けるし、「これでもか」というほど残虐な行為の証拠が目の前に残されているのだけれど、平和な時代に生まれて、人ひとり、殺される場面も見たことがないと、同じ人間がこういうことをするなど信じられないのである。

私が、アウシュビッツの本当の恐ろしさを理解したのは、子供が生まれてからだった。
見学コースには、犠牲となった子供の展示室もあるのだが、小さなガラスケースに収められた、子供用のベスト、上着、ベビー靴、頭だけの人形などを見た時、その残虐性が足元から這い上がってくるような感覚に襲われた。

どうしたら、生まれたばかりの赤ちゃんに毒ガスをかがせ、殺すことなど思いつくのだろう。
あの無垢な寝顔を見ても、良心のかけらさえ疼かないのだろうか。

もしその場に居たのが自分の子供だったら――そして、アウシュビッツに送られた全ての母親がそうだったように、有無を言わせず子供と引き裂かれ、無惨に殺されたとしたら――。
その時、やっと、この場で行われた事の残虐性が生々しく理解できたのだった。

アウシュビッツは「絶滅収容所」と呼ばれる。
「絶滅」とは、言葉通り、種を根絶やしにすることである。
ハエやゴキブリに対してそうするならともかく、同じ人間に対して、「絶滅」などあり得るのだろうか。
だが、一人の人間の思い付きと幾人かの賛同者、そして、それに付いていった大多数の人々によって、それは行われたのである。
ハエやゴキブリを駆除するかのごとく、拷問や毒ガスで死に至らしめ、次々に焼却炉に放り込み、灰にして、処分していったのである。

作家の曽野綾子さんも繰り返し書かれていることだが、真の恐ろしさは、その行為よりも、「それが同じ人間によってなされた」という点にある。
収容所で囚人をいたぶり、死に至らしめたナチス・ドイツの兵士たちは、特別に訓練された冷酷非道な殺人マシーンではなく、家に帰れば平凡な一市民であり、家族を愛するよき父親だった。
それが一体、いかなる作用によって、あの場では残酷になり得たのか、その二面性、そして不確実性こそ、私たちが最も心してかからねばならない人間の真実であり、歴史の一幕ではないかと思う。
こうしている今も、私たちは、無意識のうちに誰かを虐げ、搾取しながら生きているのかもしれないのだから。

日本からは遠い場所だが、もし機会があれば、実際にその目で見て頂きたいなと思う。

この動画はトレーラーだが、シンドラーの工場に行くはずだった列車が、誤ってアウシュビッツに送られ、女性達があわやガス室の犠牲になりかけた場面をダイジェストで編集している。
映画では、衣類を脱ぐ前に、髪を坊主のように切り落とされるシーンがある。

以下は、史実に忠実に描かれた映画「シンドラーのリスト」の抜粋。
私も初めて見た時は、「スピルバーグもやるなあ」って感じで、いくらかは誇張だろうと構えていたのだが、本当にこういう感じだったのだ……と、アウシュビッツに行ってから思うようになった。

こちらの動画は、「(設計上の問題から)このまま工事を続けては危険です」とナチスの上官に進言したユダヤ人女性のエンジニア。たったそれだけのことで射殺されてしまう。

こちらは労働力にならない子供を「処分」するために、ピクニックに連れて行くと称してトラックで運び出す場面。
真実を知らない子供達は楽しくはしゃぎまわり、事に気付いた母親らは狂ったように後を追いかける。
胸の引き裂かれるような史実である。

この動画は、それまでクラクフのゲットーに隔離していたユダヤ人を、本格的に虐殺する過程を描いている。
赤いドレスの少女は、それまで傍観的な立場を取っていたシンドラーの心が、一人でも多くの命を救うことに、深く静かに導かれてゆく象徴として描かれている。

オフィシエンチム戦争博物館 日本人ガイド 中谷剛さんのコメント

アウシュビッツ=オフィシエンチム戦争博物館のガイドといえば、中谷剛さんが有名です。私も2004年にガイドをお願いしたことがありますが、残念ながらスケジュールの都合がつかず、実現しませんでした。やはり一度はお話を伺いたい方です。

ガイドの内容をツイートして下さっている方があるので、ご紹介しますね。

中谷さんって、本当に素晴らしいですよ。在ポ日本人の鏡みたいな方です。
普通の人は、歴史博物館のガイドになる為に、ここまで努力しないし。
著書も持っていますが、序文から泣けますわ。

