プロの矜持とリーダーの決断 何があってもプロジェクトを予定通りに完遂する

プロの矜持とリーダーの決断  何があってもプロジェクトを予定通りに完遂する

リーダーの資質と決断

リーダーの資質といえば、決断力、行動力、統率力、いろいろありますが、一番求められるのは正しい判断が下せることでしょう。
どれほど部下が優秀でも、崖の方にハンドルを切るリーダーでは、組織も沈下し、個人の力も潰えます。
ある意味、力の強さや規模より、判断の正しさの方が、組織の命運を左右するのかもしれません。

もちろん、いつも正しい判断が大勢を嬉しい気分にするわけではなく、その場では人に恨まれることもあるでしょう。その恨みも引き受けるのがリーダーの器かもしれません。誰に対しても「いい人」ではリーダーは務まらない所以です。

本作では、海底鉱物資源の採鉱プロジェクトの最高責任者であるアルが、完全自動化か、無人化か、テスト潜航はどうするのか、という状況の中、最後に決断を下します。(決断というほど、大きな決め事でもないですが)

同情だけでは正しい判断は下せないし、誰にでもいい顔では物事は進展しません。

嫌われてもいけないし、侮られてもいけない。

経験してない人は、リーダーシップと簡単に言うけれど、非常に難しいものなのです。

このパートは海洋小説『曙光』の抜粋です。
詳しくは作品概要と記事一覧をご参照下さい。
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【あらすじ】

海底鉱物資源の本採鉱が間近に迫っているにもかかわらず、プラットフォームのスタッフは、完全無人化か、有人潜水艇の投入かで意見が二分し、まとまりがない。ヴァルターは当日の水中作業をより確実にする為に、有人潜水艇のテスト潜航を申し出るが、マネージャーのダグに却下され、言い争いばかりしている。現場がこれだけ揉めても、MIGの経営者であるアル・マクダルの頭の中には採鉱事業の成功しかない、と突っ張るヴェルターに、採鉱システムのプロジェクト・サブリーダーであるマードックは、「そんな人間ばかりではない」と優しく諫める。

人間嫌いと仕事の矜持:一度、頭の中を真っ白にしてみろよ

仕事が終わってから、ヴァルターとサブリーダーのマードックはブリッジの屋上に上がり、しんみりと話し合う。

「酒も飲まない。ゲームもやらない。映画も音楽も興味なし。お前、何が楽しみで生きてるんだ?」

「別に。食事して、ぼーっとTVを見て、それで一日が過ぎていくだけの話だ。俺は俺なりに楽しんでるよ。楽しみ方が世間一般と異なるだけで」

「だが、たまには娯楽室に来て、皆と話せばどうだ。チームメイトと仲良くやるのもミッションのうちだぞ」

「俺は歓迎されてない」

「歓迎も何も、皆とよく話もしてないのに、どうしてそんなことが分かるんだ。ゴタゴタしてるのは事実だが、一部だけだ。皆もお前に興味を持ってるし、お前の方から歩み寄れば、皆もすぐ打ち解ける」

「……」

「人間嫌いなのか」

「そんなことはない」

<中略>

「だが、よく粘るよな。お前のことを見直したよ。ダグにテスト潜航を突っぱねられた時点で『降りる』と言うか、理事長に泣きつくと思ってた」

「俺にも矜持はある。そんな簡単に折れたりしない」

「矜持か。俺はそういう美点を親父に学んだな。ジム・レビンソンみたいに取り立てて才能のある人ではなかったが、仕事に関しては誠実で、向上心の強い人だった。元々は造船会社のシステム工学デザイナーだったんだが、業績不振だ会社が倒産した時、ここの求人を見て応募した。理事長が直で面接して、その場で採用された。親父もやはりジム・レビンソンの苛めに苦しんだ一人だが、理事長のことは心から感謝していた。僕が十六歳で、親父が五十歳の時のことだ。しかし、僕は最初、ここの暮らしが嫌で嫌でたまらなかった。今ほど便利でもないし、友達もほとんど無くて、絶海の孤島みたいでね。親父にもずいぶんかみついて、ネーデルラントに帰るの、帰らないのって、毎日喧嘩してたよ。でも、親父が六十歳になり、いよいよ仕事が辛くなってきた時、何となく後を継ごうという気になった。それから猛勉強して、親父が取り組んでいた仕事の内容も理解できるようになった。親父は五年前に病気で倒れて、テスト採鉱の成功を見ることなく世を去ったが、今もずっとここに居るような気がする。初めてのテスト採鉱で、揚鉱管の排出口からクラストを含んだ泥漿が滝のように溢れ出てきた時はね……あれを見せてやりたかったよ。本当に。──あー、気分を害したかね、こういう湿っぽい話」

