永遠の環 ~すべてのものは形を変えながら永遠に廻る

29. 永遠の環 ~すべてのものは形を変えながら永遠に廻る(タイタニックの思い出付き)

ニーチェと永劫回帰

ニーチェの思想の主幹に『永劫回帰』があります。(参照 ツァラトゥストラはかく語りき

これが生だったのか。それなら、よしもう一度! 自己肯定と魂の幸福にも書いているように、『幸福』とは、この人生をもう一度生きてもいいと思えるほど、自分自身と自身の生を愛する気持ちです。それに似たもので、「もはや自分を恥じないこと」(悦ばしき知識)という表現もあります。
劣等感や虚無感を抱え、死にたいと願う人が多い中、心の底から「もう一度」と思える気持ちは、ある意味、最高に恵まれた、最高に幸せな人間の証かもしれません。

本作では、言葉の問題と学校での苛めから「死にたい」と嘆く息子のヴァルターに、ニーチェの永劫回帰の思想を説く父親のグンターが登場します。
もちろん、幼い息子に永劫回帰の意味など分かりません。
そこで、グンターは「永遠の環」という言葉に置き換え、たとえ人より劣っても、自分を好きでいる気持ちが大切だと説きます。

そうは言われても、ルサンチマンの塊で、父親の死後、激しい喪失感に陥るヴァルターにはなかなかその意味が理解できません。

何度も自滅の道に向かい、その度に、運に助けられます。

では、いつ、どのような形で、その意味に気づくのか。

それが後半のパートです。

【あらすじ】 鳥のように大海原を見渡す

潜水艇プロテウスの格納庫で鉢合わせたヴァルターとリズは、耐圧殻の中で、「夢の深海」を体験した後、採鉱プラットフォームのブリッジ最上階のヘリポートに足を運ぶ。
無限に広がる大海原を見つめながら、ヴァルターは父から教わった『永遠の環』のことを思い浮かべる。

【抜粋】 すべてのものは形を変えながら永遠に廻る

※ 夕刻、洋上の採鉱プラットフォームのヘリポートにて。

ヘリポートの周りにはセーフティーネットが張り巡らされ、万一、転落しても下まで落ちることはない。それでも五階建ての高さから見下ろす大海原は圧巻だ。まるで空を飛んでいるような気がする。

「本当に果てしないのね。海だけが永遠に広がっているみたい」

「でも、西に西に飛び続ければ、一巡りしてまた元の場所に戻ってくる。限りがないように見えて、全ては一つに結ばれているんだ。Ring der Ewigkeit ──永遠の環(The Ring of Eternity)みたいに」

「The Ring of Eternity ?」

「そう。沈む夕陽も海の向こうでは朝日になる。この世に終わりも始まりもなく、すべてのものは形を変えながら永遠に廻るという意味だ。もっとも、これは父の受け売りだけど」

「他にはどんな教えがあるの?」

「あり過ぎて一言では語り尽くせない。まるで一生分の教えを凝縮するように、いろんな話を聞かせてくれた。中でも『永遠の環』のことは繰り返し。父が言うには、人生には似たような場面が何度も訪れるらしい。まるで時間軸の周りに螺旋を描くように。似たような体験を繰り返すうちに知恵も磨かれ、心も強くなる。その完成された最高の形が円環(リング)だ

「解ったような、解らないような、抽象的な話ね。でも、『似たような場面を繰り返す』というのは何となく理解できるわ。仕事も、人間関係も、いつも躓く石は同じだもの。気が付けば、いつも似たような場面で立ちすくんでいる」

「そこで一歩踏み出すか、踏み出さないかが、人生の分かれ目なんだろうね。君にも踏み越える力はあるよ。現に自分の意思でここまで来たじゃないか」

「そうね。生きていくのは私自身だものね」

「父はいつも言ってたよ。どんなに辛く、悲しくとも、何度でもこの人生を生きたいと願う──『これが生なのか、よし、それならもう一度』と心の底から思えた時、あらゆる苦悩から解放され、真の魂の幸福を得ると。だが、俺には『もう一度』の気持ちは分からない。なぜそれが心を自由にし、魂に幸福をもたらすかも。俺に解るのは一つだけ、沈む夕陽も海の向こうでは朝日になるということだけだ」

特に関連のあるエピソード

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【リファレンス】 タイタニック・フォーエバー !

