深海 潜水艇

13. 深海と有人潜水艇 海に広がる豊かな生命の世界

深海は、もう一つの宇宙

深海は、私たちの足もとに広がる、もう一つの宇宙です。

未来の技術といえば、宇宙開発ばかりが注目されますが、海のポテンシャルも計り知れないものがあります。
工業原料、波力発電、養殖、輸送、観光といった産業はもちろん、異常気象や地震、噴火など、自然現象を読み解く大きな鍵でもあります。

海を知ることは、今私たちが生きている世界の実体を知ること。

そして、地球の未来を知ることです。

海洋科学技術センター(現・海洋開発研究機構)の理事であられた堀田宏先生の『深海に挑む』の冒頭にこんな一節があります。

海の深さは一体どれくらいであろうか? 答えは、平均で約3800メートルであり、最も深いマリアナ海溝の中のチャレンジャー海淵では訳10900メートルである。これらの深さは約6400キロメートルという地球の半径に比べればわずか1000分の1程度にすぎないが、その水圧は約380~1100気圧もあること、これは切手一枚に380キログラムから1.1トンにもおよぶ力がかかっていることに相当し、われわれ人間にとっては十分に深いのである。

それではどれくらいの深さから「深海」というのであろうかという疑問をもつ方も多いと思う。太陽の光は、地球表面のあらゆる活動の根源であるといえる。この光エネルギーによって陸では植物が育ち、海では植物プランクトンが繁殖し海の生態系の第一次生産者という重要な役割を果たしている。しかし、太陽光は海の中にはせいぜい200メートル程度しか差し込むことはできず、その下には暗黒で、冷たく、高圧の海が広がっている。これが「深海」の世界なのである。

つまり、地球表面の約70パーセントを占めている海の中で、光が差し込むことができない約200メートルよりも深い海が深海であるので、海の95パーセントは深海ということになる。したがって、この地球の本質は深海の底の下に潜んでいるといえるのである。

つまり、この深い海の底で起こっているいろいろな現象を調べ、その仕組みを知ることは、私たちが住む地球を正しく理解し、今後私たちがこの自然となじんで地球上の生態系の一部として生き延びていくためには欠くことのできない大切な仕事なのである。これが「深海に挑む」理由の一つである。

『地球表面の約70パーセントは海洋で占められ、海洋の95パーセントは光も差し込まない未知の世界』というのが、私の世界観になりました。

多くの人にとっては、自分の目に映るものが全てで、それ以外のものは知らないし、見ようともしないけれど、すぐ足下には深く、広大な世界が広がり、そこには多くの真実が秘められているのです。

世界は「見たい」「知りたい」という気持ちがあって初めて、扉を開くものです。

現在の海洋技術は、何世紀にわたって積み重ねられた知恵と探究心の賜であり、今も多くの解明すべき謎が眠っています。

このパートは海洋小説『曙光』の抜粋です。

詳しくは作品概要とタイトル一覧をご参照下さい。

冒頭部の無料サンプルはGoogle Drive からDLできます。

【あらすじ】 有人潜水艇との出会い

故郷の干拓地を襲った大洪水で土木技師だった父親を亡くしたヴァルターは、母の元婚約者で、裕福な事業家でもあるジャン・ラクロワ氏の邸宅に身を寄せるようになる。しかし、現実的な継父とは全く価値観が合わず、私立学校にも居場所を見出せなかったヴァルターはラクロワ氏に反発し、商船学校での寄宿生活をスタートする。
船の勉強は面白く、学業に、アルバイトに精を出す毎日だ。
そんな彼の心を鷲掴みしたのが、海洋技術センターが運航する『潜水艇プロテウス』だった。
深海に魅了されたヴァルターは狭き門である潜水艇のパイロットを目指す。

【抜粋】 命に満ちあふれた深海の世界

彼が有人潜水艇プロテウスと出会ったのは十七歳の夏休みだ。

二科年のカリキュラムを修了し、皆がバカンスに出掛ける頃、七泊八日の日程で商船学校と海洋機関が共催する特別研修に参加した。研修の目玉は、海洋調査船ネプチューヌ号の見学だ。

