第一人者のプライドと素人の意地 理由は「誰も手を挙げないから」

43. 意見するのに経験と資格が必要ですか? 第一人者のプライドと素人の疑問

素人は口を出すな

SNSでも、「素人のくせに」という論調をしばしば見かけます。
専門家に疑問を呈したり、自分はこう思うと意見をぶつけたりすると、「素人のくせに」と不興を買うんですね。

しかし、医療人としての立場から言わせてもらえば、これは反論になっていません。
医学に素人な一般の患者さんが不安や不満を抱くのは当然のことで、これをいかに納得させるかが医学の専門家の力量です。
ビデオや模型を用いたり、お嫁さんではなく実兄さんに協力を求めたり、パンフレットを作成したり、患者さん向けの勉強会を開いたり。
間違っても、「医学の素人のくせに」などと言ってはいけません。
なぜこの世に専門家が存在するのかといえば、基礎の理論から体系的に学び、素人には想像もつかないような知識や技術を身に付け、精神的にも訓練されているからです。資格取得も修学も、自らの能力を社会に還元する為の手段であって、知識を持たない人にマウンティングする為に専門家を名乗っているわけでありません。

一般人にいちゃもんをつけられて、「素人のくせに」と切り返したくなる気持ちも分かりますが、それは非常に卑怯な言い草と私は思います。
なぜなら、疑問や不満を呈する一般人は、○○の専門家のように、基礎から学ぶ機会もなければ、現場を体験することもありません。でも、それは仕方のないことです。どこの世界に医学、工学、文学、社会学、等々、全てを知り尽くした人間がいるでしょう。「素人のくせに」とけなす人は、それを分かって言っているのだから、たちが悪いのです。

昨今は、皆が膝をつき合わせて心ゆくまで議論したり、一つの意見について熟考する機会がだんだん失われていますから、面倒になると「素人のくせに」と切って捨てたくなる気持ちも分からないでもないです。診察室でも、あまりにネチネチ絡まれると、「またくだらない健康番組を見て、しょうもない知識を詰め込んできましたね。後がつかえてるんだから、いい加減にして下さい!」と、ついつい声を荒げたくなりますが、それでも言ってはいけません。

何故って、私たち専門家は、正しい知識を普及し、自らの能力を社会に還元する為に、この道を選んできたのですから。

素人相手に、「素人のくせに」と返した瞬間、私たちは自らの職能を放棄したも同然なのではないでしょうか。(少なくとも医療の現場においては)

※ ついで言えば、素人の感覚を知ることは大事です。専門家か見過ごしがちなことに気付かされたりするので。

このパートは海洋小説『曙光』の抜粋です。

詳しくは作品概要とタイトル一覧をご参照下さい。

冒頭部の無料サンプルはGoogle Drive からDLできます。

【あらすじ】 誰が、ではなく、何をすべきか

情報共有によって透明性を高め、社会の知的基盤を固めようと訴えるヴァルターに対し、少しずつ賛同者が集まる。
だが、海洋情報ネットワークを構築するには、既存企業や公的機関の協力が不可欠だ。
アステリアで最大の海洋技術会社ノボロスキ・マリンテクノロジー社を訪れたヴァルターは、情報管理の責任者であるフェレンツ氏と面談するが、この分野で第一人者を自負する氏は彼の提案を受け入れようとしない。しまいには口論となり、初めての面談は物別れに終わる。

【抜粋】 第一人者のプライドと素人の意地

今回、面談するフェレンツ氏は、長年データ管理に携ってきた幹部社員だ。イリヤ・ノボロスキ社長の甥で、三十年前、社員とその家族を丸ごと抱えてアステリアに大移動した際、旗振りを務めた古株の一人である。ノボロスキ社長に似て小柄な五十代後半の男性だが、カモノハシのようなオブジェやネオンサインを作って愉しむ社長とは異なり、アナゴのような小器だ。それでもステラマリスでは倒産寸前だった会社を死に物狂いで再建し、業界一の優良企業に育て上げた自負とプライドもは端ない。

彼が応接ソファに腰を下ろし、ビジネスバッグから資料を取り出そうとすると、フェレンツは軽く手を振り、
「海洋情報ネットワークの話なら人づてに聞いたよ。プレゼンテーションの録画ビデオも見た。どういう経緯で動きだしたかは知らないが、勝手にあんな構想をぶち上げてもらっては困るよ」
とまるで自分たちが情報行政の目付役と言わんばかりの口調で言った。

