僕の居場所 ~僕は淋しい野良猫~

僕は淋しい野良猫で、帰る場所を探している。
いつでも、どこからでも、帰って行ける場所だ。

夕べ、犬に言われたよ。
「犬はどこででも眠ることができる。自由を愛しているからさ」

だけど帰る場所のない自由なんて、ただ浮いてるだけだ。
もし君が死んだら、君には泣いてくれる人がいるの?

次の日、交差点で、車に轢かれた犬を見た。

待つ人のない犬は、そこに放置されたまま、誰かに名前を呼ばれることもない。

ずたずたになって、跡形もなくなっても、次から次に人に踏まれて、静かに眠ることさえできない。

これが君の望む自由なら、僕は鎖で繋がれても、僕の帰りを待ってくれる人を探すよ。
二人の間が窮屈なら、鎖は幾らでも伸びる。
肝心なのは、その端っこを、誰かがしっかり握っていてくれることなんだ。

僕は交差点を通り過ぎると、大きな和菓子屋の軒先にうずくまった。

今はまだ誰に気付かれなくてもいい。
とりあえず空腹さえしのげれば。
たとえ雨に打たれても、百夜ぐらいなら一人だって平気だ。
僕はそんな夜にもうずっと馴れているんだ。

そして、いつか僕の帰る場所を見つけたら、僕はもう二度と自由を羨んだりしない。
いつまでも君の側にいるよ。
心地良い距離の間で。

記 2005年? 

いつ、何の目的で書いたのか、まったく記憶になし。

QUOTE CARD

  • どんな高邁な理想も、言葉だけでは人は動かせない。 身をもって示して初めて、理想が理想としての意味をもつ。 その後、彼は死ぬまで父を忘れず、その生き様を指針にするわけだが、愛とは何かと問われたら、慈しむだけが全てではない。身をもって生き様を示す勇気も至上のものだろう。 誰でも犠牲は怖い。  自分だけ馬鹿正直をして、損したくない気持ちは皆同じだ。  だが、その結果、一番側で見ている子供はどうなるか、いわずもがなだろう。  言行の伴わない親を持つほど不幸なことはない。  たとえ現世で馬鹿正直と言われても、本物の勇気、本物の優しさ、本物の気高さを間近に見ることができた子供は幸いである。 どんな高邁な理想も、言葉だけでは人は動かせない。 身をもって示して初めて、理想が理想としての意味をもつ。...
  • 「創造的」というのは詩を書いたり、絵を描いたり、という意味ではありません。無の平原から意味のある何かを立ち上げることです。 より良く生きる為に、日々、考えること、実行すること、その全てが『創造』です。 どんなに小さくても、昨日よりは今日、今日よりは明日、少しずつでも歩みを進め、善きものを積み上げることを「創造的な生き方」と言います。 「創造的」というのは詩を書いたり、絵を描いたり、という意味ではありません。無の平原から意味のある何かを立ち上げることです。 より良く生きる為に、日々、考えること、実行すること、その全てが『創造』です。...
Morgenrood 曙光

Kindle Unlimited

宇宙文明の根幹を成すレアメタルをめぐる企業の攻防と人間の生き様を描いた本格的な海洋ロマン。専門用語は使わず、予備知識のない人でも分かりやすい内容に仕上がっています。無料PDFも配布中。Kindle Unlimited 読み放題の分冊もリリース。

この記事を書いた人

石田 朋子

文芸愛好家&サブカルチャー・ファン。主に70年代~90年代の作品に思い入れがあります。寺山修司の名言『詩を作るより、田を作れ(揶揄)』をモットーに、好きな作品を次代に伝えることを目標にしています。海外在住につき、現代日本とは相容れない所がありますがご容赦ください。
※ 現在、制作巣ごもり中につき、ほとんど更新していません。