権力に折れるか、科学の良心に従うか ~学説も金で買える時代だよ

権力に折れるか、科学の良心に従うか ~学説も金で買える時代だよ

権力 VS 科学の良心といえば、真っ先に思い浮かぶのが、異端者として火あぶりにされたジョルダーノ・ブルーノと地動説を著したコペルニクスです。コペルニクスは処刑はされていませんが、一つ間違えばカトリック教会の反感を買い、異端者として宗教裁判にかけられる恐れは十分にありました。「それでも地球は動く」というのは、同様に地動説を支持して、宗教裁判にかけられたガリレオ・ガリレイの言葉ですが、実際、自分が同じ立場に立たされたら、あっさり白旗を揚げて、腹の中でペロペロするだろうと思います。なかなか映画のヒーローのようにはいきません。

本作では、「深海で何を発見しても、見て見ぬ振りをしろ」と、鉱山会社の社長に脅されます。

しかし、真実というのは、隠しても、隠しても、それ本来の生命力によって、姿を現すものではないでしょうか。

ライオンの子供を子猫として育てても、いつかライオンの本性を現すのと同じです。

紅いリンゴを黒と言い張ることは誰にもできないのだ、と。

社会に身を置けば、見て見ぬ振り、あるいは、白いものを黒と言わねばならぬ場面がたくさんあると思います。

真実に命を懸けるのも美しいですが、ガリレオ・ガリレイのように処世術を駆使するのも一案ですし、何が正しいかは一概に言えません。

ただ一つ言えるのは、良いことにしろ、悪いことにしろ、真実はいつか姿を現す、ということです。

何年後、何十年後かは分からないけども。

【あらすじ】 画像データの改竄と権力者の圧力

ウェストフィリア近海の深海調査を続けるスタッフは、最初に資料として提出された海底の画像データに改竄の痕跡があることに気付く。
これまでの経緯から、調査場所の変更を提案するが、調査の出資者でもあるロバート・ファーラーはそれを認めず、逆に「深海で何を目にしても、見て見ぬ振りをしろ」と脅迫する。

【抜粋】 権力に折れるか、科学の良心に従うか

正午を過ぎ、雨も小降りになると、開発公社の関係者も交えてミーティングを開き、明日の潜航調査について互いの意思を確認した。まだ正式に開発公社の担当者から返事はないが、少なくともオリアナとは受け止め方が違う。いったい、ここの指揮系統はどうなっているのか、不審なことばかりだが、「そういう事情なら考慮します」という担当者の言葉を信じるしかない。

そうして一時間過ぎ、二時間過ぎ、担当者から何の返事もないまま日没を迎えた頃、彼は再びオリアナに呼び出され、通信室に向かった。開発公社の担当者から要点を詳しく聞きたいと、個人的に電話が入っているらしい。

だが、待ち構えていたのはロバート・ファーラーだった。彼が声を上げる間もなく、
「話は聞いてるよ」
豪奢な船室の革張りソファで傲然と構えながらファーラーが言った。

「まったく困ったものだ。これでは何の為に高い経費をかけて有人潜航を取り入れたのか分からない」

「それは、あんたが無知だからさ」

彼は即答した。

「誰にそそのかされたか知らないが、ろくに海洋科学の専門書も紐解かず、地上の鉱山みたいに探査できると勘違いしたのが原因だ。スタッフはみな最善を尽くしてる。気持ちはどうあれ、少しでも可能性の高い方に船を進め、科学的に有為なデータを持ち帰ろうとしている志は本物だ」

「志など、どうでもいい。依頼主として、どういう了見でスケジュールや調査場所を変更したのかと聞いてるんだ」

「だから、何度も言ってるように、より興味深い対象が見つかれば、そちらを優先するのが定石だろう。南のマウンド群も、皆が寝る間も惜しんで無人機を走らせて……」

「我々が調査を依頼したのはカルデラ底だ。なぜ精査しない」

「あんたの方こそ、どうして決め手になるデータを出そうとしない? 二言目には企業秘密で覆い隠して、オリジナルの貴重な画像データまで平気で改竄する」

「メテオラ海丘に関する大半のデータが失われたのは本当よ」

ファーラーに代わってオリアナが答えた。

「コンチネンタル号の座礁で電気系統がやられ、サンプルを保存していたラボラトリの冷凍庫も、保温器も、何もかも浸水して、機能停止に陥った。研究者が個々に所有していたPCや記録メディアも大半が海中に失われ、データ復旧も叶わなかった。それゆえ、ローガン・フィールズ社の負債もいっそう大きくなったの。そうこうするうち祖父は病死し、解散した役員は我先に逃げ出して、残されたデータに見向きもしなかった。それが今、私の父を経て、表に出てきたという訳よ」

「だったら、そのように説明すればいいじゃないか。スパイごっこじゃあるまいし、何の為にそこまで機密性にこだわる? 有用な情報は積極的に情報を公開して、優秀な専門家を誘致すれば、研究開発にも弾みがつくだろう。もっと安全に鉱物資源を回収する手立てが見つかれば、重労働や鉱害病で苦しむ人も激減するだろうに」

「君もよくよく夢見がちな理想肌だな。みなで仲良く富を分け合い、この世から貧苦をなくすのが最善だと本気で思っているのかね? 今、底辺にいる者たちが、君と同じように最新のIT機器を買い求め、高性能の自動車を乗り回し、最先端の文明生活を享受するようになったら、鉱物資源などあっという間に枯渇して、社会が成り立たなくなる。我々だって、好きで地下数百メートルの坑道に労働者を送り込んでるわけじゃない。だが、彼らにも日銭は必要だ。我々は雇用という形で彼らを救済しているんだよ。よその会社では到底相手にされない、アル中やぼんくらも含めてだ。そして、彼らも、君と同じように最新式の電話やPCを買って、快適な生活を享受したい。その為なら高温高湿の地下坑道にも躊躇せずに入る。世の中というのは、そういう矛盾があればこそ回るものだ。君のように綺麗事を並べても、誰も救われない」

