建築家の詭弁と住民無視の再建計画 一人の意思もった人間として抗う

17. 建築家の詭弁と住民無視の再建計画 一人の意思もった人間として抗う

専門家 VS 素人

SNSなどで、その分野の専門家とされる人に一般人がエクスキューズすると、「素人のくせに」みたいなレスポンスが返ってくることがありますが、いつもいつも専門家が正しいわけではないし、専門家以外は物申すな、ということになれば、この世はファシストだらけになってしまいますね。
もちろん、素人がトンチンカンな質問をして専門家を苛つかせる場面は、どこの分野でも日常風景であり、それが仕事と化している部署もありますが、基本的に、素人にも分かりやすく説明するのが専門家の職務だと思うのです。医療はその代表例ですね。インフォームドコンセント【説明と同意】という言葉があるように、素人である患者を不安にさせたり、疑問を抱かせるような医療者は、どれほど技術があっても、専門家としてのスキルが低いと言わざるを得ません。子ども患者でも納得させるのがベテラン医療者であり、間違っても、「医学の知識がないくせに」と言ってはいけないのですよ。モンスターみたいにねじ込んでくる人があったとしても、です。(←それはそれで、別の理由でお引き取り願うのがベター)

ゆえに、専門家が批判された時――たとえ理不尽な言いがかりであっても――どう釈明するかで、だいたいの器が知れます。

相手の無知を理由に論破しようとする人は、どのみち、たいした器ではありません。

【あらすじ】 建築家の詭弁と住民無視の再建計画

十数年前の大洪水で壊滅した干拓地の沿岸に、モダンな商業施設を建設する臨海都市計画が持ち上がる。故郷の復興に全力を尽くしてきたヴァルターと幼馴染みのヤンは、自治体が主催するアイデアコンペに参加し、元々の締切堤防と自然な地形を活かした『緑の堤防』をもって対抗するが、臨海都市計画を立案した建築家フランシス・メイヤーの地位と実力は絶対で、付け焼き刃の素人集団に到底かなう相手ではなかった。

【抜粋】 一人の意思もった人間として抗う

干拓地の再建策を問うアイデアコンペの公示を受けて

ヴァルターとヤンは二日後に開かれた説明会に参加し、コンペの詳細を確認した。

狭い会場には大勢が詰めかけ、椅子に座りきれない人たちが壁際にもずらりと並んでいる。

「どういうことだ? 一地方のアイデアコンペなのに」

彼がヤンに耳打ちすると、

「フェールダムの再建事業を狙ってるのはフランシス・メイヤーだけではないということさ」

「それにしても業界面ばかりだ」

「だから前に言っただろう。政府はデルタ地帯を抜本的に改革したい。その為にも、従来にない強力なモデルプランを打ち立てる必要がある。フェールダムはその足掛かりだ。地元企業でなくても興味が湧く」

「じゃあ、企業や専門家も多数参加を?」

「コンペに参加するかどうかは別として、いろんな意味でアプローチはするだろう。あの窓際に立ってる人も情報収集が目的だ。何となく分るんだよ、同業者の匂いでな」

彼は改めて会場内を見回し、住民の意思とはかけ離れたところで再建案が取り沙汰されている気配を感じ取った。治水研究会が再三訴えたにもかかわらず、締切堤防の補強案が寸前になって反故にされ、可動式大防潮水門の改修工事が優先されたのも、そうした陰の思惑だったのかもしれない。

説明会が終わると、二人は締切堤防に足を運び、洪水で決壊した場所を訪れた。

あれから十五年の歳月が過ぎ、堤防も何度か補強工事を重ねて、ほとんど昔と変わらぬ景観を取り戻している。
こうして堤防の天端に立ち、右手に北海、左手にフェール塩湖、海岸線に添って突き抜けるような四車線の湾岸高速を見ていると、本当にあれほどの大洪水があったのかと不思議に思うほどだ。

だが、堤防や道路が元通りになったからといって、あの晩、全てを失った人々の悲しみがすっかり癒えるわけではない。たとえ見栄えのいい商業施設が建設されても、冬の北海を見る度に悲しみを新たにするだろう。