ネプチューヌ号はフランス屈指の海洋調査船で、プロテウスの支援母船でもある。

プロテウスは、全長九メートル、幅二・七メートル、高さ三・五メートル、最高速度二・五ノット、水深六千メートルまで潜航可能で、ラグビーボールのような炭素繊維強化プラスチック製の外郭に、直径二・三メートルの球状の耐圧殻を持つ。鮮やかなクロムイエローの船体側面には黒いゴシック文字でPROTEUSと刻まれ、さながら海のツェッペリン飛行船だ。

船の前方には、海中を照らす強力なハロゲンライト、生物や堆積物のサンプリングを行う二本のマニピュレータ、ハイビジョンTVカメラ、検査プローブが取り付けられ、八つめ目のロブスターに見える。また、船の前方に設置された耐圧殻(コクピツト)は完璧な真球で、内径約二メートルのスペースには二名のパイロットと一名の研究者が搭乗可能だ。

<中略>

残念ながら耐圧殻の中に入ることはできず、船体上部ハッチから内部を覗くにとどまったが、直径わずか2メートルの空間、それも様々なモニターや計器が取り付けられた中、大人三人が数時間に渡って乗り込むなど、とても想像がつかない。

トイレもなく、水道もなく、生徒の一人がからかうように「途中で腹を下したら、どうするんですか」と質問すると、「それは君がパイロットになった時に考えるんだね」とクールな答えが返ってきた。

その後、研修生は甲板後部のオペレーションルームに案内され、モニターからプロテウスの潜航を見守った。

クロムイエローの船体が移動台車で甲板後部に引き出され、アーチ型のAフレームクレーンに吊り上げられて、ゆっくりと海上に降り出される様は、まるで深海という宇宙を旅するスペースシャトルのようだ。

バラストタンクを全開し、大量の泡を噴きながら、そろそろと海中に沈んで行く様をモニター越しに見詰めながら、彼はいつしか自分自身が暗い海底に沈んでいくような錯覚に陥った。

大洪水の後、彼を最も苦しめたのは、濁流に呑まれ、もがき苦しむ父のイメージだ。

父は「行方不明」というだけで、遺体もあがらず、最期を目撃した人もない。どこで、どんな風に命を落としたのか、亡骸はどうなったのか、彼には知るよしもなく、恐ろしい想像だけが胸に広がる。決壊した堤防や水没した干拓地の映像を思い返す度に、喉を詰まらせ、手足をバタつかせ、無残に息絶えた父の姿が瞼に浮かび、彼も同じ苦痛に苛まれた。母は「きっと一瞬の出来事だったのよ。痛みも感じず、苦しむこともなく、気付いたらヴァルハラの光の中に立っていて、自分でも死んだと気付かないまま、今もあなたの側にいらっしゃるはずよ」と慰めてくれるが、父は今も暗い水の底に一人ぼっちで取り残され、彼や母の名を呼びながら、誰かが助けてくれるのを待っているような気がしてならない。

だが今、目の前に広がる深海の世界はどうだろう。宇宙の深淵よりまだ深く、厳かな静寂に満ちている。

だからといって、全く何も無いわけではなく、地上の山より巨大な海山や数千キロメートルにも及ぶ海溝、どろりと湧き出す泥火山や氷結したガスの塊、数百度の熱水を勢いよく吹き上げる噴出孔、その周囲では巨大なミミズのようなチューブワームや真っ白なカニなど、不思議な生き物が無数に生息し、独自の生命圏を作り出している。

それは決して暗黒の地獄ではなく、惑星のエネルギーに満ち溢れた生命の世界だった。

やがてプロテウスが調査船に揚収され、パイロットが甲板に姿を現すと、彼はその腕を捕まえ、どうやったら潜水艇のパイロットになれるのか尋ねた。

すると中年のベテランパイロットは、彼に二、三のアドバイスをした後、
「プロテウスに乗りたければ、プルザネの海洋技術センターに来ればいい。海洋学や船舶工学をしっかり学んで、La Porte etroite(狭き門)を目指すんだね」

