本当の心の強さとは ~無理に鋼になろうとするな

34. 本当の心の強さとは ~無理に鋼になろうとするな

心の強さ=折れない強さ

「強くなりたい」という願いがありますが、「心の強さ」と「気の強さ」を取り違えている人も多いのではないでしょうか。心の強さは折れない強さで、「言いたいことがはっきり言える」とか「周囲の目を恐れない」みたいな気の強さとは異なります。そして、多くの人は、後者を「強い」と思い込み、虚勢を張ったり、強気に出たりする。一時は相手に打ち勝てるかもしれませんが、元々、強いわけではないので、自分よりもっと強気な人や優れた人に出会うと簡単に心が折れます。相手に勝ったと確信するまで、がむしゃらに頑張るので、いつか疲れて、挫折します。本当の心の強さは、競うこともなく、落ち込むこともなく、淡々粛々と生きていくものなのですが。

本作では、堤防を守りに戻って、高潮に呑まれた父の死を理不尽に感じ、その怨みを故郷の再建コンペや人間関係にぶつける主人公の姿が描かれています。
父の死の真相を知って、その怨みはいっそう激しいものになります。
それに対し、上司であるアル・マクダエルが教えるのは、『本物の心の強さ』です。
本当は人一倍繊細で、一人で生きていけるほど強くもないのに、「そうあらねば」の一心で、がむしゃらに頑張ってきた主人公に、心の目を開かせる場面です。

このパートは海洋小説『曙光』の抜粋です。

詳しくは作品概要とタイトル一覧をご参照下さい。

冒頭部の無料サンプルはGoogle Drive からDLできます。

【あらすじ】 意地と心の強さは違う

採鉱システムの接続ミッションを前にして、ヴァルターは幼馴染みのヤンから、父の最期の様子を聞かされる。
土木技師だった父は、決壊寸前の堤防を守りに戻り、ぎりぎりまで必死に高潮と闘ったが、ほんの数分差で救援の車に乗ることができず、高波に呑まれたことを知って、激しいショックを受ける。
そんな中、最後の主任会議が開かれ、アルはヴァルターに生きる心構えを語って聞かせる。

【抜粋】 本当の心の強さとは、意地ではなく素直さ

父の最期の様子を知り、運命を呪うヴァルターに、アル・マクダエルは心の強さについて言って聞かせる。

「だが、父が死んだ事実はどうなるんだ。どうやって納得しろと? ほんの数分差で運に見放されて、我先に逃げた人間が生き残る。運命は何も助けない。正義も報われない。理不尽な現実があるだけだ」

「たとえ、そうだとしても、お前はこの先も生きてゆかねばならん。父親がどんな死に方をしようと、どんな理不尽を目の当たりにしようと、物事は待ってはくれない。そうだろう?」

「……」

「わしはお前の父親に会ったことはないが、一つだけはっきり言い切れる。それは自分の命を犠牲にしても、お前に道を示したかったということだ。あの晩、お前の父親が我先に逃げ出して、今まで通りの暮らしが続いたとしても、その中にお前の尊敬する父親はもはや無い。口先だけの人だったと失望し、お前との関係も、生き様も、何もかも違っていただろう。結果として命は失われたが、お前は父親の願い通りに生きている。それでもまだ父親の死は無駄で理不尽だと恨み、のたうつか? 人間にとって命に勝る宝はないが、父親にとって息子は命に勝る。生きるか死ぬかの瀬戸際で、お前の父親は自分の命より息子の前途を取った。身をもって生き様を示すことが、後々、お前の支えとなり、心の導きになると信じたんだ。そして、その願い通りになっている。お前が片意地を張って、グダグダ言わん限りはな」

「……」

「もういい加減、目を覚ませ。理不尽というなら、世の中そのものが理不尽だ。誠実な者ほど人一倍苦労し、小賢しいのが天頂に上る。その一つ一つを不正だ、不平等だと喚いたところで、縦の物が横になるわけではない。どこかで折り合いをつけて、共存共栄の道を探るしかないんだよ。この世で生き続ける限りはな。だからといって、決してお前に理想を捨てろとは言わない。自分が正しいと信じる指針は大事にすればいい。だが一方で、清濁あわせ呑む度量も持て。それは決して正義の敗北ではない。相容れないものとも上手に付き合う糊代を持つことで、不毛な争いを避け、勝機を広げることができるんだ。いつまでも『許せん、許せん』と憤り、自分の殻に閉じこもっても、決して人生は開けない。穴から顔を出した途端、ロイヤルボーデン社のように、もっと狡猾な相手に頭から食われるだけだ。それよりも心を開いて、世間に飛び込め。プルザネではどうか知らんが、マードックやフーリエとは上手くやれただろう。ここでお前に心から礼を言ってくれた人もいたはずだ。お前が何をどう頑張ろうと、この世のことは人次第だ。人を動かさぬ限り何も変えられない。人は裏切り、傷つけもするが、人を救うのもまた人間なんだよ。──そうやって泣いている間も、お前はわしに『負けた』と思ってるのだろう。だが、わしの評価はむしろ逆だ。屁理屈を並べて吠え立てるより、ずっと大きな可能性を感じる。弱いと思うなら、弱いなりに生きてゆけばいいじゃないか。なぜ無理に鋼になろうとする? 世の中には蟻のような逞しさもあれば、水のような強さもある。感じやすい性質だからといって、知性や精神力まで劣るわけじゃない。恥というなら、出来もしないことを『やれる』と大見得を切ることだ。今ここで『出来ない』と弱音を吐いたところで、誰もお前を弱い人間とは思わない。この一ヶ月、必死で頑張ってきたのは誰もが知るところだし、事情を知れば、みな納得するだろう。お前は皆の信頼を得てる。それが一番の資本だ」

<中略>

「お前はたった一つの勘違いで人生を台無しにしようとしている。それは『強さ』に対する誤解だ。お前が身に付けようとしているのは力であって強さじゃない。力は弱り、失うこともあるが、強さはもっと柔軟に人生を支えてくれる。明日、『助けてくれ』と言えたなら、その意味が解るだろう。明日はプロとして操縦席に座れ。今まで矜持をもってやってきたことだ。お前なら出来るはずだ」

Kindleストア

上巻の冒頭部を収録した無料版PDFはGoogle Driveにあります。

閲覧は無料です。モバイルでも表示可能。

『曙光』上巻 ~”海底鉱物資源を採掘せよ”から”屁理屈だけは超一流”まで



広告

海洋小説『曙光』の最新記事4件

>海洋小説『曙光』MORGENROOD

海洋小説『曙光』MORGENROOD

ニムロディウムという架空の金属元素を中心に、鉱業、海底鉱物資源、深海調査、海洋情報ネットワーク、建築&デザインなどをテーマに描く人間ドラマ。水深3000メートルに眠るニムロディウムの採掘は世界を変えるのか。生の哲学を中心に海洋社会に生きる人々の願いと攻防を描きます。Google Driveにて無料サンプルPDFも配布中。

CTR IMG