一つの人生に、一つの目的 人はみな深海に眠る鉱物資源  

一つの人生に、一つの目的 人はみな深海に眠る鉱物資源   

一つの人生に、一つの目的

昔も今も、人の大いなる関心は「よりよく生きる」に尽きると思います。
心の充実、物質的な豊かさ、社会的評価、それらが三拍子そろって、「幸せだな」と感じる人が大半ではないでしょうか。
しかしながら、どれもが満ちている人など稀であり、多くは不満や空しさを抱えながら生きています。
どうにもならない現実の中で、いかによりよい人生を構築するか。
哲学も、文学も、科学や経営といった分野も、突き詰めれば、その一点に尽きると思います。

本作では、『一つの人生に、一つの目的』を重視しています。
その意味が明らかになるのは後編ですが、なぜマクダエル理事長が根無し草の彼にそれを課したのか。
せっかくの能力が無駄に消費されていくのを見るに堪えなかったからかもしれません。

目的なき人生は、空ぶかしのエンジンと同じ。

努力が空回りするだけで、何をも成し遂げることはできません。

このパートは海洋小説『曙光』の抜粋です。
詳しくは作品概要と記事一覧をご参照下さい。
冒頭部の無料サンプルはGoogle Drive からDLできます。

【あらすじ】

採鉱システムの接続ミッションを完了し、スタッフの感慨もひとしおだ。だが、採鉱事業を指揮したアル・マクダエルだけは、これから起こりうる多難に表情を曇らせ、ヴァルターに『一つの人生、一つの目的』という訓を与える。
そんな中、ヴァルターとリズの想いもいっそう深まり、ぎくしゃくしていた母親との関係も改善しだす。
一方、通信事業者『ステラネット』の社長の娘で、採鉱プラットフォームの通信士でもあるインディラから、リズの置かれた立場とマクダエル一家の暗黒史、絶大な権力をもつファルコン・マイニング社のことを聞く。アルの深い憂愁を知ったヴァルターは次のステージに向けて新たな一歩を踏み出す。

【抜粋】 人はみな深海に眠る鉱物資源

可能性を信じて

接続ミッションに成功し、採鉱システムの本稼働に成功したプラットフォームでは祝賀会が開かれる。
壇上に立つアルに贈られたのは、スタッフからのサプライズだった。

アルが金色のリボンを解き、小さな包みを開けると、中にはジュエリーボックスに収められた高さ15センチほどの有翼の女神像が入っている。素材は銀色に仕上げたニムロディウム合金で、胸元に親指の頭ほどの青いジュエリーが輝いている。

「あれはサファイア?」

ヴァルターがフーリエに耳打ちすると、代わりにノエが答えた。

「ニムロディウムの特殊効果だよ。僕も詳しくは知らないが、ある種の原石にニムロディウムを添加して高温で加熱すると、ああいう色合いになるらしい。ルビーやエメラルドも光沢を増す為に放射線やオイルで人工処理を施すだろう。それと同じ原理だ」

アルはじっと青いジュエリーに見入っていたが、女神像の足下に『per mare per terram(海にいようと 陸にいようと)』と刻まれているのを見て取ると、「どうもありがとう」と皆に向き直った。

「しばしば口にしてきたことだが、人はみな深海に眠る鉱物と同じだ。誰もが内に大きな可能性を秘めている。だが、それを掘り出すのは自分自身に他ならない。今日まで、わしのビジョンに付いてきてもらったが、明日からは皆さん自身で今後のビジョンを描いてもらいたい。この三〇年、果てしなく感じられたが、振り返ればあっという間だった。その間、辛抱強く自彊(じきよう)し、研鑽を積んで下さった皆さんにはただただ感謝の気持ちしかない。改めて、どうもありがとう。そして、これからは皆さんの時代であるように──」

一つの人生に、一つの目的 人生の大事な仕事とは

祝賀会の後、ヴァルターは熱を冷ます為に一人でムーンプールを訪れる。そこには既にアル・マクダエルの姿があった。

ほとんど人気の無いスチールメッシュの通路を歩き、最初に選鉱プラントに立ち寄ったが、夜間は主要な出入り口に鍵がかかり、関係者以外の立ち入りが制限されている。

選鉱プラントはガラス張り天井の一部だけが甲板上に突出し、主要設備は大半がレベル・マイナス1からマイナス2にかけて設置されている。強化ガラスの天井から見えるのは、黒い箱状の機械と何本ものパイプだけで、選鉱の工程は外側から全く窺い知ることができない。

接続ミッションに携わりながら選鉱や製錬のプロセスを間近で見学できないのは残念だが、採鉱事業の枢要とも言うべき企業機密ゆえ仕方ない。
彼は選鉱プラントから離れると、タワーデリックに向かった。

オペレーションルームは午後十時を過ぎても室内灯が灯り、遠目にもモニターウォールがはっきりと見える。夜間担当は最初の一ヶ月、奥のワーキングブースで仮眠を取りながらオペレーションを監視するようだが、マードックの話では、いずれ五階の管制室で一元管理する方向に進んでいるらしい。

