数十年もすれば老朽化して、地元のお荷物になるような商業施設に巨額の予算を投じるより

数十年もすれば老朽化して、地元のお荷物になるような商業施設に巨額の予算を投じるよりも

いつの時代も、新しい建築物はエキサイティングなものです。裏工作がどうあれ、建設されるエリアには、雇用が生まれ、新たな娯楽やサービスが生まれ、ますます人が集まって活況となります。祭りの屋台だけでもかなり売り上げるのですから、恒常的な商用施設となれば、そのリターンも莫大でしょう。狙い通りに当たれば、の話ですが。

本作では、故郷の干拓地の再建計画をめぐって対立した世界的な建築家フランシス・メイヤーと、潜水艇のパイロットで、建築・土木に関してはまったく素人のヴァルター・フォーゲルが対峙します。しかし、これは小説に限った話ではなく、現実にも起こりうることです。増築や新設をめぐる住民の反対運動などは、その典型ですね。その際、反対、反対と唱えても、世論を味方に付けることはできません。胸の中が怒りで燃え立っているからこそ、冷静に、かつシンパセティックに話さないと効果が無いのです。

本作では、短気を起こして、相手に突っかかるばかりだったヴァルターが、いろんな経験を通して、賢いアピールの仕方を身に付けていきます。

不正を許さない感性も大切ですが、それ以上に大事なのは、「いかに訴えるか」のスキルなのです。

【あらすじ】 因縁の対決

急ピッチで臨海開発の進むローランド島を訪れたヴァルターは、ローレンシア島とは異なる華やかさに魅了される一方、東側のペネロペ湾にもロイヤルボーデン社が進出し、世界的な建築家フランシス・メイヤーと結託して、壮麗な海上都市『パラディオン』を建設しようと画策しているのに愕然とする。
しかし、新たな未来に希望を抱くヴァルターは、干拓地フェールダムの再建コンペも過去の出来事と割り切り、見て見ぬ振りで通り過ぎようとするが、講演に訪れたメイヤーと鉢合わせ、切っても切れない因縁を実感する。

【抜粋】 住民の望みと新しい建築

湾岸の開発ラッシュと海洋都市『パラディオン』

マックスに連れられ、ローランド島の新たな湾岸開発地、ペネロペ湾を一望できる丘に行く。
魅力的なベイエリアだが、既にそこには建築家フランシス・メイヤーと、意匠の盗用で争ったロイヤル・ボーデン社が足がかりを作っていた。

湾の最大幅は15キロメートル、湾口部は13キロメートル。

湾内の平均水深は25メートル、湾外周辺も全体に遠浅で、海底地形もなだらかなことから、島の東岸では真っ先に開発の始まったベイエリアだ。
沿岸ではオフィスや商業施設の建設が勢いよく進み、その半分は既にオープンして、夕闇に華やかな明かりが灯っている。

わけても目を引くのが『スカイタワー』と呼ばれる高層の複合商業施設だ。高さ127メートル、地上32階、地下一階のメインビルを中心に左右対称の二層の低層ビルが翼のように広がり、一大エリアを形成している。

三つの建物にはオフィス、カンファレンスルーム、イベントホール、ホテル、レジデンス、ショッピングセンター、フィットネスなど様々な商業施設が入居する予定で、既に七割のテナントが売約済だ。

またビルの周辺も豊かなグリーンで囲まれ、噴水広場、イベントステージ、遊歩道など、憩いの場としても申し分ない。また専用マリーナの水路は内側にも延長され、運河のようにエリア全体を取り囲んでいた。

「あと数年は開発ラッシュが続くだろう。問題はその後だ。果たして見込み通り金と人が集まるのか。用地でも、エネルギーでも、アステリアの資源は限られている。箱だけ増やして肝心の人が居着かなかったら、あっという間に衰退してゴーストタウンだ。ステラマリスでも類似のケースがあるだろう。優遇政策を追い風に投機的に開発を推し進めたものの、途中で情勢が悪化して、建設途中で開発がストップするケースだ。人も住まず、土地価も暴落して、巨大なスクラップだけが残る」

