誰がローマのビジョンを描くか

46. 誰がローマのビジョンを描くか 重要なのはアイデアを社会に提示すること

リーダーこそ大衆の本質

どんな社会でも、開始、変革、提案と、物事を推し進めようと思ったら、四方八方から異見が上がり、どんな立派なプランもまともに進まないのが現状です。
本作の舞台であるアステリアも、人口数千の僻地の開発地から、ほんの10年で数倍規模に膨れ上がり、行政の監督機能や処理能力が追いつかず、各々が迷走しています。

何事も、共通の理念と確たる方針がなければ、皆が足並みを揃えて進むことはできません。

ローマが成るにも設計図は必要だし、誰がそれを描くかで、何もかも違ってきます。

思えば、未来というのは、今、この瞬間にも、確定しているのかもしれません。

また『誰がローマのビジョンを描くか』というのは、誰を社会のリーダーに選ぶかという問題でもあります。

それは、社会を構成する一人一人のセンスや倫理観に基づくものであり、優れたスーパーヒーローが突然生み出されるわけではありません。

大志も、それを支える大衆があって、初めて機能します。

ある意味、リーダーというのは、大衆の本質を映し出す鏡かもしれません。

このパートは海洋小説『曙光』の抜粋です。

詳しくは作品概要とタイトル一覧をご参照下さい。

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【あらすじ】 揺れ動く属領と政府の思惑

全球的な観測システムとデータ共有のアイデアを盛り込んだ、海洋情報ネットワーク構想の準備が進む中、ヴァルターは産業労働部のマルーフを訪ねる。
企業進出と人口増大に伴い、区政の産業労働部の業務も煩雑化する一方だ。
中には属領の自治と独立を求める声もあるが、マルーフは懐疑的だ。
肝心なのは「誰がローマのビジョンを描くか」だと指摘され、ヴァルターは肩すかしにあったような気分になる。
そんな彼に、上司のアル・マクダエルは「重要なのはアイデアを社会に提示すること」と説く。

【抜粋】 誰がローマのビジョンを描くか

区政センターの産業労働部、マルーフ部長の執務室にて

「まあ、それでもマクダエル理事長の気を引いたんだから大したものじゃないか。あの人も『拾いの神』と言われてるけど、誰それ構わず情けをかけるような人じゃないよ。いざとなれば容赦なく切って捨てる冷徹さも持っている。そうでなければ、ここまで大きな事は出来ない」

「マクダエル理事長とは長いのですか?」

「アステリア開発局の人事でここに飛ばされて以来の付き合いだ。企業と産業労働部は切っても切れない関係だからね。理事長には、中小企業や新興産業の支援、人材育成、交流会、セミナー、本来区政がやるべき務めをずいぶん肩代わりしてもらった。わたしも仕事柄、いろんな経営者の噂を耳にするが、あの人の悪口だけは本当に聞いたことがない。たまに雑音を聞くとしたら、ビジネスで後れを取った負け犬の遠吠えぐらいだ」

「そうでしょうね」

「ともかく、ここは大変だ。ローレンシア島、ローランド島、パンゲア島を合わせて十万六千の人口を抱えているにもかかわらず、行政単位としては未だに「属領」の経済特区にとどまっている。条例の制定や改廃、予算の補正や計上、監督組織の改編を提案しても、トリヴィア政府に突然決定を覆されたり、審議も通さず却下されたり、フラストレーションも多い。とりわけ産業労働部は、企業の要望とトリヴィア政府の方針の食い違いで板挟みになりやすく、五年前にわたしが副部長から部長に昇進した時も、お祝いではなくお悔やみパーティーが催されたぐらいだよ──というのは冗談にしても、まあ、それぐらい激務ではある」

「自治権獲得の動きにはならないのですか」

「みなそう言うが、トリヴィアから分離独立し、自治権を獲得したからといって、一気に問題が解決するわけじゃない。財政も、産業も、人材育成も、学校運営さえも、あらゆる面でトリヴィア政府の財政支援に頼ってる。いきなり臍の緒を引きちぎるような真似をすれば、困るのは自分たちだ。それよりは徐々に自由裁量を勝ち取った方がいい。持ちつ持たれつで、少しずつ自立の道を行く」