次いでムーンプールに足を向けると、海中深く突き立てられた揚鉱管が目に入った。

直径五十五センチに及ぶ揚鉱管は、潮流や波による衝撃を吸収するライザーテンショナーに支えられ、義旗のように夜空にそびえ立つ。ライザーテンショナーは揚鉱管の上下左右の振動をプラットフォームに伝えないようにする緩衝装置で、ワイヤー・シープを取り付けたピストンとシリンダーから構成される。波力や潮流の影響で、数メートル、時には十数メートルに及ぶ揚鉱管の揺れをピストン作用で吸収し、パイプの破損や変形を防ぐのが目的だ。六本のピストンシリンダーに支持された揚鉱管は、まるで傘の骨組みを引っ繰り返したような形状で、海中から激しく突き上げる衝撃を受け止める様は、人間の技術対自然の巨大なエネルギーという印象だ。

<中略>

彼が立ち止まると、アルも彼の気配に気付き、こちらを振り向いた。

「昨日はご苦労だったね」

アルがねぎらうと、彼も表情を和らげ、「やるべき事をやったまでだ」と答えた。

「その割に浮かない顔だが」

「素直に祝福してるよ。皆のことも、あんたのことも。でも、これは俺の本分じゃない。俺は最後のパーツを繋いだだけ、今日の功績はあんたと皆のものだよ。正直、妬けるけど」

「そうか」

「でも、当分潜ることはないだろう。ここのオペレーターは腕がいい。水中機材も無人機も良いものを導入している。調査もメンテナンスも大方は無人機でやれるだろう。フーリエもプロテウスは当分ドック入りだと言っていた。そうなると俺も手持ちぶさただ。だから、次にどうするか考えている。あんたが最初に言ったことだ。『自分で考えろ』と」

「これが学生の休暇なら『ゆっくり考えろ』と言いたいところだが、そういうわけにもいかん。お前には給料を払わないといけないし、こちらで負担している社会保険料もある。かといって、わしの方から、あれこれ指示する気もない。何もすることがないなら、しばらく甲板掃除でもやるか?」

「日銭を稼げるなら何だってやる。俺も生きていかないといけないんでね」

「だが、それでは永久に満足せんだろう」

「だから、今考えている。これから何をすればいいのか。自分に何が出来るのか。正直、俺には皆の成功を手放しに喜べない。なぜって、俺は何もしてないからだ。海洋調査も復興ボランティアも全力で打ち込んできたが、それとは少し違うような気がする。皆の役に立っているつもりだったが、突き詰めれば、自分の方しか向いてなかった。だから、やっても、やっても、どこか満たされないような気持ちになるんだろう。それでも、何かせずにいない。自分も生き、周りも活かすような『何か』だ。その時、本当の意味で、『これが生だったのか』という気持ちが分かるような気がする」

<中略>

「あんたは、どうしてこんな採鉱プラットフォームを作ろうと思ったんだ? MIGだけで十分、利益も名誉もあるだろうに」

「理由なら数え切れないほどある。お前がしっかと目を見開き、この海を見れば分かることだ」

彼はムーンプールに打ち付ける水しぶきを見詰めるが、この海にどんな理由が秘められているのか、今は想像もつかない。

「ともかく契約が切れるまでは仕事に専念しろ。これほど自由に動き回れる機会もないだろう。『一つの人生に、一つの目的』。考えて、考えて、考え抜いて、人生のテーマを見つけ出せ。それがこの二年の間にお前が本当に為すべき仕事だ」

「目的──」

そう。目的だ。採鉱システムを作ろう、売り上げを達成しようという『目標』とは違う。もっと根源的な生きる動機だ。我が我たる理由だよ

「今なら何となくその違いが分かる。コンペに参加したり、深海調査をこなしたり、目の前の目標を達成するのと、自分を生かす道は、多分、別なんだよ。俺の父親は土木技師だったが、事務員でも、船員でも、きっと生き様は同じだっただろう。そういう精神の核を持っていた。だが、俺にはそれは無い。今まで決して無目的にやってきたわけではないが、では生涯かけて何を体現したいのかと問われたら、答えは未だない。『緑の堤防』でもないし、大水深の潜航記録を達成することでもない。その時々の目標はあっても、一貫したテーマが無いんだ。だから、ここでダグやマードックが一心に打ち込んでいる姿を見て、焦りを感じるのだろう。俺もテーマを見つけたい。目先の勲章ではなく、一生誇りに思えるものだ」

【リファレンス】 嘆きのエレミア

作中に登場するレンブラントの名作「嘆きのエレミア」。
エレミアに関しては、ネットにも詳しい解説がたくさん出ていますので、興味のある方はぜひご覧になって下さい。
16.エレミヤ書9章1-8節『嘆きの歌』鳥井一夫 聖書の部屋
エレミヤの労苦と苦悩 牧師と書斎

レンブラント 嘆きのエレミヤ

夜のプラットフォームも素晴らしくきれいです。本作では「真夏のクリスマスツリー」と表現しています。

Thunder Horse platform at night

IJmuiden by night

もう一つの宇宙に通じるムーンプール。
深海 ~ムーンプールに広がるもう一つの宇宙』にも書いているように、海のダイナミズムがぎゅっと凝縮されたような、最もエキサイティングなスポットです。

ここで静かに語り合えるとは到底思えませんが、まあ、そこはフィクションということで(^^ゞ

Ocean Rig Poseidon BOP & Moonpool

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上巻の冒頭部を収録した無料版PDFはGoogle Driveにあります。
閲覧は無料です。モバイルでも表示可能。
『曙光』上巻 ~”海底鉱物資源を採掘せよ”から”屁理屈だけは超一流”まで


 著者  石田朋子
 定価  --
 ページ数  1509ページ
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