「どっちに傾くと思う?」

「それはウェストフィリア次第だ。あそこが天然資源の供給地になれば、ペネロペ湾が後援拠点となる。湾の南側にオールインワン型の宇宙空港と工業団地の建設が進んでいるのもその為だ。ウェストフィリアで採掘したものを半加工し、ダイレクトに輸出する」

「オールインワン型?」

「自動車道、係留施設、飛行機の発着場、倉庫などが一体となったシームレスの複合ポートだ。陸海空の輸送ラインを一本化し、コンテナの積み替えや集荷の手間を削減して効率化を図る。積荷の検査や追跡もデータ管理を一元化するので、業者間で無駄なやり取りをする必要がない。間違いや不正の防止にもなる。都市作りを一から設計しなければ出来ないことだ」

「よほど手慣れてないと難しいだろうな。それもマリンユナイテッド社が手がけたのかい?」

「違う。お前が一番よく知ってる人間だ」

彼は弾かれたように顔を上げた。

「そう、フランシス・メイヤーだ。オールインワン・ポートとスカイタワー周辺の都市設計を請け負っている。聞いた話では、数年前からペネロペ湾開発公社に助言を行っているそうだ。ターミナルビルやスカイタワーなど、個々の建物の設計は別のデザイナーが手がけているが、ベイエリア全体の構想はメイヤーのアイデアがベースになっている。いけ好かない奴だが、製造・輸送・管理が一体化したオールインワン・ポートや、水際を活かしたスカイタワー周辺の町作りは流石という他ない。そして今、メイヤーが大手と組んで猛烈にアピールしているのが『パラディオン』だ。ペネロペ湾を埋め立て、直径七キロメートルの円環の海上都市を作り出す。『洋上のヴェニス』だ」

<中略>

「オレは、ある意味、お前がステラマリスを出てきたのは正解だと思ってる。今もステラマリスに居たら、再びフェールダムに舞い戻り、工事のゴタゴタに首を突っ込んでいただろう。そして、どうなる? 下手すれば示談の不履行で被告席だ」

「……」

「不条理に感じるだろうが、世の中には銀のスプーンをくわえて生まれてきて、あれが欲しいと言えば、海でも山でも手に入る人間がいる。フランシス・メイヤーなんて、その最たるものだ。持って生まれた才能もあるが、メイヤー&パーマーという桁違いの資本と政治力に支えられている。親族の結婚式には一国の首長も招待されるほどだ」

「だから不正にも目をつぶれ――故郷を踏みにじられても我慢しろと?」

「だから、そういう世間知らずみたいな事を口にするなと言うんだ。お前の仲間が横断幕を掲げて反対運動するくらいは許容範囲だろう。ロイヤルボーデン社もその手の抵抗には馴れている。だが、いったん示談書にサインして自身の権利を取り下げた者が、取り決めに逆らって表に出てくれば話は別だ。本意、不本意にかかわらず、お前は法律上、『不作為の模倣』を認め、『二度とロイヤルボーデン社の利益を侵害しない』ことを約束したんだからな。サインした時点でお前の権利も『緑の堤防』もジ・エンドだ、なぜそれが分からない」

百年先も社会を支える土台

ヴァルターは、マックスとエヴァに「古傷に塩を塗りこむようなことをするな」と釘を刺されたにもかかわらず、再びペネロペ湾を訪れ、新たな資本が集まる高層ビル・スカイタワーを訪れる。そのイベントホールでフランシス・メイヤーと鉢合わせたヴァルターは、わだかまりを解くつもりで話しかけるが、再建コンペの後、臨海都市計画が廃案になったことで、再び双方の恨みが再燃する。

