30. 水中無人機の調整と訓練 ~もし潜水艇の事故が起きたら ~実験プールにて~

水中無人機と海洋の技術

水中技術も進歩したとはいえ、人間がそうそう潜って、海底地形を確かめたり、機械の調子を調整するようなことはできません。

人間にとって、深海というのは、到底生存不可能な世界です。
むしろ宇宙空間の方が長く滞在できるのが不思議なくらいです。

そこで重視されるのが水中無人機。
映画『タイタニック』の沈没船調査でも活躍したように、人間の代わりに、水深数百メートルから数千メートルの水中に潜り、海底火山の噴火口を撮影したり、石油リグの設備を調整したり、深海底で生物を採取したり、様々な活動を行います。

しかしながら、水中は電波が届かず、音波で何もかも遠隔操作できるわけではありません。大量の画像データを送信したり、ハロゲンライトやマニピュレーターを操作するには、高性能な通信ケーブルが必要になります。

一般に、私達がイメージする水中無人機は、有策(ROV)であり、海上の支援船から巨大な設備を使って直径数センチに及ぶ複合ケーブルを操作します。

一方、ケーブルの無い自律型の開発も盛んに行われており、こちらは動作に必要な電源を機体に搭載し、プログラムされたように水中で活動します。

一見、ケーブルの無い方が便利に感じますが、自律型の場合、搭載できる電源も、リアルタイムで送受信できるデータ量も限られています。また何かのトラブルで行方不明になれば、回収も絶望的です。浅瀬ならともかく、深海での調査には、まだまだ課題も多いです。

本作では、採鉱システムの揚鉱管の接続に水中無人機が大活躍します。

オペレーター達はみな若く、海上プラットフォームの暮らしを楽しんでいます。

開発、操作、維持・管理、これからますます需要の高まる分野です。

本作でも指摘していますが、いずれ宇宙開発の技術が深海にも応用され、優秀な自律型ロボットが深海調査や水中作業に大活躍すると願っています。

このパートは海洋小説『曙光』の抜粋です。

詳しくは作品概要とタイトル一覧をご参照下さい。

冒頭部の無料サンプルはGoogle Drive からDLできます。

【あらすじ】 水中無人機の訓練

海底鉱物資源の採鉱システムの接続ミッションでは、水深3000メートル下で、高電圧リアクター、揚鉱管、集鉱機を接続する水中作業が必要になる。
接続ミッションの予定日が迫る中、ヴァルターは潜水艇のパイロットとして、無人機のオペレーターらを補佐する為に、水中無人機の調整に立ち会う。
そこに当日彼のパートナーを務める大学生のエイドリアンが現れ、幼馴染みのリズを横取りされた鬱屈した気持ちを打ち明ける。
腹を割って話合い、少し打ち解けた二人は、再び耐圧殻でミッションの打ち合わせをするが、その際、 ベテラン・パイロットであるヴァルターに「潜水艇の事故が起きたらどうするか」と持ちかけられ、エイドリアンは不安な表情を見せる。

【抜粋】 水中無人機の訓練と、もし潜水艇の事故が起きたら

水中無人機の操作と調整

水中無人機を製作したノボロスキ・マリンテクノロジー社の実験プールにて

ノボロスキ社長は矍鑠とした足取りで工場を横切ると、隣接する屋内実験プールに案内した。プールの大きさは20メートル四方、水深1.5メートルから7メートルの深さに分かれ、人工の波や水流を作り出すことができる。

ノボロスキ社長自身も水中工学の知識を持ち合わせ、エンジニアと意見を交わしたり、実験を見学することもあるそうだ。今日もプラットフォームから運び込まれた四台の水中無人機がプールサイドに並ぶと、まるで我が子に再会したように目を細め、「トリアロにクアトロ、ヴォージャにルサルカか。これもいいロボットだ。深海でもよく働くだろう」と誇らしげに機体を撫でた。

「プールは夕方まで好きに使ってくれていい。採鉱システムの成功は我が社の業績でもあるからね。十月十五日の接続ミッションは見事にやり遂げて、当社の水中機器をおおいに宣伝してもらいたい」

