海底鉱物資源 マッピング

24. 深海の接続作業と採鉱予定区のマッピング ~海底鉱物資源採掘の成否を決定するもの

深海:超水圧との闘い

深海は超水圧との闘い。暗闇が立ちはだかる過酷な世界でもあります。

そんな中、どうやって水中設備のネジを締めたり、配線をつなぎ替えたりするのか。

石油リグや深海調査の動画では、まるで人の手のようにマニピュレータを操作し、ライザーパイプを繋ぎ、サンプリングを行う模様を目にすることができます。

当然、その部品も一つ一つが大きく、蛍光色、目印フラッグ、凹凸の一致など、様々な工夫が施され、操作ミスを防いでいます。

とはいえ、新しい技術や新規事業にはリスクがつきもの。

せっかく人を育てても、思わぬ結果を招くこともありますね。

このパートでは、採鉱システムに参加した若いオペレーターが共倒れにならないよう、様々な教育を施す過程が説明されています。

一方、超水圧や暗闇の過酷な環境でも効果的に海底鉱物資源の採掘ができるよう、マッピング技術に力をいれた理由が明らかにされています。

どれほどシステム自体は完璧でも、無駄なクズ石を掘り返すようでは収益になりません。
一回の操業で、高品位の海底鉱物資源を効率よく回収することが、事業成功の鍵なのです。

マッピングに登場するシミュレーションは、鉱業のみならず、航空、船舶など、様々な場面で応用されています。

に登場する仮想トレーニングも、シミュレーション技術の賜です。

一昔前なら、縮小模型を使った実験や試験操業で、多大なコストを要したことも、現在は数台のコンピュータと数人の技術者で、より正確な数値をはじき出せるようになったのですから、技術の恩恵を思わずにいません。

このパートは海洋小説『曙光』の抜粋です。

詳しくは作品概要とタイトル一覧をご参照下さい。

冒頭部の無料サンプルはGoogle Drive からDLできます。

【あらすじ】

未曾有の海底鉱物資源、海台クラストの本採鉱の接続ミッションを前に採鉱プラットフォームも慌ただしい。古参のスタッフに混じって新たな洋上生活を始めたヴァルターは、潜水艇プロテウスの運航責任者フーリエを紹介される。まったく経験のない水中の接続作業を前に、神経を苛立たせるヴァルターに、フーリエは子供のオモチャのような機械部品を見せ、「オレでも海底でマドレーヌが焼ける」と励ます。

続いてプロジェクトのサブリーダー、マードックから予定採鉱区のマッピング技術について説明を受け、採鉱計画が単なる金儲けではない、未来の人材育成も兼ねた一大事業であることを理解する。

そんな中、ヴァルターは『マッコウクジラの兄弟』こと、プラットフォーム・マネージャーのダグにテスト潜航を持ちかけるが、予算などの都合からダグは突っぱね、「そんなにテスト潜航したけりゃ、まずは300万エルクの予算を自分で捻出しろ」と迫る。

一方、アステリア滞在を決めたアル・マクダエルの一人娘リズは、世間を知る為に、厳しい肉体労働で知られる物流センターのアルバイトを始める。そこで社長令嬢である自身と従業員らの生活レベルの差に愕然とし、社会や人生への考えを改め始める。

【抜粋】 深海の接続作業に挑む

有人潜水艇と接続作業:オレでも海底でマドレーヌが焼ける

接続ミッションの内容が深海調査ではなく、揚鉱管と高電圧リアクターの接続作業と知ったヴァルターは、初めての水中作業に動揺するが、運航チームのリーダー、フーリエはオレでも深海でマドレーヌが焼けると励ます。

彼はしばらくその場に立ち尽くしていたが、右の奥の方でガラガラとパネル式の移動間仕切りを引く音が聞こえると、そちらに足を向けた。
プロテウスだ。

夕べはじっくり見る余裕もなかったが、船体前面に取り付けられた装置が幾つか異なる。八つ目のロブスターみたいな外観はそっくりだが、マニピュレータは海洋調査で使っていたものよりアームが長めで、径も太く、リスト(手首)には光源付カメラが取り付けられている。手先の動きを拡大ビデオで確認する為だ。

また検査プローブや検体採取用のバスケットは無く、代わりに小型無人機を搭載するランチャーとワイヤーの巻取機が備え付けられている。ランチャーの大きさから察するに、小型無人機は四〇センチ前後。ワイヤーは三十メートルほどか。遠隔操作といっても、対象物にかなり近接して作業するのは確かだ。