彼は青く広がる海を見渡し、

「この海の何処か――海底の冷たい泥の中に、今も俺の父親が眠っている。叫ぶことも、立ち上がることもできず、無念を抱いたまま、この町の行く末を見守っている。あの晩、この辺りがどんな風だったか、俺には想像もつかない。海面が十メートルも上昇して、ここまで押し寄せるなど、誰が予測できただろう。きっと父も怖かったはずだ。足元には激しい波が打ち付け、背後には河川から流れ込んだ大量の水が渦巻いている。どこにも逃げ場はなく、いつ高波に呑まれるかと、総身が震えるほど恐ろしかったはずだ。それでも逃げなかった。俺に自分の生き様を見せる為に、堤防を守りに戻った。父さんだけでなく、最後までここに残った作業員も同様だ。そして今も、骨一本になっても、この町を守ろうとしている。俺たちは皆、彼らの子供だ。その想いに答えたい。このまま黙って見過ごしたくない」

「だが、太刀打ちできるような相手じゃないぞ。相手は百戦錬磨のベテランだ。政財界にも顔が利く」

「だから、やるだけ無駄だと言いたいのか? コンペの目的は勝つことだけじゃない。公の場で声を上げる機会でもあるはずだ。社会に疑問を呈するだけでいい。このまま大きな流れに呑まれたくない」

「だが、クオリティの高い作品を作ろうと思ったら片手間には無理だ。どれほど絵(パース)が綺麗でも、技術的に裏打ちされたものを提示しなければ、同じ土俵に立つことすらできない。お前にそれだけの覚悟があるのか。海洋調査の仕事をしながらでは到底無理だぞ」

心は常に故郷と共に生きる

※ フランシス・メイヤーが視察をかねて講義にやって来る。上辺だけの再建論にヴァルターは怒りをつのらせる。

フランシス・メイヤーは、オーストラリアを拠点にホテル業やリゾート開発を手がける『メイヤー&パーマー・グループ』の御曹司だ。両親や兄妹はもちろん、叔父叔母、従兄弟、末端の親族に至るまでグループ経営に携わり、その閨閥も政財界、スポーツ、芸能に至るまで幅広い。創業百二十年、今や世界の観光都市で『メイヤー&パーマー』の看板を見ない場所はないほどだ。

その中で、次男のフランシスだけが建築家として花を咲かせ、経営よりもクリエイティブな分野で活躍している。学生時代に海上空港ターミナルビルの国際設計競技に入賞して注目を集め、その後も権威ある建築賞を立て続けに受賞して天才と称された。二十代から三十代にかけて著名な設計事務所『Kool Architects』で研鑽を積んでいたが、四十歳で独立してからは、個展や講演会、作品集の刊行など幅広く手がけ、ますます盛名を馳せている。

今年四十七歳、その野心は止まることを知らず、フェールダム以外にも複数のプロジェクトを抱えて精力的に動き回っている。

やがて学生ホールの演壇にフランシス・メイヤーが姿を現すと、二百名以上の聴講者が一斉に歓声を上げた。

実物のメイヤーは、パンフレットのポートレートより少し老けて見えるが、背はすらりと高く、ほとんど贅肉のない体躯に杢グレーのタートルネックシャツと黒いカジュアルジャケットをスマートに着こなしている。頬骨は高く突き出て、鉤鼻が盛り上がり、お世辞にも美男とは言えないが、SF映画の科学者みたいなテクノカットをプラチナアッシュ(銀灰色)に染め、いかにも天才肌といった風貌だ。大勢の歓声に応え、にこやかな笑みを浮かべているが、ノンフレームの丸眼鏡の向こうで用心深く見開かれた淡緑色の眼は決して笑っていなかった。

プロジェクタの用意が調うと、メイヤーは流ちょうな英語で話し始めた。オーストラリア出身でありながらオーストラリア英語を話さず、意識してイギリス英語を話しているのが印象的だ。

メイヤーは自身の手がけた作品を次々にプロジェクタに映しながら、ウォーターフロントにおける美の哲学、未来の展望、建物の安全性などを淀みなく語り、時にジョークを交えながら場を盛り上げる。それは場慣れした人の喋りであり、大衆の好みを知り尽くした見事なパフォーマンスだった。

