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「寺山修司」の検索結果50件

映画『アイヒマンを追え』 なぜ戦犯は裁かれねばならないのか ~歴史と向き合う意義

今、ドイツを中心に、ナチズムや人種迫害の歴史と向き合う作品が増えているように思う。 私が最近観た作品の中では、『ハンナ・アーレント』『帰ってきたヒトラー』『ヒトラー暗殺、13分の誤算』『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち『サラの鍵』(フランスのヴェロドローム・ディヴェール大量検挙事件をモチーフに […]

かなしくなったときは 海を見にゆく

かなしくなったときは かなしくなったときは 海を見にゆく 古本屋のかえりも 海を見にゆく あなたが病気なら 海を見にゆく こころ貧しい朝も 海を見にゆく ああ 海よ 大きな肩とひろい胸よ どんなつらい朝も どんなむごい夜も いつかは終わる 人生はいつか終わるが 海だけは終わらないのだ かなしくなった […]

戯曲『星の王子さま』(寺山修司)現実社会で星はいかに輝くか

崇高な星の輝きは、現実に藻掻き苦しむ大人を決して見捨てたわけではない。それらは確かに私達の真上に存在し、強い輝きを放っている。それに気付けば、酔っ払いにも、落ちこぼれにも、星を掴むチャンスはあると分かるはずだ。もしかしたら、童話の中で見つめる星よりも、勝利の輝きに満ちているかもしれない

人は「時を見る」ことなどできない 

人は「時を見る」ことなどできない。見ることができるのは、「時計」なのである。 寺山修司の仮面画報 人は「それ」をどのように認識するのだろう? たとえば、「愛」なら、ダイヤモンドやケリーバッグで感じるかもしれないし。 情熱的な恋文でそれを実感する人もあるかもしれない。 「名誉」なら、周囲の賞賛と媚びへ […]

寺山修司の名言とモルゲッソヨ

平昌五輪で大人気の『モルゲッソヨ』のアスキーアートがあまりに素晴らしいので、寺山修司の名句と掛け合わせてみました。 モルゲッソヨは立ち会いを許された覗き魔である。 寺山修司の仮面画報より 正しくは、「観客は立ち会いを許された覗き魔である」。 どんな鳥だって モルゲッソヨより高く飛ぶことは できないだ […]

詩心とは世界と人を愛する気持ち 寺山修司 少女詩集

つきよのうみに いちまいの てがみをながして やりました / つきのひかりに てらされて てがみはあおく なるでしょう / ひとがさかなと よぶものは みんなだれかの てがみです 海は、それを見る人の心の鏡であり、それ自体が何かを物語るわけではない。だから、海をどう表現するかを見れば、その人の心が分かる。海が美しいのではなく、海を想う人の心が美しいのである。

懐かしのわが家(遺稿)

ぼくは不完全な死体として生まれ 何十年かかって 完全な死体となるのである そのときが来たら ぼくは思いあたるだろう 青森市浦町字橋本の小さな陽あたりのいい家の庭で 外に向かって育ちすぎた桜の木が 内部から成長をはじめるときが来たことを

母の呪いと子の彷徨 愛憎の輪廻 ~寺山修司の『身毒丸』

寺山修司の作品を読んでいると、母親というのは、それほど醜悪で、身勝手なものかと哀しくなってくる。 そこには、夜なべをして手袋を編んでくれるような、優しい母の姿はない。 放校されたエジソンに、根気よく理科や算数を教えるグレートマザーの姿もなければ、我が子をかばって猟師に撃ち殺される、健気な母鹿の姿もな […]

なみだは にんげんの作る 一ばん小さな海です

なみだは にんげんの作る 一ばん小さな海です ロング・グッドバイ 寺山修司詩歌選 (講談社文芸文庫) なみだが人間の作る一番小さな海だとしたら この世界は誰の涙だろう そして、その人はなぜ泣いているのか 嬉し涙か 人の世を嘆き悲しんでいるのか 涙が渇く時 わたしたちの世界も消える ほんの一瞬 頬を伝 […]

>海洋小説『曙光』MORGENROOD

海洋小説『曙光』MORGENROOD

ニムロディウムという架空の金属元素を中心に、鉱業、海底鉱物資源、深海調査、海洋情報ネットワーク、建築&デザインなどをテーマに描く人間ドラマ。水深3000メートルに眠るニムロディウムの採掘は世界を変えるのか。生の哲学を中心に海洋社会に生きる人々の願いと攻防を描きます。Google Driveにて無料サンプルPDFも配布中。

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