オランダ 堤防

16. 迷走する再建計画とアイデアコンペ 元住民の願いと自治体の思惑

心の復興と町の再建

壊滅した町をどう再建するか――
元通りに戻すのか、それとも新たな施設を建て直して、町を一から作り直すのか。
それぞれにメリットがあり、デメリットがあります。
しかし、一番重要なのは、元住民の意向でしょう。
それも皆がちりじりになってしまえば、そう簡単に一つにまとめることはできません。

本作では、そうした混乱に乗じて、壊滅した地域をモダンなリゾート施設に作り替え、新たな資本を呼び込もうとする自治体(地元経済界)と、さらなる名声を得ようとする建築家の思惑を描いています。
それはそれで地域の活性化に繋がるかもしれませんが、ウォータースポーツのメッカとして愛された干拓地に、モダンなリゾート施設を建設するなど、到底受け入れられるものではありません。元通りの暮らしを望む元住民との間に大きな齟齬が生じます。

町の再建とは、元住民の気持ちが一致してはじめて成し遂げられるのかもしれません。

このパートは海洋小説『曙光』の抜粋です。

詳しくは作品概要とタイトル一覧をご参照下さい。

冒頭部の無料サンプルはGoogle Drive からDLできます。

【あらすじ】  元住民の願いと自治体の思惑

潜水艇プロテウスのパイロットになったヴァルターは、海洋調査をこなす傍ら、故郷の仲間と頻繁に連絡を取り、大洪水で壊滅した故郷の復興ボランティアに全力を尽くす。
そんな中、必死の努力を嘲笑うかのような臨海都市計画が持ち上がり、地元住民やボランティア仲間から不満の声が上がる。
元住民の強硬な反発を受け、自治体は再建のアイデアを募るコンペを企画するが、それも最初から結果ありきの出来レースだった。
それでも、堤防を守って死んだ土木技師の父の遺志を継いで、ヴァルターは圧倒的に不利な中、幼馴染みのヤンと組んで再建コンペに挑む。

【抜粋】 迷走する再建計画とアイデアコンペ

臨海都市計画が思い出を破壊する

仲間が着実にキャリアを積み、フェールダムの復興に全力を尽くしているのとは対照的に、彼だけは帰る家も持たず、プルザネとフェールダムを行ったり来たり、行き場の無い幽霊みたいに海を彷徨っている。

言い様のない焦りと淋しさの中で、どうにか自分自身を故郷に繋ぎ止めているが、同じ地元に住み、常に行動を共にしている仲間と、年の大半を船上で過ごし、確固たる足場を持たない彼とは精神的にも物理的にも隔たりは大きい。数ヶ月に一度、故郷に帰り、瓦礫を片付けたり、苗木を植えても、自分だけが暗い水の底に取り残されたような焦燥と疎外感は完全に払拭できるものではなかった。

その日も、周囲はそんな彼の胸の内に気付くことなく、楽しく飲み食いし、子供時代の思い出話に花を咲かせている。この十年、手探りながらもボランティアに打ち込み、ここまで大きな活動に育てた手応えが彼らの表情を明るくしていた。

彼はパーティー会場の隅で黙々とビターバレン丸いコロッケを頬張っていたが、なんとなく気詰まりに感じ、会場の外に出ようと席を立とうとした時、中核メンバーの一人が「おい、大変だぞ!」と自身のタブレット端末を高く掲げた。

周りが一斉に注視すると、ローカルニュースの一面記事を会場の大型ディスプレイに映し出し、明るい笑い声がぴたりと止んだ。

『フェールダム臨海都市』。それが地元政財界の打ち出した再建計画の名前だ。

特に被害の大きかったフェールダムの北部――締切堤防のある湖畔から盛土堤防の内側、南北四キロメートル、東西幅二キロメートルにかけて、お洒落なシーサイドシティを建設しようというアイデアである。

デザインを手がけたのは、リゾート建築で定評のあるフランシス・メイヤー。学生時代に海上空港ターミナルビルの国際コンペで注目され、二十四歳で『サンシャインコーストの別荘』で国際的な建築賞を受賞した天才肌だ。その後、大手建築設計事務所にスカウトされ、数々の大型プロジェクトを手がけてきたが、四十歳で独立してからは講演、執筆、個展など、自身のアトリエを拠点にますます活動の場を広げている。