今、政治的というか、社会思想的な活動している人に対して、すぐ、右だ、左だと決め付けて、揶揄する人がありますが、皆が皆、○○党や○○主義にかぶれて社会活動に身を投じるわけではありません。
中谷さんのように、歴史に対する疑問、怒り、人類としての責任感から、こうした仕事に献身する人もあります。

アウシュビッツが人類最大の罪といわれる所以は、「数百万人が殺されたから」とういだけではありません。

ある人種に対する、日常的な嫌悪感、デマ、悪口が、政治的思惑と結びつき、虐殺や虐待が当たり前の光景になってしまった……という点にあると思います。

ナチスドイツに関わった人が、特別、極悪とか異常人格というわけではなく、「普通のお父さん」「普通の勤め人」が、まともな思考判断を無くして、大量虐殺に手を貸したという点が恐ろしいんですよ。何故なら、それは私たちの時代にも有り得るからです。皆さん、私はそんな愚かなことはしないと思ってるかもしれないけども、虐殺とまでいかなくても、悪質な苛めを見て見ぬ振りしたり、自分もいつの間にか加担したり、事情をよく知りもしないのに一緒に悪口を言ったり。
書類の改竄も、手抜き工事も、食品偽装も、やってる人は、大半が普通の勤め人でしょう。「上司に指示されてやった」「私は言われた通りに動いただけ」みたいに、どんどんエスカレートした先に、集団食中毒や建物の崩壊事故が発生する。ユダヤ人の大量虐殺も、その延長です。

そして今、『ハンナ・アーレント』や『アイヒマンを追え』『否定と肯定』『帰ってきたヒトラー』のような映画が次々に制作されているのも、似たような土壌が生まれつつあるのを世界中が危惧しているからだと思います。

「似たような土壌」というのは、人々がネットの過激な発言やフェイクニュースに踊らされ、誤った考えをもったり、誰かが疑問の声をあげれば一方的に叩き潰したり、特定の人間の言うことを鵜呑みにしたり、社会的に洗脳されやすい状態にある、ということです。

歴史教育というのは、善悪の裁判ではなく、「史実をどう受け止め、未来に生かすか」、その一点に尽きると思います。

史実の中には、自国にとって都合の悪いデータもあれば、物事を有利に導く為に政治的に利用されることもある。暴力の動画や音声のように、動かぬ証拠があるならともかく、通信技術が発達する以前の出来事で、生き残りの証言や焼け残った文書の一部のように、真偽の判別が難しいケースでは、「その時、何が起きたか」を正確に把握するのは難しいところもあるでしょう。

しかしながら、歴史というものを、利害ではなく、未来への糧と考えるならば、事実は事実、血は血として、受け止められると思います。

誰がやったか、やらないか、白黒をはっきりさせて、誤りを正すのも大事かもしれませんが、「何故そんな事が起きたのか」「どうすれば再発を防げるのか」を一人一人が自覚する方が、はるかに未来の犯罪の抑止力になるからです。

たとえ裁きの場で善悪が証明され、悪人が罰せられても、人類が罪の本質を理解しなければ、何度でも同じことは繰り返されます。

今の世の中、何が真実で、何がデマなのか、見抜くのも大変ですけども、何かがセンセーショナルに取り上げられた時には、まずその背景にあるものを探りましょう。ただ単に注目を集めたいのか、世論を誘導したいのか、賛同しているのは誰か、疑問の声はないか、等々。少し慎重になれば、罠の手前で立ち止まることができます。

悪の凡庸さ 映画『ハンナ・アーレント』自分は過たないと言い切れるのか

映画『アイヒマンを追え』 なぜ戦犯は裁かれねばならないのか ~歴史と向き合う意義

井上純一さんが非常に分かりやすいマンガをアップされてるので、参考にどうぞ。

アウシュヴィッツ博物館案内

中谷さんの著書も紹介しておきましょう。

私も持っていますが、序文がいいんですね。学生さんに是非読んでもらいたい。将来を考える・・というのは、こういう体験を言うのですよ。

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  (0 件のカスタマーレビュー)