「いや」

「ダグやガーフも同じだよ。あんな大風を吹かせているが、根はデリケートで、僕よりもっと苦労してる。彼らはマクダエル理事長がエンタープライズ社を立ち上げる八年も前にアステリアに来てるんだ。ダグは十歳、ガーフは九歳だった」

<中略>

「人事というのは面白いものだ。能力や性格だけでは計り知れないものがある。個々は未熟でも、ペアを組めば三人分の働きをする人もある。理事長はその妙をよく知っている。『拾いの神』と称されるのも、能力だけで人を判断しないからだ。お前の言う通り、あの人の本質は経営者だ。利益を上げ、事業を拡張する。ボーイスカウトの隊長みたいにはいかないだろう。だが、一つだけ、お前は見当違いをしてる。あの人はぎりぎりのところで利益よりも義理を取るということだ。世の経営者の九十九パーセントは、お前の言うようなタイプなんだろう。だが、残りの一パーセントはそうじゃない。そう信じることが、物の見方を変えるんじゃないかな」

「物の見方を?」

「何となく、権力者とか金持ちとかを憎んでるように感じるからさ。まあ、好きな人はないと思うが、それも一つの偏見だ。偏見があると、どうしても物事を見誤る。根っこに憎悪があると、なおさらに」

「……」

「一度、頭の中を真っ白にしてみろよ。お前、いいもの持ってるのに勿体ないよ。すぐ短気を起こして、喧嘩腰になって、物事をいっそう複雑にする。一本回線の繋ぎ方を変えれば、すいすいと良い方向に行きそうな気がするんだがな」

リーダーの決断:同情しても譲らない

完全無人化か、有人潜水艇の投入か、意見が完全に二分する中、採鉱事業の最高責任者であるアル・マクダエル社長を迎えて、再び主任会議が開かれる。その場にはアルの娘、リズも同席する。

ラファウの説明が終わると、アルは簡単に礼を言い、マルティン・オイラーや採鉱事業部長に他に質問はないか訊ねた。特に何も無いと答えると、アルはテーブルに広げた資料をとんとんとまとめ、

「本採鉱を一ヶ月後に控え、皆の緊張もひとしおと思うが、まずは一言。プロジェクト・リーダーが事故で亡くなるという不測の事態が生じたにもかかわらず、冷静に体勢を立て直し、予定通り計画を進めようとする皆の機知と努力には敬意を表したい。しかしながら、二、三の点において、わしも承服しかねることがある。一つはジム・レビンソンの使い込み。もう一つはテスト潜航だ」

リズは思わず顔を上げ、父の顔を見た。

「レビンソンに替わって新しいパイロットに接続ミッションを任せることにしたが、パイロットいわく『テスト潜航』が必要だという。その理由について、主任会議の議事録を参照し、二、三の部署長から話を聞いたが、いまひとつ説得力に欠けるというのがわしの率直な意見だ。その点について、どう思うね」

誰も口を開かず、アルがヴァルターに意見を求めると、ヴァルターは先の主任会議で主張した事をもう一度繰り返し、テスト潜航の必要性を説いた。

アルは黙って聞いていたが、
「では、もしお前の予想に反する結果に終わったら、どう始末をつけるつもりかね」
と鋭い口調で切り返した。

「お前は『テスト潜航することで、新たな発見がある』と主張するが、めぼしいものは見つからず、人手と経費の無駄遣いに終わったら、どう埋め合わせするつもりかと聞いているんだ」