メイヤーの考案する臨海都市計画は、洪水で大きな被害を受けたフェール塩湖の東側湖畔の一部を埋め立て、宇宙基地のようなコロッセウム型のショッピングモールを中心に、低階層のオフィスビル、ホテル、アパートメント、高級建て売り住宅を建設する計画だ。また各所にはウォータースポーツ施設やマリーナを設け、水と緑が一体となったモダンなシーサイドリゾートを構築する。

これまでにもフェールダムの再建案は幾度となく持ち上がり、その都度、立ち消えてきたが、今度の臨海都市計画はフェールダムの在り方を根本から変えるものであり、地元政財界はもちろん、ネーデルラント政府や近隣諸国までもが期待を寄せていた。

だが、元住民にしてみれば「再建」というより「改悪」だ。そこに元住民の願いを叶えようという意思はさらさら無く、洪水で壊滅した土地を企業の都合よく再利用したいに過ぎない。

たとえば、建設予定のエリアには、現在も土地や家屋の権利を有する八十二世帯が存在する。彼もその一人だ。そのうち三十世帯は、すでに土地を売却したり、第三者に譲渡して法的手続きが完了しているが、他の四十二世帯は彼の家と同じように『保留』という形で存続し、残り十世帯とは全く連絡がついていない。自治体いわく、これらの放置された土地や家屋が再建の妨げとなっており、年内にも期限付で強制処分する方針だという。

被害を受けた後、家を建て直すわけでもなく、再びこの地に戻ってくるわけでもなく、瓦礫のまま放置している家と土地の所有者に対し、強い姿勢で決断を求める理由は理解できる。それによってフェールダムが大勢の望む形で再建されるなら、納得もするだろう。

だが、元住民の意向を全く無視した臨海都市計画の為に立ち退きを迫られるのは納得がいかない。瓦礫のまま放置している所有者にも責任はあるかもしれないが、洪水で家財一式を失い、各地を転々としながら、どうにか食いつないる世帯にとって、わずかな見舞金だけで瓦礫の撤去や家の建て直しを迫られるのは経済的にも負担が大きいはずだ。たとえ瓦礫の山でも、そこには愛する人と暮らした思い出があり、何年経っても癒えない悲しみがある。そうした葛藤も理解せず、まるで巨大ゴミのように一掃するのも腹立たしい。

豊かな土壌こそ国家の真の礎

※ 臨海都市建設が現実味を帯びてきたことに対し、ヴァルターとヤンは怒りをにじませる。

これによりデンボンメルの森は完全に消滅し、湖畔の風景も全く違ったものになる。苗木は別のエリアに移植されるというが、どこに、どのように移し替えるのか、他に候補地があるとも思えず、体よく一掃しようという魂胆が見え見えだ。また復興対策強化地域として農地再生に取り組んできたエリアも大幅に縮小され、地方道の拡張や住宅地の建設が予定されている。

それはまさに住民の願いも伝統も根本から打ち砕くような改造計画であった。

「金になるからだよ」

ヤンがやりきれないように言った。

「以前と同じ豊かな農地を取り戻すには何年もかかるし、ちりぢりになった元住民が戻ってくるかも分らない。農地が再生するのを待つより、見栄えのいいリゾートシティを建設して、手っ取り早く観光客と居住者を集めた方が採算がいいからだろう。何より政府は主要工業都市から切り離されたデルタ地帯を近代化して、トリアドゲートへのアクセスを強化したい。ところが、デルタ地帯の干拓地は昔ながらの農場主や何代にも渡って住み続けている世帯が土地を手放したがらないからな。壊滅したフェールダムはうってつけの物件というわけさ」

「トリアドゲート?」

「そうだ。北海南端の海上宇宙港を中心とする、ばかでかいタックス・ヘイブンだよ。あそこで外惑星から運び込まれた鉱物資源や半製品を分配してる。国内ではあり得ないような免税や規制緩和がなされているから、いろんな企業や組織が絡んで、美味い汁を吸っているという話だ。以前は世界第一の貿易港といえばロッテルダムだったが、それも完全にトリアドゲートに取って代わられてる。ゆえに北海沿岸のデルタ地帯を強化して、工業地帯や輸送機能を拡張したいんだろう。メキシコ湾やアラビア海の宇宙ゲートに対抗する為にね」

「だとしても、臨海都市がフェールダムの救いになるとは思えない。どんな洒落たインテリジェントビルもいつかは老朽化する。道路も、橋も、マリーナも、いつかは摩耗して、補強が必要になる。その対策費も莫大だ。なぜフェールダムの干拓地は幾多の水害を克服し得たか、それは『土』には寿命がないからだよ。洪水で押し流されても、雨が自然に残留した塩分を洗い流し、土壌の微生物も再び栄養分を作り出す。その自浄作用と生命力こそ、真の社会の礎だ。リゾート施設など、一時は注目を集めても、新たなものが登場すれば人はそちらに流れる。所詮、目先の利益じゃないか。干拓地も締切堤防も百年の計の元に作られた。だったら、百年の計に従って再建するのが筋だろう」