やがて話がフェールダムに及ぶと、彼は聞き耳を立て、その真意を探った。

メイヤーのコンセプトを一言で要約すればrebuild(リビルド)だ。

単純に施設をリニューアルするだけではない、新しい景観と都市機能を通した「社会の再構築」である。

「宇宙の植民地に目を向けてみよう。そこには国もなく、強い民族意識もなく、人々は開発という一つの意思に結ばれ、調和のとれたコミュニティを形成している。君たちに必要なのは、国や人種を越えた『意思共同体』としての新しい社会の構築だ。フェールダムの洪水は悲劇だった。だが、旧き世界が一掃され、まったく新たな社会を構築するチャンスでもある。進歩。革新。創造。君たちはこれらの言葉を錦の御旗のごとく掲げ、果敢に挑戦しようとするが、その多くは旧い価値観の焼き直しに止まっている。こうあるべきと信じるものは根元から壊せ。創造とは疑うところから始まる。フェールダムはそのルーツを断ち切っても、前に進まねばならない時期に来ているのだ」

だが、彼は懐疑的だ。

どれほど社会が進歩しようと、人間は「自分が何ものであるか」に帰着する。生まれ育った土地の文化や歴史、両親から受け継いだ教えや価値観から死ぬまで離れることはない。

宇宙の植民地にだってアイデンティティの基盤となるものがあるはずだ。

代々受け継がれる文化、母国語、生まれ育った町の歴史、等々。

それらを壊すことは、自身のルーツを断ち切ることでもある。

社会の再構築と簡単に言うが、個々が足を着けている心の基盤を壊してまで刷新すべきとは思わない。揺るぎないから『礎』というのであり、フェールダムの場合、安全で美しい干拓地こそが礎ではないか。 

あまりにメイヤーが「リビルド、リビルド」と連呼するので、彼はとうとう口を挟んだ。 

必ずしも進歩が最善とは限りませんよ

ヤンが慌てて彼の脇腹を肘で突っついたが、彼は構わない。

「あなたの言葉は非常に聞こえがいい。だが、それでフェールダムが救われるかといえば、はなはだ疑問です。あなたは本当にここに暮らす人々の気持ちを考えたことがあるのですか」

「ここに暮らす人々? どこに人々が暮らしているのかね。フェールダムは壊滅した。元住民でさえ戻ろうとしないゴーストタウンだ」

戻ってないのは身体だけです、心は常にこの地に繋がれている

「だったら、なおさら機能的で新しい都市こそ帰郷の求心力になると思わないかね」

「思いませんね。住民が望まぬものを作っても、数年後には回収不能な巨大ゴミになるだけです」

今度こそ本気でヤンが彼の脇腹を突き、演壇の脇に控えていた係員らも顔を見合わせた。だが、係員が動く前に、彼の方で席を立った。

「フェールダムをどうしようとあなたの勝手だが、果たしてこの地にあなたのリビルド哲学が根付くでしょうかね。なぜ、数百年の長きにわたって、この干拓地に人々が住み続けたのか、一度じっくり考えて下さい。たとえ臨海都市が建設されても、フェールダムの住民が数百年先まであなたに感謝すると思ったら大間違いですよ

【リファレンス】 オランダの海岸

「この海のどこか」というのは、この海の何処かです。

オランダ 堤防

オランダの海は、『数百年に一度の水害に備えて ~絶対に大丈夫となぜ言い切れるのか』にも書いているように、沿岸一帯が見渡す限りフラットである為、一日の潮の満ち引きだけでも数百メートルの差があります。昼間、テントの近くにあった水際が、夕方には百メートル以上先まで後退しているんですね。
この調子で潮位が上がれば、わずか数十㎝でも大変な影響があります。まして数メートルに及べば、その破壊力はいわずもがな。
にもかかわらず、この土地を愛し、水際を守る人々の気持ちは、堤防のように堅固で、創意に溢れています。

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『曙光』上巻 ~”海底鉱物資源を採掘せよ”から”屁理屈だけは超一流”まで



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ニムロディウムという架空の金属元素を中心に、鉱業、海底鉱物資源、深海調査、海洋情報ネットワーク、建築&デザインなどをテーマに描く人間ドラマ。水深3000メートルに眠るニムロディウムの採掘は世界を変えるのか。生の哲学を中心に海洋社会に生きる人々の願いと攻防を描きます。Google Driveにて無料サンプルPDFも配布中。

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