「それは分かります」

「まさに『ローマは一日にして成らず』さ。問題は誰がローマのビジョンを描くかだ」

「ローマのビジョンですか?」

「ローレンシア島はともかく、ローランド島みたいに場当たり的に発展している所は、右肩上がりで湧いている時はいいが、いったん景気に陰りが差すと、皆の不満や問題が一気に噴出して収拾がつかなくなることが多い。もうパイの残りは少ないのに、順調な時と同じように利益を得ようとするからだ。たとえは悪いが、同じどん底でも、火事で焼け野原になった町を官民一丸となって復興するのと、困窮した町で生き残りをかけて共食いするのではパワーが違う。ローレンシア島もそうだ。開発初期のひたむきなエネルギーも確固たる未来図があればこそだよ」

「それは分かります」

「それで君の提案する海洋情報ネットワークだが、コンセプトは概ね賛成だよ。オープンデータを通して、内外の人がアステリアに興味を持つことは非常に重要だ。現時点では、区政センターの公式サイトをはじめ、産業振興協会や海洋産業研究会のホームページでも詳しく紹介しているが、質量ともにまだまだ十分とは言えない。君が提案するように、誰でも手軽にアクセスできる多目的オープンデータサービスがあれば、産業のみならず、行政、学術、市民生活、あらゆる面で効果が期待できるだろう。だが、それには海洋情報の取り扱いに関する法的整備が必要だし、どこまでが商用利用が可能か見極める必要もある。データシステムを作って情報を登録するのは簡単だが、産官学が連携して公共財として活用するのはなかなかハードルが高いと思うよ。それでなくてもトリヴィアとアステリア間では意思の疎通が難しい。そこに企業や学術団体や行政機関や、諸々の思惑が絡めば、それを調整するだけでも大変だろう」

なぜ全球的な視点が持てないのか

海洋情報ネットワークのヒアリング調査を続けても、思うような手応えが得られない中、唯一の協力者である海洋情報部のメイファン女史を訪れる。

「それよりヒアリング調査はどう? 手応えは得られて?」

「アイデアそのものは好意的に受け止められますが、まだまだ『他人事』という感じです」

「そうでしょうね。一口に海洋情報といっても種類は様々だし、企業は自社の利益になることしか興味がない。海上安全局が提供する無償の情報サービスがあるのに、なぜ今更といったところでしょう。でも、アステリアの将来を考えれば、今すぐにも常時観測システムの規模を全海洋に広げるべきだし、社会と自然科学の両面からデータ収集と分析を行い、情報を共有することが発展の鍵になる。私はこの視点で間違いないと確信してるわ」

「なぜ海に囲まれた所に暮らしながら、全球的な視点が持てないのでしょうね」

「どこも目の前のことで精一杯だからでしょう。薄々、問題に気付いても、いざ実行するとなれば莫大な資金が要るし、高度な知識や技術を持った人材も不可欠だもの。どうしても目の前のことに終始しがちよ。でも、それについて非難することはできないわ。私も長い間、疑問や違和感を感じながら指一本動せずにいたから、同じように、尻込みしたり、無関心を装ったりする人たちの気持ちも分かるの。みすみす余計なことに首を突っ込みたくないのは誰しものことよ」

重要なのはアイデアを社会に提示すること

※ 内外でのヴァルターの奮闘を知って、アルが自宅に招いて、ねぎらう。

アルはブランデーを飲み干すと、「仕事の話をしよう」と話題を切り替えた。

書斎机の上に置いていた一綴りの書類を手渡すと、
「産業省に提出する企画提案書だ。十二月十五日までに必要事項を記入して、メイファン女史に提出しろ」

「でも、俺にはその資格が……」

「連名であれば問題ない。代表者名はメイファン女史が肩代わりしてくれる」

「でも、部長としての立場は?」

「企画を提案するのに役職は関係ない。必要なのは代表者が市民権を持っているということだ。超党的なワーキンググループとして意思や要望を表明するのに何の問題もない」

「ワーキンググループ?」

「そう、メンバーはお前とメイファン女史の二人だ」

「でも、二人だけのワーキンググループなんて通用するのかい?」

「人数や構成員は関係ない。百人の有志を集めたからといって、必ずしも企画が通るわけではないのと同じだ」

「それはそうだが……」

今、採択されるかどうかは重要ではない。まずは企画をしっかり練ること、次に必要性を説くことだ。わしも採鉱プラットフォームの構想はダナと二人で始めた。わしが大学生の頃だ。アイデアを紙に書き出す段階では途方もない事に思えた。だが現実になっただろう。『緑の堤防』はどうだ? 百人がかりで設計したか?」

