正しいことのために苦しむ

正しいことのために苦しむ ~悩むのは良識がある証拠 《ペトロスの手紙》より

みんな心を一つにし、同情し合いなさい。

兄弟を愛し、あわれみ深く、謙虚になりなさい。

悪に対して悪をもって、あるいは侮辱に対して侮辱をもって報いてはなりません。

むしろ、祝福を祈りなさい。神は、祝福を受け継がせるためにあなたたちをお召しになったからです。

「命をたいせつに思い、

幸せな日々を過ごしたい日とは、

舌を制して、悪いことを言わず、

また、くちびるを閉じて、

偽りを語ってはならない。

悪から遠ざかり、善を行え。

平和を願い、これを追い求めよ。

主は、正しい人に目を向けて、

その祈りに耳を傾けられる。

しかし、悪事を働く者には、

主は厳しい顔を向けられる」

もし、熱心に善いことをしているなら、いったいだれが、あなたたちをひどいめに遭わせるでしょうか。

しかし、正しいことを行って苦しみを受けるのであれば、幸いです。

苦しいめに遭わせる連中の脅しを恐れたり、心を乱したりしてはいけません。

心の中でキリストを主とあがめなさい。

あなたたちの抱いている希望について説明を要求する人には、いつでも弁明できるように用意しておきなさい。それも穏やかに、敬意をもって、正しい良心で、弁明するようにしなさい。

そうすれば、キリストと一致したあなたたちの善い生活をののしる者たちは、悪口を言ってはいても、いずれは恥じ入るようになるのです。

神の意志によるのであれば、善を行って苦しむほうが、悪を行って苦しむよりはよいのです。

キリストも、人間の罪のために、一回かぎり、苦しまれました。

正しくない者たちのために苦しまれたのです。あなたたちを神のもとへ導くためです。

キリストは “肉” では死に渡されましたが、霊では生きる者とされたのです。そして、囚われていた霊のところへ行って、福音をお伝えになりました。この霊とはノアの時代に箱船が作られていたとき、神が忍耐して待っておられたのに従わなかった者たちのことです。

《ペトロスの手紙》 第三章 正しいことのために苦しむ 【新約聖書 共同訳全注 (講談社学術文庫)

育児に関する言葉で、私が一番目か二番目に好きなのが、「育児書というのは、本来、読む必要のない人が読んで、悩んでいる」というものです。(『ぴっかりさん』の愛称でしられた荻原光さんがブログに書いておられたこと。文章はうろ覚えですが、そういう内容でした)

まったくその通りで、育児書に限らず、人生訓でも、恋愛指南でも、本来読む必要のない人が読んで、ああでもない、こうでもない、と悩んでいるのが本当だと思います。

なぜって、子供の食事を作る気もなければ、まともに食べさせる気もない親は『子供がぱくぱく食べる魔法のレシピ』『病気にならない身体を作る ○○先生の離乳食教室』なんて本は読まないでしょう。

やる気まんまん、でも子供が思うように食べてくれない、どうしたら……と日頃悩んでいる人が、こういう本を手に取って、「ああ、やっぱり私のやり方は間違っていた。こんな風にすれば、もりもり食べてくれるに違いない」→「頑張ったけどダメ……(>_<) 何が悪いの、教えて! どうしたらいいの!」→どんどん深みにはまる、というのが現状だと思います。見方を変えれば、子供の食事にそれだけ悩む……というのは、まともなセンスの持ち主だからであり、子供に愛情と関心があれば、延々と悩むのが当たり前なんですね。悩まないのが『いい親』みたいに勘違いしてる人も多いけど。それは恋人や配偶者、周りの友人や、自分の仕事や生き方に対する悩みもそうです。理想通りになりたいのに、なれないから、悩みます。最初から向上心もなければ責任感もない、他人の財布を掠め取っても食えればええわ、みたいな人は、いかに生きるべきか、どうすれば社会の一員として、やり甲斐を感じられるようになるか、なんて考えません。自分で「こうあるべき」が分かるから、それに向かって努力しようとするし、そうなれない自分に苦しむんですね。そう考えると、正しいことに苦しむ(悩む)というのは、少しも間違いではないし、むしろ悩む私は発展中、ぐらいに思っておけばいいのではないでしょうか。アーティストでも、自分のスキルや創造性について悩まなくなったら終わりですからね。

今の世の中、中途半端に解脱して、「分かった!」と悟りを表明するのが格好いいように思われているフシがありますが、そんな簡単に物事など極められるものではないし、30代で「これが正しい」と信じていたことも、50代になってみれば「そうでもない」と気付くこともあります。人間の思想生活というのは、まさに正答の無い旅路で、そんな簡単に悟れるような人生のテーマって、どれほどのものやねん、と逆に訝しく感じますよね。真にプロフェッショナルな世界に行けば、70代後半になっても「違う、これじゃない」とかいって悩んでますよ。永遠に創造の神を追いかけているようなイメージです(しかも片思い^^;)。心の底から「報われた」「悟った」と思えた時には、その時点で、終わってるんじゃないでしょうか。

それが正しい動機であれば、人は堂々と悩めばいいし、一生考え続ければいい。それこそ人生の醍醐味です。
まるでその気のない彼氏に、どうやったら私に夢中にさせられるか・・と煩悶するのは、”悩み”ではなく、執着ですけどね。

そんな感じで、悩み苦しむ人々を、神は決してお見捨てにはならない、というのが上記の主旨です。

信じるか信じないかは個人の自由ですし、悪には悪で、侮辱には侮辱で、報復するのも、人間の生き方には違いないでしょう。

しかしながら、僅かでも良心が咎めるなら、良心が咎めることはしない方がいい。

他人は騙せても、自分自身を騙し続けることはできません。

たとえ店先からチロルチョコレートを盗むことに成功しても、その事実は、一緒に居た仲間は忘れても、自分自身はずっと覚えています。万引きの事実ゆえに、自分で自分を尊敬することができず、人に褒められても、仕事で成果を上げても、常に疑念にかられ、その敵意は周囲のみならず、自分自身にも向くんですね。だから何を得ても、心底から幸福を感じることがない。これこそ本当の生き地獄です。

「神」というなら、誰の中にも宿る良心そのものであり、「神が見ている」というのは、突き詰めれば、自分自身に他ならないのですよ。それがキリストであれ、お釈迦様であれ。

しかしながら、人には何度でもやり直す機会があります。

過去にどんな過ちをおかそうと、良心の為に苦しむなら、それもまた正しい悩みであり、神様はそういう人の味方です。

その寛大さを『愛』というのですよ……というのが、キリスト教のベースです。

――世界で最初のクリスマスに寄せて。

新約聖書 共同訳全注 (講談社学術文庫) (文庫)
by 共同訳聖書実行委員会

Price: ¥ 499
8 used & new available from ¥ 499
5つ星のうち 4.4 (10 customer reviews)

広告
>海洋小説『曙光』MORGENROOD

海洋小説『曙光』MORGENROOD

ニムロディウムという架空の金属元素を中心に、鉱業、海底鉱物資源、深海調査、海洋情報ネットワーク、建築&デザインなどをテーマに描く人間ドラマ。水深3000メートルに眠るニムロディウムの採掘は世界を変えるのか。生の哲学を中心に海洋社会に生きる人々の願いと攻防を描きます。Google Driveにて無料サンプルPDFも配布中。

CTR IMG