処世の知恵と真理の違い ~人は魂で生き、理性で現世を渡る

11. 処世の知恵と真理の違い ~人は魂で生き、理性で現世を渡る

どっちがホント? 処世術と真理の違い

世の中、いろんな○○論が溢れています。

情熱をもって生きろと説く人がいる一方、ゆっくり生きればいいと説く人もあり、どちらが正しいのか、分からなくなりますよね。

それとは別に、この世には絶対不可侵の規律が存在します。

殺すな、盗むな、嘘をつくな、etc。

こうしたことは、文化や宗教の違いにかかわらず、大抵共通しています。(細部にまで目を向ければ、それが正当化される世界もありますが)。

後者を真理とするなら、○○論に相当するものは、処世の知恵といえるでしょう。

真理は変わりませんが、処世の知恵は、その時々に応じて変わります。

あえて言うなら、処世の知恵は、自分が損しない為の戦略といったところでしょうか。

真理は万人に救いの手を差し伸べることを良しとしますが、現実社会で、善人にも悪人にも、同じように施していたら、身が持ちませんよね。

現世を生きるには、二つの認識が必要で、真理を重んじつつ、処世の知恵を駆使するのが理想だと思います。

相反する○○論が存在したとしても、迷う必要はありません。

どちらも本当で、どちらも現実。

なぜなら、○○論は、現世の鏡のように、その時々に応じて形を変えるからです。

どちらが正しいか正義の天秤にかけようとするから迷うのであって、その時々に応じて、都合のいいように取り入れたらいいだけのこと。

処世の知恵は、真理と異なり、その時々に応じて沈んだり、もてはやされたりする、浮き草みたいなものですから、そんな教えに絶対的な価値観や正義を求める方が間違いなのです。

ある意味、魂は真理に、理性は処世の知恵に習うのが理想かもしれません。

人は魂で生き、理性で現世を渡るからです。

【あらすじ】 継父と新しい教え

故郷を襲った大洪水で最愛の父を亡くしたヴァルターは、母と二人、フォンヴィエイユの港町に暮らしていたが、母はとうとう心労で倒れ、ヴァルターも心的外傷で顔半分が歪んでしまう。
生活も立ち行かなくなった母子の前に現れたのは、母の元婚約者で、裕福な事業家のジャン・ラクロワ氏だ。
経済的な困窮もあり、母子は豪奢なラクロワ邸で暮らし始めるが、継父となったラクロワ氏の教えは、最愛の父の教えとは真逆であった。

【抜粋】 処世の知恵と真理の違い

ラクロワ氏の話はそれなりに面白かった。政治経済に限らず、スポーツでも文化でも一見識もっていて、聞けば何でも教えてくれる。口調も丁寧で、相手が子供だからといって省略したり、誤魔化すこともない。時には、価値観が引っ繰り返るような裏事情も聞かされるが、それも社会の現実と思えば非常に興味深い。

だが、父のように一から十まで共感することはない。その価値観はどこまでも実際的で、時に辛辣だ。

何でも使用人に頼むのは気が引けると言えば、  
「何を躊躇うことがあるんだね。使用人はそれを生業としている。君がそれを肩代わりすることは、彼らから仕事を奪うことになるんだよ。使用人は奴隷じゃない。れっきとした職業だ。彼らは生きる為に君の服を洗い、コップを洗い、バスルームを掃除する。何もかも納得の上で労働契約しているんだ。躊躇は、かえって彼らに失礼だよ」

それも分かるが、彼が知りたいのは生業うんぬんではなく、人としてどうかという点だ。

ラクロワ氏のように社会的に成功し、分刻みのスケジュールで生活する大人が使用人を雇うのは理解できるが、彼はまだ子供だ。父は「十歳になったら、自分の使った食器ぐらい自分で洗わないと駄目だ」と皿洗いをさせたし、「土曜の朝は家族で掃除」と決まっていて、彼も自室と二階のバスルームが担当だった。それもずいぶん面倒だったが、バスタブを磨くうち、工夫や忍耐、思いやりも身についた。使用人に身の回りの世話をしてもらうのは簡単だが、どこか人としての感覚がずれていくような気がしてならない。そのなれの果てが、エクス=アン=プロヴァンスの阿呆面の従兄だ。「その分勉強に打ち込んで、社会に役立つ人間になれば、大勢に還元される」とラクロワ氏は言うが、そうなる前に自分の価値観が歪んでしまいそうで怖い。

<中略>

裕福であればあるほど彼は違和感を感じ、上辺だけの人生を生きているような気持ちになる。ラクロワ氏が父とは違った明達の士であるのも理解できるが、その言葉は少しも心に響かない。

道理のわからぬ者に理屈を言って聞かせようなどと思わぬことだ。彼らはやがて君を敵とみなすようになる。それより本音は胸の奥に隠し、実になる部分だけで付き合うことだ。この世で賢人と言われる人はみなそうしている」

「世の中というのは、一割の利口者がそうではない九割から金や時間を奪って儲ける場所だ。それが嫌なら、楽しむ側より楽しませる側に立つことだ」

「良いことも正しいことも、ほどほどにすることだ。徹すると、善行も毒になる」

理屈としては解るが、永遠の真理とも思えない。それはあくまで処世に過ぎず、仁慈や気高さとは別ではないか。

それに対して、父の教えは春の日差しのように胸にしみた。

「学校でも、サッカークラブでも、納得いかないことはたくさんあるだろう。人の悪意に触れて愕然とすることもあるはずだ。でも、そんな時は、心の中でこう唱えるんだ。『父よ、彼らをお許し下さい。彼らは自分が何をしているのか、わかっていないのです』――これは十字架にかけられたイエス・キリストが彼を侮辱する人々に対して言った言葉だ。君をいじめる子供たちも、今は自分たちがしていることの意味を分からずにやっている。もしかしたら、一生理解せずに終わるかもしれない。それでも赦すんだ。相手を赦すことが君の心も救う。だから君も辛く悔しく感じた時は、この言葉を胸に唱えてごらん。真の心の強さがどういうものか、きっと分かってくる」

もし、サッカークラブの子供たちが父とラクロワ氏の言葉を聞いたら、子供たちは父の周りに集まるだろう。
一見、損で遠回りに見えても、父の教えは身体の真ん中でしっかり心を支えてくれる。
どうして父の教えから離れて生きていけるだろう。

【リファレンス】 原罪とは神の教えから離れること

このあたりのエピソードはキリスト教の『原罪』をモチーフにしています。

原罪といえば、「知恵の実を食べたアダムとイブ」のエピソードが有名ですが、イブをそそのかしたのは、「知恵の実を食べてごらん。神のように賢くなれるよ」というヘビの言葉。

神のように賢くなれる=人間が真理から離れ、自分の頭で考えて行動するようになる という意味です。

一見、いいことのように思われますが、「真理から離れる」というのが災いの元であり、いつも人間の判断が正しいわけではない、ということを示唆しているわけですね。

上記に喩えれば、真理と処世の知恵の違いです。

処世の知恵に長けても、真理から離れれば、魂も枯れていくのです。

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