「それは……」
彼が口ごもると、アルは皆の顔を見回し、

「もう一度、単刀直入に聞こう。現段階の技術力で絶対的にテスト潜航が必要だと同意する者は挙手してもらいたい」

「あの、理事長、絶対かどうかと問われたら、それは言い切れないかもしれません、でも、予算の範囲で、もし出来るなら……」

ミセス・マードックが助け船を出すと、

「今、わしが求めているのは『絶対的な理由』なのですよ、ミセス・マードック。それでなくても不要な実験や設備に余計な支出をすることが多かった。その都度、引き締めを求めてきたが、徹底できないまま今日に至る。もちろん、その非はプロジェクト・リーダーの暴走を抑えられなかったわしにも原因はある。その点について、全員を断罪する気はさらさらない。だが、今また新たな使い込みが発覚し、たとえそれが全予算の一パーセントにも満たないものであったとしても、これを見過ごすわけにはゆかない。それはテスト潜航と直接関係ないにしても、これからその穴埋めをしなければならないマネージャーにとっては大きな問題だ。そして、どちらを取ると聞かれたら、わしは迷いなく後者をとる。そこに『絶対的な理由』がない限り、これ以上、周りに余計な負担をかけることはできないからだ」

「……」

「さて、もう一度、聞くが、プロテウスがあっても、なくても、接続ミッションは成功すると確信する者は挙手してもらいたい」

「それは全行程を無人機で操作するということですか?」

ラファウ・マードックが恐る恐る聞き返すと、

「どんな状況であれ、だ」

アルは強い口調で答えた。

「十月十五日、午前八時、君はオペレーションルームに入り、全部署にミッション開始の指示を出す。それと同時に監視用の無人機が海中に降下され、タワーデリックでは揚鉱管の連結作業が開始される。そこにプロテウスが存在しようと、しよまいと、接続作業を完遂できるかと聞いてるんだ」

マードックはヴァルターに遠慮するように目を瞬いたが、「やれます」と答え、マードックの隣に座っていたノエ・ラルーシュも「やります」と頷いた。
続いて、ブロディ航海士も、機関士長のオリガも同様に頷き、ダグ、ガーフ、その他の主任も決意を新たにするように頷いた。

アルは一同の顔を見渡すと、ヴァルターに向き直り、

「テスト潜航したいお前の気持ちも分かる。それなりに意義が有ることも理解しているつもりだ。だが、わしは、レビンソンの件も含めて、ダグとガーフには非常に厳しい態度を取っている。先月、これ以上、経費の無駄遣いをするなら降格も厭わないと道破したのも本当だ。わしの考えを言えば、本採鉱の接続ミッションは予定通りプロテウスを使ってもらいたい。だが、どうしても操作に自信がない、テストしなければ潜れないというなら、無人機に任すか、エイドリアンに主要な操作を替わってもらえ。当日、お前がプロテウスに乗らなくても解雇するようなことはない。甲板作業を手伝えば十分だ。己のプライドか、全体の利益か、どちらが大事かよく考えろ」

アルは席を立ち、両隣の重役も続いた。

マネージャーのプレッシャーと現場の責任

主任会議の後、ヴァルターはミセス・マードックと語り合う。

「なんだか申し訳ないわね。あなたも十分やる気で来たのに、パイロットが必要だの、必要ないだの、みなの意見がばらばらで」

「正直なところ、どうなんです? 必要なのか、必要ないのか、あなたなら客観視できるでしょう?」

「よかったら、私のデスクで話しましょうか。あそこなら技術部のスタッフは滅多に来ないし、総務部の女の子も聞き耳を立てるような人はないから」 

一緒に総務部に戻り、ヴァルターから食堂でのやり取りを聞くと、ミセス・マードックはふーっと溜め息をつき、「やっかみもあるでしょうけど、彼らの苛立ちも分かるわ」と答えた。