ソ連の衛星国といわれていたポーランドに、フランクフルト経由で入国したのは1987年、僕は二十歳だった。「東側の人々」――そんなイメージを持って乗車した国際列車のコンパートメントで出会ったポーランド人は皆、人なつこくやさしい人だった。
(なんやー。普通の人ばかりやないか)
ちょっと拍子抜けした。日本のテレビや新聞で知った印象とはだいぶ違う。言葉もわからないのに皆、ひ弱な学生の僕を助けてやろうと懸命なのだ。

ポーランド訪問の目的は、小学校六年生のときに聞いた、あのアウシュヴィッツへ行ってみることだった。「よそ者」という一言がずっと僕の脳裏に居座っていたからだ。クラクフからオフィシエンチム(アウシュビッツ)まで一時間あまり。フランクフルトからの国際列車で知り合ったポーランド人夫妻が手配してくれたタクシーで、麦畑の中の道をひた走った。

強制収容所の跡地で感じた死の気配は強烈だった。果てしなく広大な土地を歩いていると、背中に無数の魂がかぶっさってくるような錯覚さえ感じた。当時、そこで何が展示されていたのかもほとんど覚えていない。

大学卒業後、ある医療用ベッドメーカーに営業マンとして就職した。そのころ世界は急速に変化しつつあった。1989年にはベルリンの壁が崩壊した。ワルシャワでは体制の転換を協議する円卓会議が開かれていた。こうしたニュースを見ていると、自由を求めるポーランド人たちと片言の英語で情報交換した1987年の感動が蘇ってきた。

「なんで、ポーランドなんかに行くの?」

心配する両親の問いにはうまく答えられなかった。理由がなかったわけではない。言葉で表現できない。胸元を突き上げられるような欲求をどう説明してよいかわからなかった。現地の言葉や習慣もほとんど知らない「よそ者」でもそこで生きていけるのだという実感を味わいたかった――などと説明したら、今でもほとんどの人は(おまえ、アホちゃうか!)と思うに違いない。

<中略>

しかし、条件が整ったことと(永住許可を取得するまでの経緯)生活能力があるということはまた別である。出口のない暗闇の中といった感じでまったく進歩のない語学力――。
「十年もやればできるようになるよ」という慰めとも皮肉とも受け取れる地元の人の言葉に、いくどとなく落ち込んだ。
最初の三年間は周りが笑うときも意味がわからず、問われる内容にも答えられない仔犬のような生活を過ごした。小学校三年生の時の沈黙体験が、ここでは免疫として役立った。

きちんとした生活をしてゆくためにもポーランド語を習得しなければならない。そのためのハードルとして国家資格の取得を目指した。日本では長らく車を運転していたが、あえてポーランド語で筆記試験を受けて、こちらの運転免許を取得することから始めた。通訳ガイド資格にも挑戦した。そうすれば講習会でポーランドの歴史が学べる。それに、通訳ガイドはなんといっても県知事免許の資格である。要するに動機は「言葉と生活」だった。

アウシュヴィッツ強制収容所の跡地は1947年以来国立博物館となっている。学生時代の体験から七年近く経った1994年にやっと再訪した。以前に感じた死の気配は消えていた。目的が違っていたからかもしれない。

僕とアウシュヴィッツは不思議な再会を果たした。その後公式ガイドの資格を取得して今日まで、僕がアウシュヴィッツから得たことは限りない。本書ではそれを、みなさんい紹介してゆきたいと思う。

目次は次の通り。

第一部 オフィシエンチムで
アウシュヴィッツ博物館へようこそ(過去を見つめる目)
ユダヤ民とロマ・シンティ(虐殺の対象となった人たちの今)
「いじめっこ」と」「いじめられっこ」(ポーランド人のジレンマ)
アウシュヴィッツを生き抜いた人々(苦悩と勇気)
過去と未来の架け橋(国際青少年交流の家)
現在進行形の教科書問題(歴史の認識)
国民記憶員(歴史の記録と清算)
アウシュヴィッツを守る人々(未来への期待)

第二部 写真で見るアウシュヴィッツ強制収容所
ポーランド国立アウシュヴィッツ・ミュージアム所蔵の、1939年から1945年にわたる歴史的写真61点で構成

第三部 アウシュヴィッツ・ミュージアム
アウシュヴィッツ=ビルケナウ国立博物館
ここが強制収容所だ(地獄の入り口)
絶滅計画の展示
収容所の生活
生体実験
死のブロックと処刑の庭
ロマ・シンティの悲劇
ソ連戦争捕虜
ポーランドはそのとき
神の試練か
ガス室と焼却炉
ビルケナウ(死の門、生死の選別から大量虐殺の現ばまで、女性収容所としてのビルケナウ、検疫隔離収容所、等々)
あとがき

