オスカルの怒り ~アウシュビッツとド・ゲメネ公爵~

※ 『ベルサイユのばら』 第二巻 ド・ゲメネ公爵は、空腹のあまり、パンを盗んだ幼いピエール坊やを背中から騙し討ちにする。その場に居合わせたオスカルは、ド・ゲメネ公爵に決闘を申し込む。

初めてアウシュビッツを訪れたとき、そのあまりの残酷さに、「これは現実にあったことなのか……」と事実を受けとめるのに精一杯で、ただただ茫然とするばかりでした。一人二人の殺人ならともかく、一日数千人も殺戮するような桁外れの暴挙に対しては、かえって想像力が働かなくなるからです。

その酷さをやっと実感できたのは、私に子供が生まれてからでした。収容所内には「犠牲になった子供たちの展示室」があるのですが、むごたらしい写真の足元には、ガス室に送られる前に着ていたであろう手編みのおくるみやベビー服、汚れた人形の頭や、大人の手の平より小さなベビーシューズなどが展示されています。アウシュビッツでは、労働力にならない子供やお年寄り、妊婦や病人などは、囚人移送列車を降りたその場でガス室行きが決められ、家族とも引き離されて、無惨に殺されていったのです。

私も子育てしながらつくづく思いますが、幼い子供というのは本当に何も分かっていません。自分のしていることも、周囲の思惑も、この世にどんなルールがあるかということも。ただ、お腹が空いたら食べ、笑いたい時に笑い、彼らなりの小さな世界を精一杯生きている、そんな感じです。
そんな無邪気で可愛い子供に毒ガスをかがせて殺そうなどと、どうやったら思いつくのか――。

そう考えた時、アウシュビッツの酷さが初めて生々しく感じられ、こうした事が正義としてまかり通る「戦争」というものに、怒りを覚えずにいませんでした。
そして、今、自分が平和なポーランドに暮らしていることや、我が子が戦争や飢餓の恐怖からとりあえずは離れた所で生きていけることに、厳粛な気持ちを抱かずにいなかったのです。

「ベルばら」では、ひもじさの余り、公爵の馬車からお金を盗み出したピエール坊やを、ド・ゲメネ公爵が後ろからだまし撃ちにする場面があります。一度は許しておきながら、幼い子供の背中に向かって、虫でも殺すように銃弾を浴びせるのです。

その様を間近で見ていたオスカルは、今にもその場に飛び出して、公爵につかみかかりたい激情にかられますが、「よせ、あいては公爵家だ、どうしたってかなうわけがない」とアンドレに諭され、一度はその場を離れます。

しかし、宮廷の晩餐会で、公爵に「女のぶんざいで連隊長などと、かたはらいたいわ」と侮辱されると、国王夫妻や他の貴族が居並ぶ前で、「まだものの善悪もわからぬ子どもを背中からピストルでだましうちするような男がいっぱしに公爵だなどとは、こちらもかたはらいたい」と言い放ち、公爵との決闘を受けて立つのです。

相手がただ「平民」というだけで、子供でも平然と殺してしまうド・ゲメネ公爵に対し、オスカルがそうまで怒りを露わにするのも、もっともな話です。
他の人なら「仕方ない」で目をつぶることも、オスカルは決してうやむやにしたりしない、そこに彼女の潔癖さと『自分の思想のためには命もかける(注1)』誇り高さが現れているように感じます。

私がオスカルを好ましく思う理由の一つは、相手が誰であれ、正々堂々と自分の怒りを表明できる点です。「怒り」というと「悪いこと」と捉えている人も多いですが、不満や衝動と違い、自己の信念に支えられた怒りは、人間としての誇りと意志の証だと私は思います。オスカルが若い女性に支持されるのも、怒るべき時に怒り、またそうした自分を恥じない強さがあるからではないでしょうか。

人間としての怒りは、アウシュビッツやド・ゲメネのような暴挙に拮抗し、時には世の中を変える原動力にもなるものです。

オスカルは、いつの時代に生まれても、怒りや疑問をうやむやにしたりせず、きっと自分の信念に基づいて行動しただろうな――と思うと、私もささやかながら(それこそ『わたしの存在など巨大な歴史の歯車の前には無にも等しい』ですが)、自分の属する社会と子供たちの幸福のために努力せずにいないのです。

(注1)
「自分の思想のためには命もかける」という言葉は、オスカルがフェルゼンへの想いを断ちきる為に、ドレス姿で舞踏会に現れた時、フェルゼンがそうとは気付かず、「あなたにたいへんよく似た人を知っているのです」と、オスカルの印象を語る場面に登場します。
オスカルの人生を象徴するような一言です。

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アウシュビッツ収容所の写真

囚人棟の洗面所。ここで顔を洗い、情報交換も行われたとのこと。

アウシュビッツ収容所 洗面所

映画にもしばしば登場する囚人棟のトイレです。ここに子どもが隠れた場面は有名ですね(映画『シンドラーのリスト』)。
衰弱した囚人が穴から落下することも少なくなかったそう。

アウシュビッツ収容所 トイレ

囚人たちに割り当てられたベッド。夏はともかく、冬は到底、過ごせるものではありません。

アウシュビッツ収容所 ベッド

多くの囚人が射殺された死の壁。多くは、ろくな裁判も受けられず、問答無用で処刑されました。

アウシュビッツ収容所 死の壁

女性はみな髪を切られ、その髪は工業製品などに使われました。

アウシュビッツ収容所 

囚人が携帯していたカップなども没収され、軍需品などに転用されたり、加工されました。

アウシュビッツ収容所 カップ

ここに送られた囚人の多くは、また別の場所に移送されるか、強制労働させられるだけだと希望を持っていたそうです。
最後は、輸送列車を降りた所で区分けされ、ガス室送りになりましたが。

アウシュビッツ収容所 旅行かばん

ポーランド国立オシフィエンチム博物館 公式サイト
http://auschwitz.org/en/

子どもの玩具や人形まで没収されていたのですから、鬼畜の所業です……

アウシュビッツ収容所 囚人の所持品

アウシュビッツ収容所 囚人の所持品

ドキュメンタリー映像。フランス語ですが、囚人棟、ガス室、焼却所など、収容所全体を4分弱の映像にまとめています。

ポーランド国立オシフィエンチム博物館で唯一の日本人ガイド、中谷剛さんによるガイドの模様。

https://pixabay.comの画像ですが、今もイスラエルの国旗を掲げた若者グループが訪問しています。ドイツの若者が清掃などのボランティアに来ることもあるそうです。

アウシュビッツ収容所 

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この記事を書いた人

石田 朋子

文芸愛好家&サブカルチャー・ファン。主に70年代~90年代の作品に思い入れがあります。寺山修司の名言『詩を作るより、田を作れ(揶揄)』をモットーに、好きな作品を次代に伝えることを目標にしています。海外在住につき、現代日本とは相容れない所がありますがご容赦ください。趣味はドライブと登山。