世界に一大センセーションを巻き起こしたジェームズ・キャメロンのアクション・ドラマ大作『タイタニック』。

なんだかんだで、すでに世界同時公開から20年以上も経っており、当然、観たこともなければ聞いたこともない、という若年層もこれからどんどん増えていくのでしょう。

TVよりもYouTube、映画館よりもNetflixやHulu、マイケル・ジャクソンやホイットニー・ヒューストンも亡くなって、世界が一つのコンテンツを共有する体験も薄れてきた今の時代、公開当時のタイタニック・ブームがどれほど凄かったか、想像できる若年層はほぼ皆無でしょう。

アバターやハリー・ポッターやロード・オブ・ザ・リングも世界を席捲したかもしれませんが、タイタニックのそれは、社会現象であり、一つの歴史の節目だったんですね。米ソ冷戦時代を過ぎ、日本も1995年の阪神大震災ショックからかなり立ち直って、世界が一番落ち着いていた頃――多くの庶民が中流の暮らしを満喫し、映画に、旅行に、ファッションに、まだまだ余裕でお金を使えた、最後の時代の徒花みたいなヒット作だったのです。

その続きを申せば、1999年、アンゴルモアの大王など降ってこなくて(ノストラダムスの大予言)、世界も滅亡せず、無事に2000年のミレニアムを過ぎて、ああ、これから世界はもっと良くなるぞ……と希望を持ち始めた時、2001年9月11日のNYテロがあり、日本では労働法改正が不況にトドメを刺して、その後の転落ぶりは皆さんもご存じの通りでしょう。それ以前に、氷河期を体験して、大変な思いをされた方も多いでしょうけど、それでも、タイタニックの頃はまだ『再建』という望みがありました。それこそ舵を良い方に切れば、皆が氷山に激突することなく、難所をすり抜けたであろうし、あるいは、十分なライフボートに避難して、大勢が犠牲になることはなかったのです。そう考えると、映画『タイタニック』は、近未来を予兆するような作品だったのかもしれません。世界的にも、です。

タイタニックの公開当時は、町中の店舗という店舗にセリーヌ・ディオンの歌う『My Heart will goes on 』が流れ、家電店やレコードショップのモニターには、朝から晩まで繰り返し、夕陽をバックに、マストで抱き合うレオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットのラブシーンが流れ、本屋には映画情報誌が山積み、ショッピングモールや駅のプラットフォームにも隙間なくポスターが貼られ、ほんと、世界中がタイタニック&レオ様&セリーヌ・ディオン一色でした。

しかし、私は劇場には行っておらず、実際に鑑賞したのは2001年になってからです。

私は、大ブレイクする以前のレオ様が大好きだったからです。

メジャーになった途端、「おもしろくない」というのは、コアなファンにありがちな心理です。

世界中が、レオ様、レオ様、と、古くからのファンを差し置いて、にわか熱で盛り上がるのが許せなかったのです。

それでも『タイタニック』が生涯の一本であることに変わりはないし(作品の良し悪しではなく、思い出として)、冒頭の海洋調査の様子に大いにインスピレーションを得ました。今でこそYouTubeや研究機関の動画で海洋調査の様子を垣間見ることができますが、2001年頃までは、インターネットもそこまで普及しておらず、このワンシーンが非常に貴重な資料だったからです。(1990年代はまだまだオタク向けのツールだった)

上記のヘリポートの場面も、影響を受けたといえば、そうなのでしょうけど、私としては認めたくありません。

何故なら、今でもタイタニックのレオ様には複雑な気持ちを抱いているからです (`・ω・´)

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『曙光』上巻 ~”海底鉱物資源を採掘せよ”から”屁理屈だけは超一流”まで



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ニムロディウムという架空の金属元素を中心に、鉱業、海底鉱物資源、深海調査、海洋情報ネットワーク、建築&デザインなどをテーマに描く人間ドラマ。水深3000メートルに眠るニムロディウムの採掘は世界を変えるのか。生の哲学を中心に海洋社会に生きる人々の願いと攻防を描きます。Google Driveにて無料サンプルPDFも配布中。

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