「それは、俺のアプローチの仕方がお気に召さないということですか。それとも、海洋情報ネットワークのアイデアそのものに問題があるのでしょうか?」

するとフェレンツは大仰に両腕を組み、

「気に入る、気に入らないの問題じゃない。君のしようとしている事は越権だよ。すでに海上安全局や区政の情報サービスが十分に機能しているし、トリヴィア政府も海洋開発計画に基づいて観測システムの拡充を推し進めている。第一、君がそんなことを提案しなくても、我々でも似たようなサービスを構築する用意がある」

「ローレンシア海域に限れば、でしょう。俺が提案してるのは全海洋を対象とした情報共有ネットワークです」

「知ってるさ。だが、あれと同等のものを構築しようとすれば、現在の観測システムを基礎から見直す必要がある。それだけでも億単位の出費だよ? 第一、島もない、飛行機も滅多に飛ばない、ローレンシア海域の裏側の海象情報をリアルタイムに提供して、どんな利益が得られるというんだ。もちろん、その科学的意義は認めるが、他に優先されるべき事はたくさんある」

「今すぐ必要なくても、将来を見据えて準備を進めることは決して無駄ではないはずです。それにローレンシア海域の裏側は何も無いように仰いますが、それはただ単に調査が入ってないだけで、精査すれば意義深い自然現象が幾千と見つかるはずです。その中には、アステリアの気候や海象に大きな影響を及ぼすものもあるはずです」
「そんなことは君に言われるまでもない」

「ですから、その可能性や必要性を広く世に知らしめる為に、一般人でも手軽に参照できるオープンデータシステムを作ろうと提案しているのです。アステリアに対する関心が高まり、海洋調査の需要が増えれば、貴社にとってもプラスに働くのではないですか」

「そんな単純なものではないよ。需要が増せば、うちでカバーできない分は他に回る。新規参入が増えれば、過当競争を引き起こす恐れもあるだろう。今でさえ分野によっては顧客の争奪戦だ。何でもプラスに働くわけじゃない」

「だとしても、ここで一番実績を上げているのは貴社ですし、海洋産業が活性化すれば、いっそう技術が注目されるはずです」

「わたしが危惧しているのは情報の価値が蔑ろにされることだよ。君は既存のデータサービスを取り込んで、官民一体型の公的ネットワークに再編しようというのだろう。今でも十分機能しているものを解体し、何でもかんでも無償で差し出せという訳だ」

「プレゼンテーションの質疑応答でも同様の声ありましたが、民間企業が蓄積したデータを無料(ただ)で寄越せという話ではありません。原則として、ネットワークで使用されるデータは提供者自身が管理しますし、ショッピングカートを用いた有償情報の売買サービスも検討しています。またデータ提供は義務でも強制でもありません。機密性の高いデータや、資産価値のあるものまで無理に公開する必要はないのです。ただ、公共の利益のためにご協力を願えないかと申し出ているのです」

「それで君がイニシアチブを取る理由は何だね」

「誰も手を挙げないからです」

彼が臆面もなく答えると、フェレンツも鼻の穴を膨らませ、

「それなら専門家に任すんだね。君は潜水艇のパイロットだろう。海に潜るのが専門で、調査分析・データ管理は職能ではないはずだ。それとも、前にこういう仕事を手掛けた経験があるのかね」

「経験がなければ、やってはいけませんか?」

「経験とは信用だよ。そして、君には信用に足る実績も資格もない。突然やって来て、『あれも出来ます、これも出来ます』と大風呂敷を広げられても信用のしようがない」

「そうかもしれません。しかし、現場の隅々まで知る者が何の問題意識も持たず、問題に気付いても指一本動かさないなら、新人だろうが素人だろうが、自ら動くしかないでしょう」

「君の考えは立派だが、全ての企業がこういう事に快く賛同するとは思わないで欲しい。だいたい企業の情報管理に携ったこともない人間に何が分かる? 君は何にも属さないから、いくらでも無責任なことが言えるんだよ」

「どういう意味です」

「組織の中で一度でも責任のある仕事に就いた経験があるなら、おいそれと企業の利益を損なうようなことは口に出来ないという意味だ。自分の帰属する社会や組織に何の責任も感じないから、平気で他者の価値観や慣習を変えようとする。企業が何年も遵守しているルールをね。理事長もメイファン部長もどうかしてる。部外者の意見を祭り上げるなど」