早速ノエ・ラルーシュと彼の後輩にあたるマルセルが無人機をセットアップし、ヴァルターも彼らのする様を横で見ながら機能や構造を頭に叩き込んでいった。

接続ミッションに使う『クアトロ』は縦横40センチの有索無人機で、二本のマニピュレータを用いたハンドリング・システムと、深海作業に適した強力なハロゲンライト、高性能水中カメラを備えている。

フーリエは、破砕機や集鉱機、水中ポンプに用いられているオスメス式の円筒コネクターやダイヤル式スイッチと似たものをテスト用の金属ボックスに取り付け、幅80センチ、高さ100センチの大型有索無人機『トリアロ』を使って水深七メートルのプール底に沈設した。

続いて、ノエ、マルセル、他二人のオペレーターが自身の担当する『ヴォージャ』『ルサルカ』を水中に降下してテストを開始する。

ヴァルターはクアトロのコンソールが並んだデスクに着席すると、フーリエの合図で潜水を開始した。クアトロは親指大のケーブルに繋がれ、小さなスラスタを回転させながら水中をゆっくり進む。

クアトロのコンソールは、キーボードとタッチパッド、二つのアームコントローラーが備わった幅30センチほどのウルトラブック型だ。着脱可能なディスプレイも備わっているが、プロテウスでは13インチから15インチのモニターを三台並べ、船体の水中カメラ映像と見比べながら作業することになる。
今回は演習ということで15インチのPC用液晶モニターを使っているが、見映えは専用モニターとほとんど変らない。

クアトロのアームコントローラーは三つの関節を持つ長さ30センチほどのスティック状で、先端にグラバーの開閉を調節する小さなボタンと関節部を回転操作するトラックボールが備わっている。

アームコントローラーの動きはそのままマニピュレータに反映されるが、深海では水流や水圧などの影響を受けて、空中で動作するようにはいかない。また海中ではケーブルが揺らいだり、堆積物が舞い上がって視界が濁ったり、陸上とはまったく環境が異なるため、迅速かつ正確に操作するには熟練の技術が必要だ。

ヴァルターも海洋技術センターではこうした無人機の操作にも長けていたが、クアトロのアームコントローラーには独特の癖があり、マニピュレータとの一体感がなかなか得られない。格納庫でもずいぶん練習したが、不測の事態に臨機応変に対処できるか、いまいち自信が得られない。

「ちょっと苦心してるね」

オペレーターの中では一番若い二十八歳のシルヴェステルがヴァルターに声をかけた。

「揚鉱管と集鉱機の接続は、管と管が接合すればコネクターが自動的に締まるけど、水中ポンプのリアクターはケーブルのつなぎ替えと何種類かのスイッチ操作があるから、ちょっと手こずるかもしれない。でも、深海でサンプリングの経験があるなら何とかなるよ。こっちはプラグを差して、ダイヤルを回すだけだからね。もう少しアームコントローラーの感度を下げてみる? あまり感度が良すぎると、ちょっとした動きにも反応して、マニピュレータの手先がかえって不安定になるからね」

マルセルはクアトロのコンソールにラップトップPCを接続すると、ハンドリングシステムの管理画面を開き、いくつかの数値を変更した。

もう一度、テスト用金属ボックスに取り付けられたプラグの着脱操作をしてみると、なるほど、動きが微妙に遅延する一方で、コントロールがしやすくなった。

有人潜水艇の事故で死ぬとしたら……

潜水艇プロテウスの耐圧殻にて、ミッション当日、ヴァルターのアシスタントを務めるエイドリアンと打ち合わせ。

「接続ミッションの段取りについて、二、三、確認したいことがある。お前、船体保持はしたことがあるか?」

「ええ。レビンソンさんに教わりました。海上から座標を指示されたら、自動操縦システムにロードして、定位置に保持できます。位置確認の仕方も」

「そうじゃなくて、俺が無人機を操縦している間、深海流に影響されることなく、船体の向きや深度を一定に維持できるか、と聞いているんだ。あの辺りは、突然、不規則に流れが変わることがある。俺は一度も潜ってないから体感的に分からないけども、レビンソンが残したメモにはその時の状況が綴られていた。もしかしたら、今度のミッションでも、『右に、右に、流されるような』不規則な深海流に遭遇するかもしれない」

