犬

『犬』として扱われること ~本当にお前が社長の飼い犬ならば

理事長のアル・マクダエルに見出され、採鉱プラットフォームに来たものの、出会った時から「犬」呼ばわりされ、自分でも強く言い返せないことがコンプレックスになっている。
ミッションを前に、屋上で、先輩格のマードック、フーリエとビール缶片手に語り合う場面。(これは完成稿から削除しています)

「俺も毎日とりとめもない事ばかり考える。しまいに、自分でも何がしたいのか分からなくなってくる。いろんな考えが浮かんでは消えるけど、それだけなんだ。何も無いんだよ。まるで泡みたいに」

「そういうお年頃なんだよ。オレも、ダグも、マードックも、みんなそういう時期はとおに通り過ぎて、十年、十五年の歳月を重ねてる。今日ダグが言った、『ここで必死でやってきた充実感』というのは本当だ。お前の目から見れば、都合良く使われる犬みたいに感じるかもしれないが、オレたちはオレたちなりに、ここで働く意味を見つけてやってきた。金もない、名前もないけど、みんなで力を合わせて世界唯一の採鉱システムを完成させたという自負はあるよなぁ」

フーリエがぐうっとビールを飲むと、マードックも頷き、

「ゆっくり、焦らずに、考えればいいんだよ。まだ若いんだし、ここにも来たばかりじゃないか。一足飛びに何かしよう、何かしなきゃと思っても無理だよ。意味なんて、今日明日に見つかるもんじゃない、僕だって、腹の底から親父の仕事を手伝おうという気になるまで十年かかった。それまではアルクマールに帰ることばかり考えたんだからね」

「そうそう。一朝一夕に何かを為した人間なんて無いよ」

「……それは頭では分かってるんだがね」

「お前、いつも理事長にコテンパンにやられて、それで余計で焦ってるんだろ」 

「……それもある」

「だがな、あの人は、良い意味で、今すぐお前に何も期待してないと思うよ。本当に今すぐお前に結果を求めてるなら、具体的に目標を掲げて、あれしろ、これしろ、と指示するさ。たとえば、どこそこのデータを取ってこいとか、これを文書化しろとか。そして、その方がうんと簡単なんだよ、指導する側にとってはね。まさに犬の調教と同じだ

「そうそう。お前、二言目には『犬』って言うけどな、本当に人が『犬扱いする』ってことは、何も考えさせないことだ。指示だけ与えて、やるか、やらないか、それだけで判断する。でも理事長はそうじゃない。お前にあれこれ考えさせる。『考えさせる』ってことは、人間扱いしてる、ってことだ。こんな気の長い調教はない」

「だけど、俺は何度も犬呼ばわりされたんだぞ?」

「わざとだよ。……わざと刺激してるんだ」

「何の為に?」

「だから、考えさせる為に、だよ。今、お前の頭を撫でて、いい子いい子してやれば、それなりの結果は出すだろうけど、そこまでだ。それこそ『褒め言葉』という餌に釣られる犬になる。そうなって欲しくないから、考えさせるんだよ。お前が自分で気が付いて、本気で何かしようという気になるまでな」

「だから、テスト潜航のことも、ソリューションサービスのことも、提案したじゃないか」

「でも、そこまで熱を入れて言ってるわけじゃないだろ? 『本気』ってのはさ、何が何でもやらねばならぬ、誰が何と言おうとやり遂げてみせるという、固い信念を言うんだよ。マクダエル理事長みたいに、調査船が座礁しようが、資金繰りに行き詰まろうが、MIGの幹部会で槍玉に挙げられようが、絶対に、絶対に諦めない、十年、二十年かかろうと、アステリアの海の可能性を信じて死に物狂いで努力する、あれを『本気』と言うんだよ。お前みたいに、ダグやガーフィールドにちょいと気押されたぐらいで何も言い返せなくなってしまうような、そんなもんじゃないんだよ」

フーリエが断言すると、彼はぐっと唇を噛んで、星空を見上げた。マードックは彼に缶ビールを促すと、

「坊っちゃん、元気出せよ。理事長も何も無い砂浜にボートを繋ぐ一本の杭を打つところから始めたんだ。お前もさ、何か出来るよ、理事長ほどじゃないにしても、『何か』が見つかったら、きっと出来る。その為に呼ばれた。僕はそう思うよ」

「そうそう。焦らない。諦めない。そして希望を持つ。それが若さの特権」

彼はもう少しビールを口にすると、

「あんたら、いい人だな」
とつぶやいた。

「お前もいい奴だよ」フーリエが彼の頭を撫でる。「今日のミーティングみたいにさ、もっと素直に自分の考えてる事とか、気持ちとか、人に話せばいいんだよ。オレも、ダグも、多分みんな面食らったけど、『ああ、そんなこと考えてたんだ』って、分かったからな。オレなんか、側で聞いていて、何となくお前の好きにさせてやりたいという気持ちにもなった。まあ、金と時間のかかる事だから、同情だけでお好きにどうぞ、とはいかないけれど、そうやって周りの人間の気持ちを動かすことも大事だ。いつか本当に大きな事をやろうと考えてるなら、尚更な……おい、坊っちゃん、聞いてるのか」

フーリエが彼の頭をこんこんと突くと、彼の上体は大きくマードックの方に傾いた。

「こいつ、寝てるよ」

フーリエが彼の手の中の缶ビールを確かめると、まだ半分以上残っている。

大の男にもたれられたマードックは苦笑しながら彼の身体を少し後ろにずらすと、フーリエと目を見合わせ、缶ビールで乾杯した。

海洋小説『曙光』 MORGENROOD (上)のボツ原稿

このパートは削除しています。最初は結構ヘタレだったんですね。

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海洋小説『曙光』MORGENROOD

ニムロディウムという架空の金属元素を中心に、鉱業、海底鉱物資源、深海調査、海洋情報ネットワーク、建築&デザインなどをテーマに描く人間ドラマ。水深3000メートルに眠るニムロディウムの採掘は世界を変えるのか。生の哲学を中心に海洋社会に生きる人々の願いと攻防を描きます。Google Driveにて無料サンプルPDFも配布中。

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