未来のビジョンを『絵』に描く 大衆の心を動かす具体性と技術検証

未来のビジョンを『絵』に描く  大衆の心を動かす具体性と技術検証

ビジョンの重要性

「社会を変えよう」「○○改革」と簡単に言うけれど、一度、固定した階層や構造を変えるのは容易ではありません。学生のクラブ活動ならともかく、様々な業界や団体が縦横に絡み合い、数億、数十億、あるいはそれ以上のお金が行き交う中で、一つの仕組みを変えることは、あるものを否定し、あるものを解体することでもありますから、たとえ素晴らしい発案であっても、誰にでも歓迎されるものではありません。それまで多大な利益を得ていたら、当然、反発は起きますし、高見ををねじ曲げてでも、”従来通り”を押し通そうとするのがこの世の中です。『改革』の掛け声で、全てが理想通りに運ぶなら、これほど楽なことはありません。

だからこそ、新しい事業なり、システムなり構築する時は、数十年後の未来を見据えて、青写真を描かなければいけない。

「これがトレンドだから」「とりあえず上手くいけばいいから」みたいに、その場の思い付きで基礎のフレームを構築しても、必ず歪みが生じるからです。

たとえば、バナナが市場で高額と売れると分かって、国中の田畑を全部バナナ畑に変えてしまえば、バナナ会社は儲かるかもしれませんが、地元民は米も野菜もとれなくなって、いずれ飢えて死んでしまいます。働き手となる地元民が死んでしまえば、バナナ会社だってバナナの栽培を存続することができず、やがて国もバナナ会社も衰退して、後には荒れ地が残されるだけです。

バナナ会社が永続的に利益を上げたければ、バナナ畑も、地元民の畑も、同じように栄えるシステムを作らないといけない。

1ヘクタールのバナナ畑を10ヘクタールにすれば、儲けも10倍になるかもしれませんが、その土地で暮らしているのはバナナ会社だけでなく、働き手も生きていかねばなりません。そうした全体のバランスを欠いて、10倍の儲けに目がくらめば、いつか必ず破綻するのです。

本作では、巨大資本と有名な建築家が手を組んで、海洋リゾート都市『パラディオン』を建設し、トリヴィアの悪しき習慣や構造をそのままアステリアに持ちこもうとします。建設そのものが悪いのではなく、その根幹に描かれた青写真に問題があるのです。

たかがリゾート、たかが湾岸開発かもしれませんが、一度、形作られた権益の仕組みは、途中で過ちに気付いても、簡単には変えられないのです。

このパートは海洋小説『曙光』の抜粋です。
詳しくは作品概要と記事一覧をご参照下さい。
冒頭部の無料サンプルはGoogle Drive からDLできます。

【あらすじ】

急ピッチで湾岸開発の進むローランド島に、有名建築家フランシス・メイヤーが『パラディオン』という壮麗な海上都市の構想を持ち込み、トリヴィアの有力者や富裕層と結託して、第二の財源を築こうと画策している。その動きに気付いたアルは、パラディオンの対案として、ヴァルターの円環の海洋都市『リング構想』に期待を寄せるが、当人はその価値に全く気付かず、リズに「その気にさせろ」とけしかける。

【抜粋】 未来のビジョンを『絵』に描く

社会の停滞 : 同じ顔ぶれ、同じ資本が跋扈する

長年の疲れから体調が悪化し、病床に伏したアルは、枕許にリズを呼び出し、パラディオン建設の何が問題なのか言って聞かせる。

「子供の頃、祖父によくトリヴィアの歴史を聞かされた。開発ラッシュの中、どのようにファルコン・グループが経済と政治の中枢に食い込み、トリヴィアの全てを牛耳るに到ったか。その為に幾多の企業が足場を奪われ、撤退や閉業に追い込まれたか。人間の大欲非道は大航海時代から何も変わってない。武力が資本に置き換わっただけで、支配の構図は同じだ。力のない者は無念の涙を呑むだけで、どこにも救いはないのだよ。祖父はそんな現実をつぶさに見、考え続けた。我々にも一つだけ出来ることがある。それはファルコン・スチール社の独壇場だったニムロディウム精製法を遙かに超える技術を編み出し、屑みたいな低品位の鉱石も高純度のニムロディウムを取り出して、ニムロデ鉱山に完全依存した市場に風穴を空けることだ。そして、そのように成した。完膚無きまで――とはいかないが、あれをきっかけに反ファルコンの機運が高まり、小さな企業にも活路が開け、ネンブロットの鉱業や金属業の在り方まで大きく変えたのは周知の通りだ。そして、次は海台クラストの採鉱が新たな扉を開こうとしている。今は小さな流れだが、いずれダムに穴が空くように世界の様相を変えるだろう。それが直ぐさま、ファルコン・グループの一党支配を突き崩し、この世に正しい秩序をもたらす訳ではないが、道筋はできると信じている。だが、勢いでは連中の方がはるかに強い。雨雲は朝日も遮るのと同じだ」