「船体保持なら、ある程度、自信があります。もっとも僕の操舵経験は海上の船舶が大半で、潜水艇とはかなり感覚が違いますが、潮流の激しい沖合や悪天候での操舵もそれなりに経験してますから、応用は利きますよ」

「じゃあ、緊急時の訓練は?」

「緊急時?」

「万一、潜水艇が浮上できなくて、水深3000メートルの海底に沈没した場合の話だよ」

「……」

「お前、そんなことは絶対にあり得ない、なんて思ってるわけじゃないだろうね」

エイドリアンが答えられずにいると、彼は訳知り顔で答えた。

「まあ、プロテウスの事故で死ぬとしたら、船体に使われている有毒ガスか酸欠による窒息死の可能性が一番高い。突然、耐圧殻が破裂して超水圧でペシャンコになるとか、緊急浮上する際に急激な圧力変化で身体が内側から破裂するとか、B級パニック映画のような事態にはならないと思うが、意識のある中で窒息死はものすごく辛いだろうよ」

「……変なことを言うのは止めてくださいよ」

「変なことじゃないさ。俺はあり得る話をしてるんだよ。潜水艇に乗るからには、それぐらい覚悟してるだろ? 命が惜しいなら止めとけよ」

【リファレンス】 水中無人機のオペレーションについて

企業や研究所の実験用プールには、深さ数メートルの規模も少なくありません。
他にも流水や波など、様々な水の環境を作り出す高度な機能を有する設備もあります。

こちらは石油会社による無人機のテストの模様。水中の現場を大水深の実験用プールに忠実に再現し、無人機の性能を確認します。

実験用プールでROVの性能を確認

こちらは水中無人機の実習の模様を収録したビデオ。海中降下やオペレーションを実地で学びます。

いくつものモニターを使って、無人機の遠隔操作。

無人機

Deploying the ROV

Deploying the ROV

多分、多くの人が思い描く潜水艇の事故は、こんな感じだと思います。
ジェームズ・キャメロンの海洋アクション大作『アビス』より。
深海でのアクシデントが原因で、マッドな軍人と化したコフィ大佐と潜水艇で死闘を繰り広げた後、コフィ大佐の乗るコクピットは海淵へと転げ落ち、最期は深海の超水圧で圧死する、というあれです。最後にボコッとエアが浮かぶのが妙にリアル。

でも、私がYouTubeで観た中では、アメリカ人パイロットのインタビューで、「ケーブルやガラスにピンの頭ほどの亀裂が入っても、噴射のごとく海水が入り込み、あっという間にクラッシュする」という話が一番衝撃でした。

こちらはオマケ動画。

『アビス』『リヴァイアサン』に並ぶ、深海パニック映画『ザ・デプス』の驚愕の絶命シーン。
深海から減圧せずに急上昇したら全身から血を吹き出して死ぬ、という設定です。もちろん現実と異なります。
クルーを見捨てて、我先に逃げ出した乗組員が壮絶な死を遂げる、鉄板ネタですね。
TVの洋画劇場で鑑賞し、一番最初に心に残った深海モノです(別の意味で)

こうして、この場面だけYouTubeに上がっているということは、皆、トラウマなのでしょうね。私もです^^;

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上巻の冒頭部を収録した無料版PDFはGoogle Driveにあります。

閲覧は無料です。モバイルでも表示可能。

『曙光』上巻 ~”海底鉱物資源を採掘せよ”から”屁理屈だけは超一流”まで



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ニムロディウムという架空の金属元素を中心に、鉱業、海底鉱物資源、深海調査、海洋情報ネットワーク、建築&デザインなどをテーマに描く人間ドラマ。水深3000メートルに眠るニムロディウムの採掘は世界を変えるのか。生の哲学を中心に海洋社会に生きる人々の願いと攻防を描きます。Google Driveにて無料サンプルPDFも配布中。

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