「いや」

「いいか、どんな時も決して忘れるな。資本だ、設備だといっても、突き詰めれば『人』だ。設計するのも人なら、機械を動かすのも人。経理を手がけるのも人なら、営業に回るのも人だ。人を見誤れば、数十年かけて築いた信用も一夜で崩れ去る。だが優れた人材を得れば、百万の資本もそれ以上になる。一人の愚かな判断が数百万の人々を困窮に追いやることもあれば、一人のアイデアが世界の様相を変えることもある。全ては人だ。人間の良し悪しが全てを決める

「それは分かるよ」

「海洋情報ネットワークも同じだ。最終的に決め手になるのは、誰が協賛し、実質的に動いてくれるかによる。いくら金と権力があっても、自分の得にならぬと分かれば指一本動かさない人間の歓心を得たところで何の益にもならない。逆にメイファン女史のように強い立場になくとも、自分の出来る範囲で精一杯働きかけてくれる人の協力を得た方がどれほどチャンスに恵まれるかしれない。資本もない、コネもないなら、人を動かせ。明確で具体的なビジョン、多くが共感する指針を示せば、必ず賛同者が現れる。良いパートナーを得れば、百人の優秀な部下を得たも同然だ。いろいろ働きかける中で資金や手段を得る術も見えてくる。お前の強みはその声だ。人が思わず足を止め、聞き入るような響きがある。弁も明快で分かりやすい。同じ理屈を説いても、お前が言うのと、他の誰かが口にするのでは、お前の方がはるかに説得力がある。それが人間としての魅力であり、才能だ。誰もが真似できることではない」

「だが、海洋情報ネットワークは『緑の堤防』とは違う。共感だけ得ても、具体的に予算や法律が動かなければ、到底構築はできない」

「まあ、そう難しく考えるな。これほど大がかりなプロジェクトを一年二年で実現するなど、わしでも無理だ。だが、海洋情報に限って言えば、メイファン女史のように漠然と疑問を抱きながらも行動に移せない人は少なくない。区政も産業も、あらゆる物事が過渡期に差し掛かっている今、海洋情報ネットワークのような公益性の強いプランを打ち出すだけでも価値がある。お前の構想は、突き詰めれば『統合』であり『連帯』だろう。めいめいが好き勝手な方を向いて利益追求に走ろうとしている中、それが大きなアンチテーゼとして働くんだ。実現するか否かは二の次でいい。まずは自身の構想を一人でも多くの人に理解してもらうことだ。一つ一つ駒を進めるうちに、思いがけない局面が開けることもあるだろう。そこから先は運に任せるぐらいの気持ちでおれば、自分自身を追い詰めることもない」

「確かに、構想が成らなくても、誰が損するわけでもないからね」

「そうだ、せいぜいお前のプライドが傷つく程度だ。だが、それがどうした。数十億の設備投資を回収する苦労を思えば易いものだ」

【リファレンス】 プライドほど安い出費はない

何かしたいけど、する勇気がない。失敗するのが怖い……という方、少なくないと思います。

しかし、今からやってみようと考えている事、あるいはやってみたい事、ものすごくお金を必要とすることですか。
あるいは、手間や人手や設備を要することでしょうか。

もし、そうでないなら、リスクと引き換えにするのは、あなたの(ちんけな)プライドだけ。

借金は、お金を返さない限り、減ることはありませんが、プライドは一時期傷ついても、いくらでも修復が可能です。

他人や環境は自分の願いに逆らうこともありますが、自身のプライドは、自分自身で完全にコントロールすることが可能です。

それでも傷つくのが怖いですか。失えば、取り返しのつかないようなことになるでしょうか。

心の中で完全にコントロールできることは、実は、大したものではありません。幸福感や希望や自信も然りです。

アル・マクダエルが「せいぜいお前のプライドが傷つく程度だ」と言って励ますのも、心の中のことなら、たとえ一時期失敗しても、取り返しがつくからです。

お金や設備と異なり、取り返しのつくものに対して過剰に心配するのは、みすみす機会を逃すようなものだとアルは教えているのです。

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『曙光』上巻 ~”海底鉱物資源を採掘せよ”から”屁理屈だけは超一流”まで



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ニムロディウムという架空の金属元素を中心に、鉱業、海底鉱物資源、深海調査、海洋情報ネットワーク、建築&デザインなどをテーマに描く人間ドラマ。水深3000メートルに眠るニムロディウムの採掘は世界を変えるのか。生の哲学を中心に海洋社会に生きる人々の願いと攻防を描きます。Google Driveにて無料サンプルPDFも配布中。

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