ドバイ 臨海都市

その負債、誰が支払うの? 謝って済むものではない巨大建設

巨大建設の負債

いつの時代も、どこの国でも、一時の必要性や話題性から巨大建設が作られることがあります。オリンピックや万博会場もそうですし、巨大モニュメントやテーマパークもそうです。イベントの後、何らかの形で活用できればいいですが、まるでゴーストタウン、廃墟と化した世界の五輪開催地10選廃墟と化した過去のオリンピック開催地の写真みたいになってしまえば、それに費やした巨額の税金や寄付金はどうなるのか……と首をひねりたくなりますね。こんな事なら、学校や福祉施設でも建設した方がよほど社会の為になりそうな。
一時の利益も大事ですが、建築物の場合、移動遊園地やフォトパネルのように不要になったら片づける……というワケにいきません。取り壊しにも巨額の費用がかかります。そして、それは誰が負担するのか。本当に勿体ないことばかりです。

本作では、「海上のヴェニス」と称えられる巨大な海上都市『パラディオン』の建設をめぐり、様々な意見が飛び交います。

皆がこだわるのは、「本当に公共の為になるのか」、その一点です。

一部の権利者だけ、あるいは数十年も経てば、打ち捨てられるようなものに、何十兆もの公費を注ぎ込んでよいのか。

建築に関しては、とにかく、事前に十分な討議がなされることが肝要です。

【あらすじ】 パラディオン建設をめぐって

ペネロペ湾開発のアイデアコンペで海上のヴェニスと称えられる『パラディオン』が一位に選出されるが、その公共性に疑問を呈する声も少なからずあった。
表彰式の質疑応答でヴァルターが自身の考案する干拓型の海洋都市『リング』を提示したことを知ったリズは、彼にチャンスを与えるべく、区政の開発委員会で「全体構想」の対案を募集することを提案する。
一方、パラディオン計画を覆そうとする動きを知り、建築家のフランシス・メイヤーと、彼を支援するペネロペ湾開発公社は記者会見を開くが、まるで見当違いの答弁にヴァルターは疑念を抱く。

【抜粋】 謝って済むものではない巨大建設

それでも、だらだら討議を繰り返し、一月も半ばになった頃、ついにリズは痺れを切らしたように全体構想の公募を提案した。

「パラディオン計画の見直しにはそれなりの理由が必要だと仰るなら、それに代わるアイデアを募る以外にないのではないですか。他に有用なアイデアがあるなら、それで十分、民意も得られるはずです」

「ミス・マクダエルの言う通りだよ」
と白髪のミムラ管理委員も同意した。

「パラディオンの是非を云々したところで根本的な解決にはならない。アステリアの住民が求めているのは、ペネロペ湾をどうするかの話ではなく、アステリア全体の展望だ。皆が納得のいくような明るい見通しだよ。たとえ、五年、十年かかっても、その先に豊かな未来が開けると分かれば多少の苦境も越えられる。もちろん、即効性の処方も必要だが、旧港の補修や集合住宅の増設といったことは、手持ちのカードで十分に対応できるんじゃないかね。パラディオンの是非はともかく、十年後、二十年後、アステリアがどこに向かうのか、皆が確かな指針を求めている。その一つの方策として出されたパラディオンに『NO』を突きつけている区民がこんなにも多いんだ。それでも強行すべき理由がどこにあるのかね」

「では、またコンペをやり直すのかね」

推進派の一人がうんざりしたように切り返すと、

「コンペではない。討論だ。互いにアイデアを持ち寄って、徹底的に議論を尽くす」

「では、誰がジャッジするのです」

「決まってるじゃないか。区民だよ。トリヴィア市民も参加すればいい。彼らの税金も建設費に使われるんだ。トリヴィア市民にも一票投じる権利はある」

「市民に重大決議を任すのですか」

「大統領の選出も、憲法改正も、全体投票で決めておる!」

ミムラ委員が一喝すると、リズが控えめに進言した。

「有識者による審査の後、区民投票で決めるのはいかがでしょう。どんな構想を出すにせよ、ある程度の水準は必要だと思います。まず最初に専門家による検証を行い、一定の基準を満たしたものについて、発案者が区民に向けてプレゼンテーションする、という流れはいかがでしょう」

「無駄足だ」

推進派の一人が反駁した。

「まだこの上に全体構想を募集して、どこまで話を掻き回せば気が済むのです。ペネロペ湾のアイデアコンペを公募した時、ここまで異議はなかった。それがパラディオンに決まった途端、非難囂々だ。パラディオンにしたって、公開プレゼンテーションやオフィシャルサイトでの人気投票など、一般の声も反映して選出された。それが今頃になって計画の見直しだの、全体構想の公募だの、人を馬鹿にするのも程がある。実作に向けて、既に動き出している調査会社や設計事務所もあるのです。それらも無視して否決ですか」

「実際に着工すれば、もっと取り返しのつかないことになるよ」

ミムラ委員も強い口調で帰した。

「実際に建設が始まれば、施工ミスだの、悪天候だの、想定外の出来事だの、あれやこれやで経費が膨らむのが目に見えている。ローレンシア島の海上空港だって、結局、最初の試算より一・三倍かかった。もっとも、あれは必要不可欠な施設だったから、政府も必死にやり繰りして完成に漕ぎ着けたがね。だが、パラディオンの予算はそれ以上だ。誤差も海上空港の比ではないだろう。百万、二百万の話なら、別のところを削って建設費に充てることも可能だが、十億、百億、まして兆単位の誤差になれば、『すみませんでした』で謝って済むものではないよ。皆それを懸念しているのだ」