「威張ったように見えるけど、内心では戦々恐々としてるのよ。本採鉱が始まれば、採鉱システムの完成ではなく、利益を上げることが第一義になるものね」

「それは分かります」

「彼らも技術的なプロジェクトをマネジメントする力はあるけど、収支計算、コスト管理、人員の再配置、関連企業との連携など、経営面ではどうしても弱い部分がある。そして、そのことは彼ら自身が一番よく知っているわ。採鉱事業が本格化して、いっそう数字が求められるようになれば、経営に長けたゼネラル・マネージャーが必要になるでしょう。そうなれば、自分たちが真っ先にお払い箱になることを本気で心配してるのよ。にもかかわらず、あなたは主任会議の直後に美人のお嬢さんとヘリポートでデートでしょう。事情を知らない者が見れば、『何をやってるんだ』と思うわよ。主人も若いオペレーターも、いちいち口に出して言わないだけで、内心では大変なプレッシャーを感じているから」

「……そうですね」

「みなジム・レビンソンの悪口を言うけれど、やはりプロジェクトの要には違いないのよ。採鉱システムの構造から水中作業の行程まで、全部そらで言えるのは、レビンソンとうちの主人ぐらいだもの。そんな人を欠いて平気なはずがない。そんな中、プロテウスを使うの、使わないの、テスト潜航がどうこうと枝葉の部分で振り回されて、末端のスタッフにしてみたら『いい加減にしてくれ』と思うわよ。もちろん、あなた一人のせいではなく、足並みを揃えることができない主任クラスの責任なのだけど」

「でも、あなた方は仕方ないでしょう。突然、プロジェクトリーダーがなくなるという事態に直面したのですし」

「それは理由にならないわよ。小さなグループワークならともかく、これほど大きなプロジェクトになれば、いつ何が起きてもおかしくない。重要な任にある人が突然病に倒れたり、月末には納品されるはずの物資が先方の都合で何週間も先延ばしされたり、関連省庁の担当が変わった途端、あれもダメ、これもダメと突っぱねられたり。こちらがどれほど綿密な計画を立てても、思わぬ要因に足を引っ張られるのが普通よ。でも、その度に右往左往していては、とてもじゃないけどプロジェクトの指揮などできない。レビンソンの事故も想定外には違いないけど、それでも予定通りに完遂するのが主任クラスの責務よ」

【リファレンス】 洋上のプラットフォームの暮らし

こちらは洋上の石油リグの暮らし。ヘリポートから降り立つ演出がえらく恰好いい。

こちらも石油リグの一日を描いたもの。ドラマ仕立てで

こちらは実際に起こった石油プラットフォーム火災を題材にした映画『バーニング・オーシャン』。
爆発の描写が凄まじい。年を重ねたカート・ラッセル(スネーク・プリスケン)の演技も秀逸でした(*^_^*)

メキシコ湾の『ディープウォーター・ホライズン』で発生した史上最悪の石油リグ火災と救出の模様を描いたアクション・ドラマ。石油掘削の要ともいうべきBPO(防噴装置)の重要性が理解できます。

<ストーリー>
2010年4月20日。電気技師マイク(マーク・ウォールバーグ)は、家族を残しメキシコ湾沖の石油掘削施設「ディープウォーター・ホライゾン」に単身赴いた。
掘削現場では主任ジミー(カート・ラッセル)の抗議も虚しく、工期遅れを挽回したい石油会社管理職のヴィドリン(ジョン・マルコヴィッチ)によって重要な安全確認テストが省略されてしまう。
ずさんな管理体制で工事が進められた結果、大量の原油が噴出し施設は大爆発の炎に包まれる。
脱出可能なタイムリミットが刻一刻と迫るなか、施設に残された126人の運命は―!

【Amazon.co.jp限定】バーニング・オーシャン (オリジナルカード付) [Blu-ray]
出演者  マーク・ウォールバーグ, カート・ラッセル, ジョン・マルコヴィッチ, ジーナ・ロドリゲス, ディラン・オブライエン
監督  ピーター・バーグ
定価  ¥ 1,944
中古 1点 & 新品  ¥ 1,944 から
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『曙光』上巻 ~”海底鉱物資源を採掘せよ”から”屁理屈だけは超一流”まで


 著者  石田朋子
 定価  --
 ページ数  1509ページ
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