【リファレンス】 有人潜水艇と深海の世界

深海と潜水艇については、近年様々なイベントが催行されていますから、チューブワームやブラックスモーカーなど一度は目にされた方も多いのではないでしょうか。世間ではどちらかといえば宇宙開発が注目され、海洋科学はあまり話題になりませんが、日本は素晴らしい技術、地学的な特殊性(四方を海に囲まれ、すぐ側に巨大な海溝が横たわっている、等々)から、本当はもっと海洋科学に力を入れて、地震や火山など、地学的な現象の解明に取り組んだ方がいいと思うのですよ。知れば知るほど、日本列島の特殊性や危険性が実感できますから。

私と深海の最初の出合いは、前・海洋科学技術センター(現JAMSETEC)の理事であられた堀田宏先生の著書『深海に挑む (ポピュラー・サイエンス)』と『深海底からみた地球 〈「しんかい6500」がさぐる世界〉』です。

前述の通り、従来の海洋科学の専門書と少し趣が異なり、「海とは何か」「なぜ海を知る必要があるのか」「海を知るにはどんな技術が必要か」といった事が一般向けに分かりやすく解説されています。私自身は、詩的で、哲学的な内容に感じました。

こちらがモデルとなったフランス海洋開発研究所(iflamer)の潜水艇Nautile号と支援船のビデオです。
日本の潜水艇『しんかい』は白色ですが、フランスの『Nautile』はヴィヴィッドなクロムイエローです。
プロテウス』の名前の由来はギリシャ神話ですが、手塚治虫の『海のトリトン』に登場するトリトンの育ての親、アザラシのプロテウスのイメージのが強いです。劇中で、若かりし日の塩屋翼(声優)が「プロテウス~!!」と叫ぶ声が今も忘れられません。

潜水艇の潜航の手順や、深海で見つけたブラックスモーカー、深海生物のコロニー、サンプリングの様子などを紹介しています。

こちらは日本の海洋開発機構(JAMSTEC)が誇る『しんかい6500』です。
2018年に筆者が格納庫で撮影。マニピュレーターもサンプリングのバスケットも、間近で見たら非常に重量感があります。
『しんかい』の紹介ビデオは有人潜水艇と深海調査 パイロットの矜持 ~新しい仕事は慌てず、騒がずにも掲載しています。

しんかい6500 全景しんかい6500 JAMSTECにてしんかい6500 耐圧殻 正面しんかい6500 油で満たされたケーブル類しんかい6500 マニピュレーター
 深海に挑む (ポピュラー・サイエンス) (単行本)
 著者  堀田 宏
 定価  ¥ 76,807
 中古 7点 & 新品  ¥ 380 から
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ナポレオンと学生時代のいじめ

本作にはコルシカ島に一人旅するエピソードが出て来ます。最後の推敲で削ろうと思ったのですが、独立独歩で生きていく気概を描きたかったので、最終的に残しました。ちなみに主人公の誕生日はナポレオンの誕生日と同じです。「鼻づまり」のエピソードもナポレオンにあやかっています。発音が悪いと馬鹿にされるのは、世界共通です。
ナポレオンも今風に言えば、スクール・カーストの底辺にいた「いじめられっ子」です。独立戦争に負けたコルシカ島の出身で、田舎者だわ、発音はおかしいわ、フランスの上流階級の子弟から見れば、「ビンボー人」「負け組」の一言ですよね。
校庭での雪合戦で勝利した「ナポレオンの雪合戦」は有名なエピソードです。
取って付けたような英雄譚の印象もありますが、現代にも通じる示唆に富んでいます。

ナポレオン 雪合戦

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上巻の冒頭部を収録した無料版PDFはGoogle Driveにあります。

閲覧は無料です。モバイルでも表示可能。

『曙光』上巻 ~”海底鉱物資源を採掘せよ”から”屁理屈だけは超一流”まで



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海洋小説『曙光』MORGENROOD

ニムロディウムという架空の金属元素を中心に、鉱業、海底鉱物資源、深海調査、海洋情報ネットワーク、建築&デザインなどをテーマに描く人間ドラマ。水深3000メートルに眠るニムロディウムの採掘は世界を変えるのか。生の哲学を中心に海洋社会に生きる人々の願いと攻防を描きます。Google Driveにて無料サンプルPDFも配布中。

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