その時、様観していた協議員の一人が挙手し、「こちらの資料を見て頂けませんか」と大型プロジェクタに新しい試算表を写し出した。
それは我が目を疑うような数値であった。

これまで産業省の試算では「総工費二十兆」とされてきたが、別の専門機関がきわめて忠実に工程をシミュレーションし、海洋構造物の維持費や、航路・空路のインフラ整備、上下水道・給電システムの拡張工事など、細かに加算したところ、総額は二十五兆をはるかに超え、アステリアのみならずトリヴィアの財政をも圧迫する内容となっている。

推進派は顔を真っ赤にし、「でたらめだ! 悪意をもって試算されたとしか思えない」と反論したが、

「でたらめではありません」

提出した協議員が答えた。

「エルバラード大学の土木研究所で試算させたものです。今まで試算は産業省内だけで行われ、セカンド・オピニオンを仰ぐこともありませんでした。これほどの巨大建設にもかかわらず、最高の権威である土木研究所に一つの問い合わせもなかったのが不思議なくらいです」

一同がざわつくと、ミムラ委員も「だから不透明と言われるんだ」と諌言した。

「どこの誰が試算したかも分からない机上の数値を振りかざして、全体の益になるなどと大言するから不信を買うんだよ」

大勢が異議を唱える理由

区民の反発を受けて、建築家のフランシス・メイヤーとペネロペ湾開発公団の代表が記者会見を開く。

オンラインTVにアクセスすると、フランシス・メイヤーとアイデアコンペを主催したペネロペDCの代表が記者会見を開いている。

彼らは『全体構想』に異議を唱え、直接利益を侵害せずとも、パラディオンの対案を意図しているのは明らかであり、アイデアコンペの権利と名誉を不当に貶めるものだと主張する。

それに対し、開発協議会の委員長は「全体構想は決してパラディオンの対案ではない」と反論する。あくまでアステリア全体の展望を問うものであり、パラディオンやペネロペDCの利益を横取りするのが目的ではないと。

だが、メイヤーとペネロペDCの代表は怒りを露わにし、もし開発協議会が公募を続行し、その為にメイヤーとアイデアコンペの入賞者、公社の関係者が不利益を被る場合は訴訟も辞さない構えだ。

TVカメラの前でメイヤーは断言する。

「たとえ全体構想と銘打とうと、パラディオンの対案であるのは明らかだ。これは一方的に計画を阻止しようとする計謀に他ならない。もし、我々の名誉と利益を傷つけるものがあれば、相手が何ものであれ、今度は容赦しない。徹底して争い、そして、我々が勝利する。それでも来るというなら、わたしも受けて立とう。だが、理想でアステリアは救えない。誰が大衆の味方を気取ろうと、わたしには論破する自信がある。ましてパラディオンに匹敵する巨大建設など、陳腐な猿真似に過ぎない。この愚かな試みによって、逆に有力な支援者がアステリアから遠のき、諸問題の解決がますます遅れを取ることになれば、どう始末をつけるのか。全体構想の公募は多方面の権利の侵害であり、先に名誉を得た者に対する嫉妬以外の何ものでもない」

それが誰に向けられたものか、言わずもがなだ。

メイヤーも当然、彼がリングを携えて出てくると予測している。

その牽制にしては、あまりに姑息で、みみっちく感じたが、事情を知らない者には結構な脅しだ。バックにメイヤー&パーマー・グループが付き、これまでにも大型プロジェクトを幾つも手掛けてきた世界的な建築家に正面から立ち向かうなど、同じ業界の人間なら二の足を踏むだろう。

さらにメイヤーは言い放つ。

「水上コロニーの火事を利用して大衆を扇情する動きもあるが、火事は火事、開発は開発だ。パラディオンと水上ハウスを同一視し、『だからパラディオンは危険だ』と決め付ける者もいるが、浅はかな感情論としか言い様がない。ステラマリスにもホテル、橋梁、マリーナなど、数多くの海上施設が存在するが、一部が危惧するような大事故は、ここ数百年、起きた試しがない。そんな事を言い出せば、ありとあらゆる海洋構造物が危険の対象になる。ただ一度の特異な例をあげつらい、全てを否定するなど論外だ。近海に堤防を築いて干拓云々という話もあるが、堤防にも決壊の危険性は永久につきまとう。誤った正義感は町を滅ぼすだけだ」

違う。

堤防そのものが問題なのではない。老朽化や脆弱性に気付かず、管理を怠った人間に非があるのだ。

実際、予算をかけて毎年のように調査や補修が行われる大堤防で深刻な問題が生じたことはない。そして、何百年と町を守り続けている。

構造物そのものが問題ではなく、それに携わる人間に不信があるから大勢が異議を唱えているのだ。NOを突きつけているのは「作品」ではなく、メイヤーとその周辺で画策している一味だということになぜ気付かない?

【リファレンス】 失敗施工例

世界の爆笑・失敗建設。設計図が悪いのか、施工管理が悪いのか。笑いで済むうちはいいですが。

オリンピック会場に関しては賛否両論あります。開催後も多目的施設として活躍するもの、廃墟と化すもの、いろいろです。

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『曙光』下巻 ~”深海調査のオファー”



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海洋小説『曙光』MORGENROOD

ニムロディウムという架空の金属元素を中心に、鉱業、海底鉱物資源、深海調査、海洋情報ネットワーク、建築&デザインなどをテーマに描く人間ドラマ。水深3000メートルに眠るニムロディウムの採掘は世界を変えるのか。生の哲学を中心に海洋社会に生きる人々の願いと攻防を描きます。Google Driveにて無料サンプルPDFも配布中。

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