「つまり、あなたにとって一番の問題は『俺』というわけですか?」

「そんな事は言ってない」

「でも、そのように聞こえます。仮にこれがメイファン女史の提案なら、素直に耳を傾けるのではありませんか」

するとフェレンツはむぅと口を尖らせ、
「わたしの合点が行かないのは、採算が取れるかどうかも分からない情報サービスに、なぜ企業の情報資産まで提供しなければならないか、ということだ」

「ですから、何度も申し上げているように、海中ロボットの設計図や資源調査のデータまで、何でもかんでも差し出せという意味ではありません。たとえば、ノボロスキ社では一八五年七月、ローレンシア海域から五千キロ離れた巨大海底峡谷でかなり詳細な海底地形調査を行っていますね。トリヴィアの地学研究グループに依頼された学術調査です。だが、その時は地形の把握のみに止まり、それ以降、精査は行われていません。けれども『ノボロスキ社が一八五年に巨大海底峡谷を調査した』という事実が、十年後も、二十年後も、誰もが知り得る情報として検索できれば、いつか、それを必要とする人の役に立つかも知れない。将来的には、大きな科学的発見に繋がるかもしれません。そういう古くても汎用的な情報、今は特に使い途がなくて眠っているような情報を、社会資源として有効活用できないかと模索しているのです。もちろん、すべて無償とはいいません。ここから先は有償と制限を設けて下さればいいのです。それでもノボロスキ社の企業活動を損なうとお考えですか」

「そんなのは理想論だよ」

「確かに理想論かもしれません。しかし、何のビジョンも無いまま、特定の企業だけが調査や開発を推し進め、社会資源を独占しても、全体に何の益ももたらさないのではないですか」

「話をすり替えないでくれるかね」

「俺は事実を言ってるんです。ステラマリスでも科学調査を阻む理由は、たいてい縄張り争いです」

「ここはステラマリスじゃない」

「でも海に必要なことは同じです」

「君の考えは立派だが、すべての企業や組織がこういう事に快く協力するとは思わないで欲しい。提供される情報が乏しければサービスは空回り、利用者が少なければ維持費も回収できず、大赤字を出す可能性も大だ。言い出しっぺの君の立場も悪くなる。それでもやりたければ、どうぞ」

【リファレンス】 言いたいことを言う

ハリウッド映画など観ていると、若くて野心的な主人公が相手構わず噛み付いて、激しい口論になる場面がよく登場します。
これってドラマの中だけだよね……と思っていたら、現実にもそうです。
空気に理解を求める日本とは大きく価値観が異なります。

意見を言う=自己主張と思い、遠慮する人も多いですが、自己主張と意思の表明は違います。

自己主張とは、とことん自分の意見を押し通し、間違いも認めず、相手にも譲らないことです。

意思の表明は、自身の考えや気持ちを明らかにして、相手に伝えることです。自己主張と異なるのは、間違いを正したり、相手に譲歩する器があることです。

海外では、子どもが幼い頃から、YESかNOか、意思表示することを求めます。

食べたくないなら、食べたくない、遊びたくないなら、遊ばない。

YESかNOか、答えそのものに意味があるのではなく、自身の意思を表明することが大事なんですね。

遠慮して物を言わない人は、意思の表明よりも、結果重視なのかもしれません。

自身の考えや気持ちより、結果に意識が集中してしまい、ついつい先回りしてしまうのでしょう。

「パーティーに行きたくない」という本音より、「パーティーを成功させなければならない」という結果重視なんですね。

しかし、「最初に答えありき」という考えは、個人の尊厳を蔑ろにするものです。

そのあたりが、イジメや自殺の多い理由の一つかもしれません。

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『曙光』上巻 ~”海底鉱物資源を採掘せよ”から”屁理屈だけは超一流”まで



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ニムロディウムという架空の金属元素を中心に、鉱業、海底鉱物資源、深海調査、海洋情報ネットワーク、建築&デザインなどをテーマに描く人間ドラマ。水深3000メートルに眠るニムロディウムの採掘は世界を変えるのか。生の哲学を中心に海洋社会に生きる人々の願いと攻防を描きます。Google Driveにて無料サンプルPDFも配布中。

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