洪水の話になった時、一番不愉快なのが「運命だった」という言葉だ。堤防が決壊したのも運命なら、父が死んだのも運命で、人の努力でどうこうできるものではないという意味だ。
だが、物事の成否も、人間の生死も、運命で決まるなら、人間が意思を持って生きる意味など皆無ではないか。

運命(フォルトゥナ)。

姿もなく、影もなく、気まぐれに人生を弄ぶ。

運命の前には、人間の意思など何の役にも立たない。揉まれ、流され、常に人の望みを打ち砕く。それほどまでに人の努力を嘲笑い、意のままにはさせぬというなら、運命よ。お前の好きにさせてやる。生かすも殺すも、お前の望み通りにすればいい。これまで、どれほど苦しくとも、人生の舵から決して手を離したことはなかった。強い意思をもって幾多の波を乗り越えてきた。だが、その根比べも終わりだ。人間の意思より運命が強いというなら、お前の成したいようになってやろうじゃないか。
海洋小説『曙光』 MORGENROOD (上)