※ ヴァルターはスカイタワーのイベントホールで偶然フランシス・メイヤーと鉢合わせる。わだかまりを解消するつもりで話しかけるが、再建コンペで臨海都市計画が廃案になった事で、再び双方の恨みが再燃する。

「あなたこそ、フェールダムの何を理解しているというんです? 何百年とかけて水を治める技術で土地を拓いてきた。あれは天から授かったものではなく、ネーデルラントの先人が営々脈々と築き上げてきたものです。ゴールドコーストにホテルを建てるのとは訳が違います」

「だから、普通のやり方では再興は難しいから、人と金の集まる商業地のプランを案出したんだ。わたしが何の考えもなしにデザインしたとでも思っているのか」

「ですが、水と緑で栄えてきた海岸線を埋め立ててまで建設する価値があるのですか」

「いい加減にしたまえ。復興対象地域に勝手に入り込んで掃除や植樹を始めたのはボランティアの方だろう。だいたい、植樹と放牧だけであれほど甚大な被害を受けたエリアを復興できるものかね。君たちはあまりに現実を知らなすぎる」

「数十年もすれば老朽化して、地元のお荷物になるような商業施設に巨額の予算を投じるより、緑化堤防を再建した方がよほど安上がりです。それに、もう一度、同じ規模の豪雨と高潮に見舞われたら、あなたは率先して堤防を守りに行くんですか。あの程度の構造物ならもって百年、その間も莫大な施設の維持費を要します」

「では、緑の堤防なら絶対安全と言い切れるのかね」

「絶対とは言いません。しかしながら、海や河川の状態に合わせて嵩上げし、十分な強度と高さを確保することができます。締切り堤防のインプラント補強も同様です。都市の景観を損なうという理由で、ぎりぎりに高さを抑えた防潮壁よりよほど信頼できます」

【リファレンス】 未来のインフラ危機

皆さんはインフラ危機という言葉を耳にしたことがあるでしょうか。

昭和の高度成長期を支えた建設ラッシュも遠い過去の話になり、今では国や自治体のお荷物になりつつあります。

【インフラ再考】迫りくる崩壊(1)老朽化「いずれ橋は落ちる」20年後、7割が建設50年超 (産経新聞)

 26年4月、国交省の社会資本整備審議会道路分科会で「道路の老朽化対策の本格実施に関する提言」がとりまとめられた。「最後の警告-今すぐ本格的なメンテナンスに舵(かじ)を切れ」との副題がついたこの提言の前文にはこうある。
 「今や、危機のレベルは高進し、危険水域に達している。ある日突然、橋が落ち、犠牲者が発生し、経済社会が大きな打撃を受ける…そのような事態はいつ起こっても不思議ではない」
 戦後から高度成長期にかけて多くの整備が進んだ道路や橋、トンネル、上下水道。それらのインフラが耐用年数の目安である50年を経過しつつある今、かつて米国で起きた落橋事故も現実味を帯びる。もし、同様の重大事故が発生すれば一体誰が責任を負うのか。

インフラだけではありません。

私もバブル時代を謳歌した世代なので、当時のことをよく記憶していますが、劇場や市民会館、テーマパークやファッションビルなど、ハコモノもたくさん作られ、どこからこんなお金が湧いてくるのかと不思議に思うほどの勢いでした。

しかし、その多くが閉園を余儀なくされたり、まったく別の施設に改装されたり、長続きしているハコモノの方が少ないのではないかと思います。一時期、人気をさらっても、施設が老朽化したり、演出が陳腐だと、あっという間に客足も遠のきますし、まして現代のように、家族で出掛ける機会も減り、皆が懐具合を気にして近場で済ますような状態では、かろうじて維持できている施設も先が見えています。