「今となってはデルタ地帯もお荷物だからな。あらゆる水管理施設が老朽化して、毎年、莫大な維持費と改修費が必要だ。都市のキャパシティも風車の時代とは比べものにならないほど増大しているのに、住民は昔と変わらず保守的で、運河の土手にブロック補強材を敷設するだけでも環境破壊と騒ぎ出す。だから余計でフェールダムに対する期待も高いんだよ。ここの改造に成功すれば、他のデルタ地帯も梃入れしやすくなるからな」

「だからといって、あんな浮上パネル式のハイブリッド堤防が最善策とは思えない。父さんがいつも言っていた。堤防の第一義は人命を守ることだと。夜間のライトアップなど無くてもいい。未曾有の洪水や高潮に持ちこたえる頑強な堤防を作り直すべきだ。それに補強が必要なのは湖畔や北の沿岸部だけじゃない。東側の沿岸も、家屋の全壊こそなかったが、一メートルに及ぶ浸水で甚大な被害を出している。同じ工事を施すなら、水際一帯を強化すべきだ。フェールダム全域で人が安心して暮らせるようになって初めて、再建といえるんじゃないか」

「だが、その為には、自治体に十分な経済力とそれを支える人口が必要だ。大半の住民が戻らないのに、堤防や農地だけ整えてもどうしようもないだろう。臨海都市計画を後押しする側にも一理ある。町として復興するかどうか分らない無人の荒れ地を遊ばせておくより、地の利を生かして都市開発を進めた方が州全体の活性化に繋がる」

「だったら、金のかからない方法で再建すればいい。あと十年もすれば、塩害対策を施した土壌も息を吹き返す。木材チップを混ぜ込んで、畜糞ベースの堆肥を与えただけで、以前より大きな農作物が育つようになった場所もあるじゃないか。むしろ、耕作放棄で放置されている農場の跡地を以前と同じ豊かな農地に戻した方が帰郷しやすいはずだ。皆が皆、ロッテルダムみたいな工業都市で暮らしたいわけじゃない。元住民でなくても、デルタ地帯の牧歌的な暮らしを求めてる人はまだまだ存在するだろう。何億ユーロも投入して、本当にテナントが入るかどうか分からないショッピングモールを建設するより、既存の酪農家と共同で高機能堆肥の開発でもやった方がよほど実際的だ」

「確かにな」

どれほど時間がかかっても、土地が蘇れば、何十年、何百年と作物を実らせる。それこそデルタ地帯の生きた資産だよ。俺にはあんなモダンな臨海都市が農家と共存できるとは到底思えない。君は仲間が汗水流して土を耕し、植樹した場所をブルドーザーで掘り返されて、本当に平気なのか?」

「平気なわけないさ」

「だったら、なぜ強く抗議しない? 組織も大きくなって面倒を起こしたくない気持ちも分かるが、今声を上げなかったら、みすみす苗木を枯らすようなものだ。俺の父さんなら決して黙ってない。たとえ独りになっても闘うよ。意志もった人間としてね」

人工地盤と緑の堤防:自然の地を活かす

※ 再建のアイデアを求めて、ヴァルターは父の実家を訪ね、『ジオグリーン』という人工地盤のイメージを目にする。

父が購読していたのは『Zivilisation』という創刊八十年を誇る土木専門誌だ。一口に「土木工学」といっても、河川、トンネル、空港、橋梁、鉄道など、対象は幅広い。

十冊、二十冊と目を通し、少し疲れて、あくびも出てきた頃、何気にめくったカラーページのパースに目を見張った。

左手前から右上方にかけて一直線に伸びるコンクリート堤防の内側に、緑豊かな人工地盤の町が造成されている。『ジオグリーン』と名付けられた人工地盤のイメージは、ロッテルダムに本社を置く世界有数の建設会社、ロイヤルボーデン社の広告用パースだった。

ジオグリーンは、有害物質を含まない廃棄物を利用して、海岸や河川周辺に人工地盤を造成する技術だ。土地全体の嵩上げや護岸強化に役立つだけでなく、表面を緑化することで、見た目も美しい町並みを作り出すことができる。