<中略>

フーリエは彼を格納庫の壁際に連れて行き、スチールラックに無造作に置かれた部品の数々を見せた。まるで玩具のブロックみたいに大きな六角形ボルト、コネクター、フランジナット、レバーハンドル、等々。部品といっても一つ一つが大人の拳大ほどあり、ノブもプラグもセレクタスイッチも形状は非常にシンプルだ。大半が蛍光色の緑や黄で色付けされ、水中でも識別しやすいよう工夫がなされている。

「機械の接続といえば大層だが、一つは管の口と口を合わせて、セレクタスイッチをOFFからONに切り替えるだけ。もう一つは、大人の掌ほどのプラグを差し込んで、ケーブルを繋ぎ替えるだけだ。多くの部品は接合した瞬間に自動的に回転して、凹凸がガッチリ嵌まる仕様になっている。複雑な操作は何一つない。若いオペレーターでも実験プールで半時間とかからずやってのけた」

「だが、実験プールと深海は異なる」

「確かに。だが、この一世紀、ステラマリスの石油リグでも水深数百メートル下で無人機を使って同様の操作をしているが、事故が起きたことは一度もない。高電圧リアクターだって、海上のオペレーションルームで主電源をONにするまでは通電しないんだ。まさかお前の存在を無視して、海中で丸焼きにはせんだろうよ」

「丸焼きになる前に、電気ショックで即死すると思うが」

「真顔で反論するなよ。お前も生真面目だな。どれ、試しにオレが実演してやろう。ここにあるのはプロトタイプの残骸だが、現在の重機や揚鉱管にインストールされている部品とほとんど形状は変わらない。オレがマニピュレータでちょっちょとネジを締めて見せれば、お前も納得するだろう」

フーリエは六角形の大型ノブがはめ込まれた金属プレートや、腕の太さほどあるオス・メスの円筒コネクター、掌サイズのセレクタスイッチをワゴンに載せると、プロテウスの前面に配置し、自身は耐圧殻に乗り込んだ。

ほどなく一部の電源が入り、フーリエが操縦席のコンソールからロブスターのハサミのようなマニピュレータを動かしてみせた。油圧による速度制御(レートコントロール)方式で、ゲーム機のようなジョイスティック型ハンドコントローラーで操作する。

アームの全長は一・八メートル。海洋技術センターの「プロテウス」のアームは一・五メートルだったから、それより三〇センチ長い。人間の腕と同じように主アーム、上腕、前腕、手など、複数のパートからなり、四つの指を持つグリッパ、リスト(手首)、長さ四〇センチの前腕、五〇センチの上腕、さらに九〇センチの主アームと続き、リストの関節は三六〇度、その他の関節は一二〇度の回転が可能だ。

フーリエはアームを進展すると、四つ指のグラバーを開いて、六角形の大型ノブをつまんだ。それからもう片方のグラバーで金属プレートを縦にして、ノブを右に左に回して見せる。動きもスムーズだ。

次に直径九センチのオス・メス円筒コネクターを取り上げる。

右手に凸型、左手に凹型のコネクターを把持し、大小の筒を重ね合わせるように接合すると、二つのコネクターはがっちり噛み合い、ちょっと引っ張ったぐらいではびくともしない。

掌サイズのセレクタスイッチも同様だ。真ん中のつまみを四つ指のグラバーで挟んで、右に左に切り替えるだけ。摂氏三〇〇度の熱水噴出孔の周りでウロウロするカニを捕まえたり、岩の割れ目からぽつぽつ湧き出す小さなバブルを気体採取チューブに集めるより簡単だ。

実演が終わると、フーリエはハッチから顔を出し、「どうだ、大騒ぎするほどの事じゃないだろう」と苦笑した。

「まあ、そう神経質になるな。今まで経験したことのない接続作業を命じられて動揺するのも分かるが、このベビー玩具のようにでかい部品と高性能マニピュレーターを見ろよ。オレでも海底でマドレーヌが焼ける」

人材という資本

父アル・マクダエルの目を盗んでアステリアにやって来た娘のリズは、急ピッチで開発が進む沿岸の工業地帯と洋上の採鉱プラットフォームを目にして、父の事業の全容と経営哲学を理解し始める。

リズはガーデンテラスのデッキチェアに腰掛け、グレープフルーツ・ジュースを飲みながら、今一度、目の前の海を見渡した。
朝の光がガラス細工のように水面を跳ね、優しい潮騒が辺りに響き渡る。

なるほど、二十年前、父が思いがけなくアステリアでディベロッパー事業を始めたわけだ。

当初は「迷走するMIGの多角化経営」「無目的な事業拡張」と揶揄する声もあったが、父と出資者の思惑は大当たりだ。「渡航制限のある海のリゾート」は安全と娯楽を求めるトリヴィアの富裕層を強く引きつけ、海沿いの分譲地は瞬く間にソールドアウト、海の見える高級住宅やコンドミニアムも企画段階で買い手がつくほどで、その勢いは今も衰えることがない。来年にはローレンシア島でもローランド島でも幾多の商業施設やオフィスビルが続々とオープンし、いっそうの発展が見込まれている。