で、娯楽施設なら、建て替えたり、売却したり、他にいくらでも潰しがききますが、トンネルや橋梁、堤防や高速道路となれば、そう簡単にいきません。この橋、古くて危ないから、永久に取り去りましょうね……なんてことになったら、橋に物流などを支えられている町や村は壊滅です。たとえ一日に数十台しか車の行き来しない、田舎の、小川の、長さ数メートルほどのコンクリート橋でも、無くなったら大変な不便で、救急車が十数㎞先の橋まで迂回しなければならないとか、足腰の弱った高齢者が隣町のスーパーや病院に行けなくなるとか、様々な問題が噴出するでしょう。

たとえ修繕の経費は比較的微少でも、工事を請け負う業者がなければ、何ヶ月も何年も待たされるし、そこら中で同様の問題が頻発すれば、必ず後回しにされる場所が出てきます。その間、人々は不便に耐え、不安な気持ちで暮らさなければなりません。

そもそも、修繕の財源はあるのか、人手は足りるのか、現在の日本の経済状態や人口構成から鑑みるに、近い将来、インフラの老朽化をめぐって、大変な事態になるのではないか……というのが、一連の問題提起の主旨です。

それがどれくらい深刻か、地震や台風といった自然災害の被害は言うまでもありませんが、この現代において、物流および水・電気といったインフラがストップするというのは、決して大袈裟でなく、人命にかかわる問題です。健康な人なら、二、三日、水とパンだけで生きることもできますが、乳児や、医療の延命装置に頼っている場合はそうはいきません。私も阪神大震災の時、病院勤務していたので、病棟で停電や断水が発生する恐ろしさは身にしみて知っているつもりです。

また、日本全国、配送トラックで走り回っている人なら、老朽化した橋やトンネルの恐ろしさを実感していると思います。

皆、完成当時は、すごいすごいと歓喜しますが、どんな立派な建築物もいつかは老朽化するし、とりわけ日本は高温多湿で、海に囲まれ、建築物にとっては過酷な環境です。日本の土木建築の技術が世界水準まで到達したのも、過酷な自然環境ゆえなのですよ。東欧などは、地震もなければ、台風も来ない、その辺の平地に体育館みたいなハイパーマーケットを建てても全然OKな土地柄では、耐震技術も防食も発達のしようがないですから(厳冬対策はさすがに凄いが)。

真新しい建築物は誰にとってもワクワクしますし、明るい未来を予感させます。しかし、老朽化した時のことを考えれば、そうそう手放しに喜べないこともあるはずです。そして、その負の遺産は、新しい建築を楽しんだ世代ではなく、その後に背負わされます。
たとえ専門的なことは分からなくても、そうした危機を理解することは非常に大事です。
何故って、何も考えずに業者にお任せしていたら、取り返しのつかないものだけが残るからです。
業者も自らが生き残る為に、何十年、何百年先の公益より、目の前の利益を優先するでしょう。
それが合致すれば一番理想的ですが、物事はそう単純ではありません。
しかし、社会の目が厳しくなれば、あるべき姿に近づいていくのではないでしょうか。

老朽化の現状・老朽化対策の課題 国土交通省

危機には技術で応戦。日本にはまだまだ技術力がありますから、乗り越えて欲しいですよね。

インフラ危機を乗り越えろ 社会インフラ再生にICTを活かす NTT

老朽化によるインフラ危機を救う!金属疲労き裂の治癒技術を徹底解剖
早稲田大学 理工学術院 材料力学・材料強度学研究グループ准教授 細井厚志

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上巻の冒頭部を収録した無料版PDFはGoogle Driveにあります。

閲覧は無料です。モバイルでも表示可能。

『曙光』上巻 ~”海底鉱物資源を採掘せよ”から”屁理屈だけは超一流”まで



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ニムロディウムという架空の金属元素を中心に、鉱業、海底鉱物資源、深海調査、海洋情報ネットワーク、建築&デザインなどをテーマに描く人間ドラマ。水深3000メートルに眠るニムロディウムの採掘は世界を変えるのか。生の哲学を中心に海洋社会に生きる人々の願いと攻防を描きます。Google Driveにて無料サンプルPDFも配布中。

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