特に高潮や洪水などで被害を受けた土地に有効で、フェールダムのように水が引いた後も泥土と化し、塩害や地盤沈下で町の再建が難しい場所にも応用可能だ。たとえば、現地の汚泥を古紙屑や木材チップなどと混ぜ合わせ、地盤材料として再利用することで、より耐性に優れた低コストの人工地盤を造成できる。

広告から三十年経った今もジオグリーンは世界中で重宝され、水害で地盤がえぐられた河川敷の修復や海岸の防潮対策に絶大な効果を上げている。

こういう技術がフェールダムにも活用されたら再建にも弾みがつくだろう。あんな宇宙基地みたいなリゾート施設を建設するより、どれほど自然で、人に優しいかしれない。

<中略>

ヤンの提案で、早速、ウェブサイトに掲示板を設け、アイデア提供を呼びかけた。 

具体的にどこからどこまで地盤造成し、材料には何を用いるか。古紙や木片や煉瓦といった廃棄物をどのようにリサイクルし、土壌改造に活用するか。環境汚染の危険性はないか、等々。

また締切堤防の補強に関しては、ファンデルフェール工科大学の研究員が『インプラント工法』を提案した。老朽化が進む防潮堤や、水流などの変化により補強やかさ上げが必要になった堤防に大口径の鋼製構造物(パイプや矢板)を鉄柵のように土中深く埋め込み、防潮機能を強化する技術だ。

鋼製構造物を埋め込めば、基礎から堤防を作り直さなくても機能を強化できるし、内部の鋼製構造物が老朽化すれば取り替えも可能だ。既存の堤防をそのまま使うので、景観を破壊せず、工費や維持費も安く抑えられる為、大きな予算を確保できない地方の沿岸部や、技術的に堤防再建が難しいケースに好んで用いられている。

彼と三人の仲間はこれらの助言を取り入れて、アイデアを膨らませた。

日に日に形を成す『緑の堤防』を見るうちに、もしかしたら、この方法で昔ながらの干拓地が蘇るのではないかと期待が高まる。
そして彼自身も、これまでにない高揚感を覚え、今度こそ水の底から立ち上がれるような気がするのだった。

【リファレンス】 人工地盤の技術:エコグラウンド

「ジオグリーン」および「緑の堤防」のアイデアは、(株)技研製作所の「エコグラウンド」をモデルにしています。(*会社の承認を得て作中で使用しています)

https://www.giken.com/ja/wp-content/uploads/2015/10/advertising_leaflet_20110725.pdf
エコグラウンド ジオグラウンド

作中に登場する「インプラント工法」も(株)技研製作所の技術にヒントを得ています。
インプラント工法
https://www.giken.com/ja/implant/method/

オランダの堤防は芸術的に美しい。
「God schiep de Aarde, maar de Nederlanders schiepen Nederland(世界は神が創ったが、ネーデルラントはネーデルラント人が作った)」の言葉通り、国や地元民が一体になって治水と国土作りに打ち込んでいるのがいい。

オランダ 堤防

土木好きにはこたえられない、ダイナミックな風景が広がります。北から南にドライブすると、キーウェストに勝るとも劣らぬ、ブリッジ、ブリッジ、ブリッジの連続で、壮快です。

私も初めてオランダを訪れて、道路より高い位置をボートが航行したり、運河の下にトンネルがあって、川を渡るのではなく、水路の下をくぐる……というのをの目にした時は衝撃を受けました。でも、、一番ぶっ飛んだのは、堤防の高さと干拓地の二階の屋根の高さが同じで、ほんとに水面より低い位置に土地があるのを実感した時。『低地』というのは知ってたけど、ここまで「平らで低い」とは想像だにしませんでした。でも、皆さん、よほどどこの土地が好きなんでしょうね。そりゃもう、郊外に行くと、天の果てみたいな水と緑の風景が広がっていますから、何度水害に襲われても、この土地に戻ってきて、「次はもっと頑丈な堤防を作ろう」と必死で闘ってきた人々の気持ちは理解できます。

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『曙光』上巻 ~”海底鉱物資源を採掘せよ”から”屁理屈だけは超一流”まで



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ニムロディウムという架空の金属元素を中心に、鉱業、海底鉱物資源、深海調査、海洋情報ネットワーク、建築&デザインなどをテーマに描く人間ドラマ。水深3000メートルに眠るニムロディウムの採掘は世界を変えるのか。生の哲学を中心に海洋社会に生きる人々の願いと攻防を描きます。Google Driveにて無料サンプルPDFも配布中。

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