ひとり旅のための簡単ガイド

アウシュビッツとの出会い

アウシュビッツを生き抜いた人たち

中谷剛 過去と未来の架け橋 アウシュビッツ博物館案内

中谷剛 アウシュビッツ博物館案内

こちらもあります。

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 著者  中谷 剛
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監督  スティーブン・スピルバーグ
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スティーブン・スピルバーグ監督がナチの虐殺からユダヤ人の救済を決意したドイツ人事業家・シンドラーの姿を描き、アカデミー賞7部門を受賞した傑作人間ドラマ。収容所で親族を亡くしたスピルバーグ監督は、監督料を返上してもこの作品を作り上げたという。
Amazonのレビューの中には、一度、アウシュビッツという所を自分の目でご覧になっては……と言いたくなるような意見もあって、まあ「やらせ」だの「ユダヤ寄りのプロパガンダ」だのと、嫌悪感を感じる人も少なくないのだろうとは思う。
しかし、「ユダヤ寄りの映画」だとしても、600万人が殺された事実に変わりはないし、この映画に登場するシーンの幾つかは、実際に、アウシュビッツ博物館に展示されている写真や遺物などを参考に非常に忠実に作られているのは確かである。私も誇張のように感じたことがあるけれど、「本当にそうだった」という事は現場に行けばよく分かる。どなたかがレビューで書かれているが、「この映画の描写はまだ抑えた方」って、まったくその通り。囚人を立ち牢に閉じこめて、足をめった打ちにするシーンや、餓死刑でのたうち回る囚人の姿が出てこないだけでも、マシだと思う。

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ユダヤ人の名手イツァーク・パールマンの奏でるバイオリンのソロが非常に哀しくも美しい。
まさに魂が乗り移ったような名演で、これはもうパールマンにしか弾けない曲だろう。
ジョン・ウィリアムズの音楽も、映画の根底を深く静かに流れるようで、画像との一体感が素晴らしい。
こういう映画にBGMを付けるのは非常に難しいと思うが、歴史の哀しさみたいなものを上手く表現していると思う。

テーマ曲だけを聞きたいなら、こちらのCDがおすすめ。
様々な映画に使われたクラシックの名曲をピックアップ。
「シンドラーのリスト」も収録されています。

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1939年、ナチスドイツがポーランドに侵攻したとき、シュピルマンはワルシャワの放送局で演奏するピアニストだった。ワルシャワ陥落後、ユダヤ人はゲットーに移住させられ、飢えや無差別殺人に脅える日々を強いられる。やがて何十万ものユダヤ人が強制収容所へ移されるなか、シュピルマンは奇跡的に死を免れ、ワルシャワ蜂起を目撃する。必死に身を隠し、ただ、生き延びることだけを考えるシュピルマン。だが、ある晩彼は遂にひとりのドイツ人将校に見つかってしまう・・・。

アウシュビッツを描いた作品ではこちらも有名。ドイツ人将校とのやり取りが非常に印象的です。
全編に流れるショパンの旋律も美しい。

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知名度では上記の二作にひけをとりますが、内容は非常にシリアスで、真に迫るものがある。
ナチスに贋札作りを命じられるユダヤの職人達。
命令通りにすれば祖国が経済的に壊滅し、逆らえば自分たちが殺される。
知恵に知恵を重ね、祖国を救い、生き延びようとする様が胸をうつ。
囚人同士の葛藤や争いも非常にリアルに描かれ、その他の「アウシュビッツもの」とは一線を画しています。

初稿 2010年7月28日

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この記事を書いた人

石田 朋子

文芸愛好家&サブカルチャー・ファン。主に70年代~90年代の作品に思い入れがあります。寺山修司の名言『詩を作るより、田を作れ(揶揄)』をモットーに、好きな作品を次代に伝えることを目標にしています。海外在住につき、現代日本とは相容れない所がありますがご容赦ください。
※ 現在、制作巣ごもり中につき、ほとんど更新していません。