「あんたは人間ってものをまるで分かっちゃない。たとえ飼い犬みたいに坑道に繋がれても、個々の自由と人生はその人たちのものだ。あんたは支配しているつもりでも、一人一人はそうは思ってない。にもかかわらず、自分はこの世の王だと自惚れているとしたら、それこそ道化だ。情勢が変われば、あんたみたいな人間から真っ先に街灯に吊される。誰もあんたに恩義も尊敬も感じてないからだ」

「そうかね」

「ともかく、明日の調査は我々に任せて欲しい。カルデラ底を調べるより、きっと価値あるものが見つかる。音響測深や音波探査ではっきりしてるんだ。あのマウンド群に海のメカニズムを解く何かが存在することが」

「何か、何かと、漠然と言われても分からんね。今回の調査は海底鉱物資源を主眼とするものだ。君ら研究員の科学的好奇心を満たす為に、数千万エルクを負担してプロテウスを投じたわけじゃない」

「分からん人だね、あんたも。同じ海底鉱物資源でも、基礎岩を覆う海台クラストと熱水噴出孔に沈殿する多金属硫化物は、性質も、生成のプロセスも全く異なる。アステリアの地殻活動もネンブロットとは全く異なるし、ウェストフィリアの火山とニムロデ鉱山は似て非なるものだ。アステリア独自のシステムを理解して初めて、探鉱の技術も飛躍的に進歩するということがどうして解らない? あの不可解なマウンド群と地下の間隙は、その謎を解く大きな鍵になるだろう。すでに活動を終えたカルデラ底よりも、科学的に有為と判断すればこそ、明日は南マウンド群を目視しようと言ってるんだ。そんなにカルデラ底を調べたければ、次の機会にやればいい。あの地形と水深ならノボロスキ社の無人機で十分に対応できる」

「では、百歩譲って君の言う通りにしたとして、何も成果が得られなかったら、どう始末をつけてくれるんだね」

「始末?」

「そうだ。我々も君らの科学的満足の為に調査船をチャーターしたわけじゃない。こちらの指示に従えぬなら、それ相応の賠償をしてもわらないと困る」

「同じように高い経費をかけて、カルデラ底の調査が空振りに終わっても同じことだろう」

「こちらの指示に従って空振りに終わるのと、自分たちで勝手に調査場所を変更して無駄に終わるのでは責任の重さが違う。その気になれば、君個人に賠償請求することも出来るんだよ。君に払えるかね、何億、何十億の賠償金が?」

「……」

「マイニング社が良質なニムロディウム鉱床を求めるのは、自社の利益が全てではない。供給がストップすれば、宇宙船も飛ばないし、トリヴィアの地熱ジェネレーターも数週間でダウンする。宇宙植民地に暮らす何十億が瞬時に死に絶え、数世紀かけて築いたインフラも水泡に帰する。人の世が続く限り、ニムロディウムはどんな手を使っても供給されなければならないのだ。我々も社会的使命を帯びている。それゆえのウェストフィリア開発だ。仮に計画が暗礁に乗り上げ、各方面に多額の損害が生じれば、君はどうやってそれを補填する? 君自身が表に立って、理事会に弁明できるのか。君が何を主張しようと、現実は救えない。所詮、安全な立場で理想論を語っているだけだ。君はプロテウスのパイロットとして海洋調査に打ち込んでいるのが一番似合ってる。功を上げたければ、海洋科学の世界で腕を振るえばいい。そうすれば、誰の恨みも買わないし、大切な人が争いに巻き込まれることもない。マクダエル社長を見たまえ。なまじ海台クラストに手を出したばかりに、至る所、敵だらけだ。魅力的な令嬢は一人で町も歩けない。君だって、いつかは彼女と幸せに暮らしたいだろう? 海の見える家で、可愛い坊やを育てて、仕事に手応えを感じながら、良き市民として生きていく。だが、それも『人の恨みを買わなければ』の話だ。畑違いのことに首を突っ込むと、後々まで禍根を残すことになる。君も自分の身の回りの幸せを一番に考えて、身の丈に合った生き方をすればどうだ。それが君の為だし、君の大切な人の為でもある」

「だから『黙ってろ』と――何を見ても聞いても、知らぬ存ぜぬで通せと言いたいのか」

「君は物分かりのいい青年だと聞いている。今時珍しいほど真面目で熱心だ。わざわざ自分から火種を背負い込むような真似はせず、その優れた能力を他のことに活かせはどうだ」

「だが、プロテウスのカメラが捉えたら、知らぬ存ぜぬでは通らぬこともある」

「たとえカメラが捉えても、『誰も見なかった』ものは存在しない。違うかね?」

「科学者に魂を売れと?」

「学説も金で買える時代だよ」

【リファレンス】 科学者たちの罪と勇気

戦後にも時代と闘った科学者がありました。

いつの時代も、発見は創造と破壊の両面を併せ持つもの。

科学者の責任というよりは、それを利用する人々の良識の問題ですね。

原子や生物、それ自体に、是も非もないのですから。

〔映像の世紀プレミアム〕戦争 科学者たちの罪と勇気〔The 20th Century on Film〕

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上巻の冒頭部を収録した無料版PDFはGoogle Driveにあります。
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『曙光』下巻 ~”深海調査のオファー”


 著者  石田朋子
 定価  --
 ページ数  1244ページ
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