父は採鉱システムに打ち込む傍ら、常に周辺の充実を図ってきた。直接的に大きな利益に繋がらなくとも、全体を底上げすれば、自ずと自分の立ち位置も押し上げられる。「あんたの所も儲けさせてやろうじゃないか」が父の決め台詞だ。その動きは時に他社優先だが、最終的には回り回って自分の懐にも十分な利益が入る仕組みを作り上げる。父が優良なビジネスパートナーに事欠かないのも、「あの人と組めば儲かる」という実績と信頼感があるからだろう。

採鉱システムに関しては、鉱業権の問題もあって三十年がかりの事業となったが、その間、父がアステリアに成したことは幅広い。物流、土地開発、インフラ整備、工場誘致など、産業振興はもちろんのこと、教育、医療福祉、娯楽など、庶民の暮らしの向上にも努めてきた。事業の成否を決めるのは資本や設備ではなく、突き詰めれば、現場スタッフの善し悪しだ。優良な人材を集めようと思えば、本人だけでなく家族のサポートも必要になる。それもまた余計な出費に見えるが、スタッフが起こした事故や損害の後始末をしたり、悪評の火消しに神経消耗することを思えば安いものだと父は言う。これぞと思う人材がアステリアの暮らしに満足し、いつまでも辞めずに尽力してくれることが最大の資本だと。

海底鉱物資源のマッピング

海底鉱物資源の採掘の成否を決定づけるのは、鉱物の賦存を正確に把握することだ。
その為の技術が、海底地形と鉱物資源の正確なマッピングである。

彼がオペレーションルームを訪れると、マードックは壁際のワーキングデスクで採鉱予定区の採鉱マップをチェックしていた。

採鉱に使われるマップは、無人調査プローブが採取したデータを専用ソフトウェアで分析し、七色のグラデーションで彩色した3D地形図だ。そこには詳細な地形だけでなく、基礎岩を覆うクラストの厚さや形状までもが一〇ミリ単位で描出されている。このマップから採鉱する場所を選定し、破砕機や集鉱機のオペレーションシステムにロードアップして重機の動きを制御するのだ。効率的に有価なクラストを採掘できるか否かは、重機の性能にも依るが、資源の賦存状況をいかに正確に把握するかにかかっている。どこに、どれくらいの硫化ニムロディウムが存在するか、地形は重機の運用に適しているか、といった事だ。そして、豊富に硫化ニムロディウムが含まれるクラストだけを基礎岩から引き剥がし、海底からもれなく回収する。

マードック曰く、一番お金と技術がかかっているのはマッピングだという。それも探鉱権やリテンション・ライセンスが有効な間に結果を出さねばならず、全てが時間との闘いだったそうだ。

<中略>

「今もマッピングの範囲を広げてるのか?」

「もちろん。現段階で十分なレベルに達しているのは五年分だ。それ以外の部分は、今も調査クローラーを使ってデータ収集と分析をしている。大半は自動化されているが、やはり人目で描出されたマップを確認して、気になる箇所はピックアップし、必要に応じて再調査や再分析をしないといけない。それに有価な部分が存在しても、重機に適さない地形もある。傾斜が激しかったり、大きな凹みがあるような場所だ。それも人間の目で見て回避しないと、重大な事故を引き起こす。どれほど機械化が進んでも、最終的には人の目が物を言う。それを見分ける教育も必要不可欠だ。だから、うちのオペレーターは工学理論や機械操作だけでなく、鉱物学や海洋学の講義も受けている。簡単な内容だが、学術的に理解して動かすのと、何も知らずに機械だけいじるのでは大違いだからね。それを指示したのもマクダエル理事長だ。万一採鉱システムに失敗しても、知識や技術があればよそで即戦力になる。そこまで配慮されたら、若いのだって必死にやるだろう」

彼は納得し、コンソールの前でぺちゃくちゃお喋りしながらも、システムのチェックに余念がない自分と同年代のオペレーターに目をやった。確かに一人の優秀なオペレーターは資本や設備に換えがたい。事業の成否は、突き詰めれば、最先端の技術に携る人間の質に依るのだから。

大学生とプロのパイロットの違い:テスト潜航の是非をめぐって

海中での接続ミッションのパートナーは大学生だった。ヴァルターは、プラットフォームのマネージャー、ダグにテスト潜航を申し込むが、今更、テストに金はかけられないと突っぱねられる。