<中略>

「問題はパラディオンだ。それが実作されれば、住居、オフィス、公共施設が一体となった、新たなゲーテッド・コミュニティとなる。海と空からしかアクセスできない、離れ島のような富裕層向け居住区だ。ペネロペ湾では、トリヴィアの治安悪化と飽和状態に嫌気の差した富裕層が早速触手を動かし、湾岸の高級物件を抑えにかかっている。パラディオンの建設が本決まりになれば、有利な用地と利権を求めて巨額の金が動くだろう。それが呼び水となって、いっそう強固で閉鎖的なコミュニティが出来上がる。その後はトリヴィアと同じだ。同じ顔ぶれ、同じ資本がアステリアに跋扈し、構造も仕組みも固定される。そうなれば、小さな企業も果敢にチャレンジできた自由公正の気運も失われ、同じ過ち、同じ悲劇が繰り返される。一度、力で押し切られたら、あとはドミノ倒しだ。そう簡単には覆せなくなる。そうなる前に皆が結束することだ。今のように個々がばらばらの方を向いて、どちらに走ればいいか分からない状況では、指揮官のない船団みたいに、あっという間に蹴散らされる。だが、一つの指針と目的に導かれた大船団になれば、無敵艦隊も撃沈できる。要は誰がその絵を描き、大衆に納得させるかだ。パラディオンの目くらましにも決して左右されない、確固たるビジョンだよ」

なぜ未来の『絵』が必要なのか

ヴァルターがGeoCADで密かに描く円環の海洋都市『リング』こそ、海洋都市アステリアの未来を大きく変えるアイデアだと話すアルの言葉に動揺したリズは、伯母のダナと話合い、父の真意を問い質す。

「アステリアに新しい指針が必要なのは分かるわね。このままだとファルコン・グループや有力者に食い荒らされ、せっかく芽吹いた自由公正の気運も死に絶えてしまう。ここなら存分に腕試しができると、技術力のある会社や有望な起業家が次々に集まり、本当の意味で切磋琢磨できる市場を開拓してきたけど、それも悪しき資本と政治力が結託し、新芽を摘みにかかれば、二度と萌え出ることはないわ。それもこれも『属領』『経済特区』という曖昧な位置づけゆえ。区民も違和感を感じても、自治権も選挙権もなければ為す術もない。だけども、アステリアにも百万人が暮らす海洋都市の建設が可能と分かれば、個々の意識も変わってくる。その絵を示せるのが彼だと、アルは言いたいのよ」

「絵にそれほどの力があるの?」

「採鉱事業計画をMIG執行委員会で初めてプレゼンテーションする時、アルは採鉱プラットフォームのイメージをマルティン・オイラー氏に描かせたの」

「オイラーさんに?」

「水深3000メートルの海底から鉱物資源を採掘しますといっても、予備知識のない人には何の事かさっぱり分からないでしょう。でも、採鉱プラットフォームのイメージを見せれば、人は瞬時にその概念を理解する。オイラー氏も専門ではなかったけど、ステラマリスで実際に稼働していた採鉱システムを参考に、アルのビジョンを具象化して見せた。それで執行委員会もアルが成したいことを理解し、話が前に進んだの。リングも同じよ。どれほど海の可能性や独立を説いても、言葉で伝えられることには限界がある。でも、理念を如実に表わす絵があれば、人は瞬時に理解する。建築パースやCM動画みたいに。かといって、実現不能な絵を示しても大風呂敷の夢想家と笑われるだけ。まして直径15キロの二重ダムなど、誰が真に受けるの。そうではなく、きちっと技術検証を行い、実作可能と分かれば、人々の受け止め方も全然違ってくる。アルが密かに専門家を雇い、基礎設計や構造計算を依頼したのはその為よ。何も彼のアイデアをまるまる盗んで、自益とするのが目的ではないのよ」

【リファレンス】 海洋リゾートのイメージ

『パラディオン』の元ネタは某建築家のCG画です。どのCG画かはヒミツです。

ドバイの人工島も参考になりました。

ユニークな海洋リゾートといえば、ドバイの「パーム・ジュメイラ」でしょうか。沿海を埋め立てるのに、どれほどの土砂を使ったのか、聞いてみたい。

現在建設中の『パーム・ジェベル・アリ』もゴージャス。

ドバイの湾岸も、やりたい放題ですよね。私には一生縁がなさそうですが。

『海上都市構想』はこれからもユニークなプランが続々と登場しそうです。

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上巻の冒頭部を収録した無料版PDFはGoogle Driveにあります。
閲覧は無料です。モバイルでも表示可能。
『曙光』上巻 ~”海底鉱物資源を採掘せよ”から”屁理屈だけは超一流”まで


 著者  石田朋子
 定価  --
 ページ数  1509ページ
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