水深4000メートルの愛 ~相手からは見えないけれど

「まあ、それが今まで独身できちゃった所以。もっとも、私のこの顔じゃあ、男も遠慮して寄りつかないでしょうけど」
「そんなことないよ。今からでもプロポーズすればいい。相手は戸籍上、独身だろう? だったら何も問題ないじゃないか」
「……あなた、ずばっと直球な事を言うのね」
「それだけが取り柄でね」
「でも、そう簡単じゃないわよ」
「どうして」
「口に出して言わなきゃ、分からない?」
「分からんね」
「私も、一応、『女』だってことよ」

「女の私から言い出すなんて、夢がないじゃないの」
「なるほど」
「ただでさえ、この十五年間、何の興味も示されなかったのに、突然、直球なんて投げられるわけがないじゃないの。この年になって一世一代の求愛を鼻先であしらわれたら、いくら私でも生きて行けないわ」
「じゃあ、君は、十五年間も黙って側で見てたわけ?」
「大きな声で言わないで! 」

「案外、相手も、同じことを考えてるかもしれないよ」
「どんな風に?」
「今まで隣人づきあいして、年も離れて、離婚歴もあるのに、今更、好きだの、結婚だの、気恥ずかしい」
「それはないわ」
「どうして分かる?」
「だって、向こうにチラとでも気があるなら、何かしらアクションがあるでしょう。食事に誘うとか、身体に触るとか。でも、この十五年間、本当に何も無かったんだもの、悲しいくらいにね」
「必ずしもそうとは限らないよ。気持ちを秘めれば秘めるほど、表面的には無愛想に見えるんじゃないかな、海と一緒で」「

「あなた、おもしろい事を言うわね」
「水深四千メートルの愛情だ。きっと、そうに決まってる」

海洋小説『曙光』 MORGENROOD (上) のボツ原稿

※オリガとヴァルターの会話。ワディとは妙齢の男女の仲という設定だった。

文書作成:2012年4月17日

Morgenrood 曙光

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この記事を書いた人

石田 朋子

文芸愛好家&サブカルチャー・ファン。主に70年代~90年代の作品に思い入れがあります。寺山修司の名言『詩を作るより、田を作れ(揶揄)』をモットーに、好きな作品を次代に伝えることを目標にしています。海外在住につき、現代日本とは相容れない所がありますがご容赦ください。趣味はドライブと登山。