ムーンプールに広がるもう一つの宇宙

35. 深海 ~ムーンプールに広がるもう一つの宇宙

ムーンプール

ムーンプールは石油リグや掘削船や海洋調査船など、洋上で作業する施設に設けられた開口部です。

機材を海中に降下したり、ケーブルや揚鉱管を降ろしたり、洋上での作業は非常な危険を伴います。
甲板から機材を降ろすことも可能ですが、波風の影響を受け、下手すれば、船や機材が損傷しかねません。
そこで、施設のほぼ中央に開口部を設け、洋上でバランスを取りながら、安全に作業を進めるのがムーンプールの役割です。

ムーンプールという言葉の響きは美しいですが、実際には、海に面するあの世の窓口(?)でもあります。
場所によっては、水深数千メートルにもなりますから、落下すればひとたまりもありません。
内側では激しく水が打ち付け、機材やケーブルも剥き出しで、すぐに浮き輪や救命ボートが出せるような状態ではないことから、洋上施設の中でも特に危険度の高い場所といえます。

しかしながら、海に最も近く、それはさながらもう一つの宇宙を覗く窓と言えるでしょう。

近くて遠い海の魅力とエネルギーがぎゅっと詰まった、最もエキサイティングなスポットです。

【あらすじ】 深海への憧れ

採鉱システムの揚鉱管と集鉱機を繋ぐ接続ミッションを前に、父の最期を聞かされたヴァルターは激しいショックを受けるが、上司であるアル・マクダエルに真の心の強さについて教えられ、平常心を取り戻す。
そんな彼を元気づける為に夕食を共にしたリズは、一緒にムーンプールの見学に出掛ける。

【あらすじ】 ムーンプールに広がる、もう一つの宇宙

二人はブリッジを出ると、選鉱プラントの階段からレベル・マイナス1に降りた。

どこも薄暗く、船の機関室のように轟々とエンジン音が鳴り響いている。まるで監獄みたいな通路を足早に突っ切り、スチール製のドアを開くと、ムーンプールに行き当たった。一辺10メートルの開口部は黄色い二重の手摺りに囲まれ、激しい水音が巨大洗濯機みたいに辺りに鳴り響いている。

ヴァルターはクレーンの操作ブースに備えられている白いヘルメットをリズの頭にかぶせると、上半身に八の字の襷のような安全ベルトを装着した。それから背中の留め具に幅広のゴムバンドを取り付け、もう一方の先端を支柱のフックに固定する。

リズは高層ビルの作業員みたいにベルトとバンドでぐるぐる巻きになった自身の姿に、「なんだかプードルみたいね」と恥ずかしがったが、ここでは安全装置は必須だ。プールに落ちれば海面に叩きつけられたショックで気を失い、あっという間に波に呑み込まれて絶命する。彼も手早く安全ベルトとヘルメットを装着すると、リズの背中を抱いて手摺りまで誘導した。

手摺りをしっかり掴み、恐る恐る足下を覗くと、はるか下方に暗い水面が見える。まるで海底から波動が突き上げるように水が右に左に打ち付け、高さ数十メートルの断崖絶壁を覗いているみたいだ。

「すごいわ。海のエネルギーをぎゅっと圧縮したみたい。この水面が水深3000メートルの海底まで続いているのね」 

「そうだ。砂浜から見れば静かに横たわっているように見えるが、内側には計り知れないエネルギーを秘めている。何千年とかけて惑星の隅々に物質を運び、岩を削り、熱を伝え、そのメカニズムを知れば、波の一つ一つが惑星の呼吸に聞こえる」

「そのエネルギーが海台クラストを作ったのね」

「クラストに限らず、海底の鉱物は、潮流、噴火、風雨、微生物、あらゆる自然現象の結晶だ。海はそれを何百万年、何千万年と懐に抱いて醸成させる。今こうしている間にも新たな鉱物が作られ、星の形状を変えて行く。海はまさに生きているんだよ」

「そんな海の深い所から、どうやって鉱物を引き上げるの?」

「最初に破砕機でクラストだけを剥がし、次に集鉱機で掃除機みたいに掻き集める。集鉱機に繋がった揚鉱管には流水が循環していて、高圧水中ポンプで内側を負圧にすれば、圧力差で吸い上げることができるんだよ。ストローみたいにね」

「でも、全長3000メートル以上でしょう。揚鉱管が途中で折れ曲がったりしないの?」

「揺れに合わせてプラットフォームも移動するから、よほどの事がない限り、ぽきんと折れることはない。いざとなれば、集鉱機から揚鉱管を離脱して、半時間ほどで海上に揚収できるそうだ」

「だけど、真っ暗で、投光器で照らしても何も見えないのでしょう」

「そうだね。よく見えても半径数メートルだ。カメラの視界はもっと限られる。陸上なら簡単に接続できる作業も、深海では水圧や暗闇との戦いだよ。電気も電波も届かないからね」

「それでも、やるのね」

「そうだ。皆それを目指して何十年と打ち込んできた」

「そして、あなたも」

【リファレンス】 ムーンプール

海上リグのムーンプールはこんな感じです。

中央で左右に揺れているのが、石油リグの揚鉱管(ライザーパイプ)です。

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『曙光』上巻 ~”海底鉱物資源を採掘せよ”から”屁理屈だけは超一流”まで



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ニムロディウムという架空の金属元素を中心に、鉱業、海底鉱物資源、深海調査、海洋情報ネットワーク、建築&デザインなどをテーマに描く人間ドラマ。水深3000メートルに眠るニムロディウムの採掘は世界を変えるのか。生の哲学を中心に海洋社会に生きる人々の願いと攻防を描きます。Google Driveにて無料サンプルPDFも配布中。

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