「お前、本当はビビってんだろ? 水深3000メートルで、今まで見たことも聞いたこともない揚鉱管を繋げと言われて、小便ちびりそうになってんじゃねえか」

「怖い、怖くないの話じゃない」

「自信が無いなら、エイドリアンに替わってもらえ。頭のいい大学生だ。ここの事もよく知ってる。土壇場で失敗されて、三十年の努力を水泡に帰されるぐらいなら、最初からエイドリアンに任せた方が数倍マシだ」

「だが、その大学生だって深海で思いもよらぬ状況に陥ったら、冷静に対処できるわけじゃないだろう。そいつはプロテウスの隅から隅まで知り尽くしてるのか? ボルトを見ただけで、どの部位の、どんなシステムに組み込まれているか、正確に言い当てることができるのか。俺なら出来る。電気系統のトラブルも、油圧の故障も、ナビゲーションとの行き違いにも対処する自信がある。俺はプロのパイロットなんだよ。大学生のアルバイトとは訳が違う。パイプだけ繋いで済ますつもりはないし、学術的な目的もある。申請書にも書いてる通り、採鉱区の状態を目視するのが一番の動機だ」

「現場が見たいなら、無人機の水中カメラで十分だ」

「十分じゃないから、必要性を説いてるんだよ」

「どこがどう物足りないんだ」

「カメラの視野はどうしても限られる。解析能力だって未だ人間の目には及ばない。微妙な色の違いや形状の変化、細かな粒子の動きなんかは、現場に行って直接見てみないと分からない。何かに気付いた時、すぐにサンプルを採ったり、録画したり、迅速に対応できるのも大きなメリットの一つだ。だから機械操作のテストを兼ねて、一度、自分で見てみたいと言ってるんだよ」

「お前の好奇心の為に三〇〇万エルク?」

「好奇心じゃない。確認だ。事前にどれほど調査を重ねて、精密なデータを揃えても、いざ採鉱機を動かして、海山表面の形状が変われば、思わぬトラブルに直面することもある。そういう不測の事態に供えて、最後にもう一度、採鉱区の様子を間近で目視したいと言ってるんだよ」

「お前、一回の潜航にかかる費用と人手が分かってるのか。プロテウスの運航スタッフは、みなノボロスキ社から呼んでいる。整備工、クレーンのオペレーター、ナビゲーター、ダイバー、彼らの送迎費、滞在費、時給、運営コスト。金だけじゃない、彼らが宿泊すれば居室の準備もいるし、食事だって、その分余計に食材を手配しなければならない。何日も前から各部署でスケジュールを組んで、それに合わせて業務も調整するんだ。そして、十月十五日まで、みな決められたスケジュールで動いている。よほどの緊急事態でない限り、さしたる理由もなしに大きな変更は加えられない」

【リファレンス】 無人機を使った海中技術の実際と海底地形図

なぜ主人公がビビっているかというと、潜水艇による深海底の観察と機材を使った水中作業では全く勝手が違うからです。ちなみに、マードックが求める海中作業はこういう感じ。

動画は水中無人機(ROV)を使った石油リグのBOP(防噴装置)の接続作業です。無人機でもケーブルのつなぎ替えやパネル操作ができるんですね。

海底地形のマッピングは世界中の海洋機関が総力を挙げて取り組んでいます。地上のように肉眼で目視し、ドローンやヘリコプターで上空から撮影するようなわけにいきませんから、技術的には非常に難度が高いです。

海底鉱物資源 マッピング

海底鉱物資源 マッピング

海底鉱物資源 マッピング

こちらもCGアニメーションで分かりやすいです。

動画だけ見ていたら、とても簡単そうに見えますが、作中でもあるように、「水深数千メートルの海底から、商業的に価値のある鉱物」だけを効率よく採掘するのは至難の業です。莫大な建設&操業コストをかけて、屑石ばかり吸い上げていたら、あっという間に倒産ですね。
これも作中に書いていますが、そもそも、どこに、どれだけ商業的価値のある鉱物が賦存するか、正確に把握しないことには始まらない。丹波篠山の山奥をシャベルで掘り返しても、石油も黄金も永遠に出てこないでしょう? 海底に膨大な鉱物資源が存在するのは本当だけども、有価な鉱物が存在する場所と量を特定するのが非常に難しいのです

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『曙光』上巻 ~”海底鉱物資源を採掘せよ”から”屁理屈だけは超一流”まで



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ニムロディウムという架空の金属元素を中心に、鉱業、海底鉱物資源、深海調査、海洋情報ネットワーク、建築&デザインなどをテーマに描く人間ドラマ。水深3000メートルに眠るニムロディウムの採掘は世界を変えるのか。生の哲学を中心に海洋社会に生きる人々の願いと攻防を描きます。Google Driveにて無料サンプルPDFも配布中。

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