E=MC2

E=MC221世紀と個人主義と『カラスの勝手でしょ』

いよいよ21世紀が始まりました。皆様の抱負はいかがですか。

今回は、21世紀の始まりにふさわしく、ちょっと宇宙的な話を書こうと思います。

皆さんは、「時間」という概念をどのようにお持ちですか。
人間のタイムスパンは、一日24時間、一生はだいたい80年ですよね。
でも、その時間の量も、人間が考え出した単位に基づくもの。
宇宙レベルでいえば、一時間も一日も一年も無いんですよね。
ただ質の変化があるだけで。

私は、落ちる陽や昇る陽を見ながらいつも思うのですが、落ちる陽も海の向こうでは昇る陽になる。この世に終わりも始まりもなく、万物は形を変えながら永遠に廻る──と考えています。(この思想は、『永遠の環 ~すべてのものは形を変えながら永遠に廻る』に書いています)

私たちの肉体も、原子レベルでいえば、宇宙創生時から存在するもの。
始まりは、一個の受精卵。
それが、他の原子を取り込みながら、どんどん細胞分裂を繰り返し、現在の肉体になったにすぎません。
その源を辿れば、究極、宇宙に辿り着きます。

まず始めに宇宙の創生があり、そこから私たちの銀河系が生まれ、太陽が生まれ、地球が生まれ、海が生まれ、生物が生まれ、それが46億年の時を経て、私たちを生み出している。
地球上に限れば、私たちは、46億年の変化を繰り返しながら、海や山の一部で成り立っているわけです。

私たちは今も宇宙に存在する全てのものと臍の緒で繋がれている。
肉体一つで生きているわけではないのです。
そして、肉体が滅んでも、また一つの原子に還り、別の何かに変化する、それを人生の始まりとか終わりとか呼んでいるわけです。

時間という単位も、人間が社会生活の基軸とするために考え出したもので、宇宙に時間という概念は存在しない。ただ「変化」があるだけで、終わりも始まりもないような気がします。

私たちは、動物でも、植物でも、海でも、山でも、ありとあらゆるものに名前を付け、カテゴライズし、存在の意味を求めます。
生あるものは、ただ生きるためだけに生きているのだけれど、人間だけが意味を求め、存在を疑い、無為か有為を定めてしまうんですよね。
宇宙的な視点でみれば、地上に生きるものに、名前も意味も分類もない、ただ様々に変化しながら存在し続けるだけなのだけど。

宇宙から見れば、地球に国境が無いように、人間もまた束の間を旅する、一度限りの存在に過ぎません。
あなた自身が、それに意味付けし、無為か有為かを定めているのです。

そう思えば、暗い考えに取り憑かれたり、何もかも無意味に感じたり、「人生に意味はあるのかぁ~」なんて苦悩(?)するのも馬鹿馬鹿しくないですか。
鳥も、ライオンも、桜も、バクテリアも、ただ生きる為に生きている。
自らの生を疑い、意味探しばかりやっているのは、人間だけですよ。

21世紀はまだ始まったばかりだけど、社会や価値観はどんどん変化してゆく。
これからは個の時代。
個の思想や価値観に基づいて生きてゆく時代なのかなと思うと同時に、自分の外側に神や奇跡を求める時代は終わったのだという気がします。

言い換えれば、内的には非常に厳しい時代の幕開けですよね。
もう古い慣習や価値観が当てにならなくなった今、いつまでも「右に倣え」では、振り落とされてしまう。
自分というものをしっかり持っていないと、誰も、何も、庇ってはくれないですよ。

マイナス思考に傾いてきたら、自分というちっぽけな世界から少し離れて、巨視的な目で宇宙を見つめ直して下さい。

この束の間の旅を、楽しいものにするか、空虚なものにするかは、あなた次第です。

初稿:2001年1月19日

カラスの勝手でしょ : 2018/10/29の記述

21世紀は個の時代になる――

それは組織や出自や肩書きなどに束縛されない、個の自由の到来に思われましたが、18年が経ってみて、世界が気付いたのは、個による分断でした。

一言で言えば、自分の事しか興味がない、公の利益より個の利益、というものです。

たとえば、バレーボールの試合では、監督の方針に好意的な人も、否定的な人も、その場ではとりあえず息を合わさなければ勝てませんよね。

オレは監督のやり方には反対だ、こんな事やってられるか、という気持ちで、ことごとく反発されては、勝てる試合も勝てなくなります。

会社だって同じです。

いざとなれば一つの目標――今期の売り上げがよければ次のボーナスは五ヶ月分とか、来期こそライバルの○○社を抜いて一位になるとか――に向かって、皆が全力を尽くす雰囲気がなければ、せっかくの技術やアイデアも宝の持ち腐れです。「オラ、知らね」「そんなの個人の自由じゃん」確かにその通りですけど、個を自由に表現することと、全体の利益の為に協力することはまったく別問題だし、全体が衰滅すれば、個の立つ場所も失われ、いずれ皆が飢えることになります。ライオンだって、群れで一丸となって獲物を襲うからご馳走にありつけるわけで、ワシは西に行く、ワシは東だ、で、身勝手なことを言い出せば、ウサギ一匹、仕留めることはできないでしょう。

ところで、私が子どもの頃、1970年代の話ですが、土曜の夜のお化け番組といわれたドリフターズの『8時だよ、全員集合』で、志村けんがカラスの人形を舞台中央に呼び出して、「カラ~ス、なぜ鳴くの? カラスの勝手でしょ~」とふざけて歌うのが一大ブームになったことがありました。

子ども達はギャグとしか思いませんでしたが、識者の中には、「童謡『ななつの子』は、母が子を想う美しい情景を謳ったもの。カラスの勝手でしょ、などと、茶化すのはけしからん!」と憤る人もありましたし、PTAや音楽関係の団体からも非難の声が上がったように記憶しています。

あれから数十年が経ち、「カラスの勝手でしょ~」と志村けんと一緒になってゲラゲラ笑っていた子どもが、政治、経済、教育、経営、スポーツ、文化、etcの中核を成すリーダーになれば、何が起きるか、容易に想像がつくでしょう。不正会計をしても、セクハラしても、暴言を吐いても、労働法を無視しても、「カラスの勝手」であって、伝統ある童謡をどんな風に茶化そうが、個の自由なんですよ、本当にその通りです。

しかし、世の中には、カラスの勝手で済まないこともあると思いませんか?

今、その弊害に気付いた一部のパワーが、再び時代を巻き戻そうと、あちこちでダミ声を上げています。

それは個と世界のバランスを思えば、自然な流れかもしれません。

いつでも世界が極端に傾けば、それを一気に是正しようとする真逆のパワーが生まれる。

夏の盛りに、熱い日差しが照りつけ、水蒸気が上空に溜まれば、激しいスコールになって大地に降り注ぐのと同じです。

21世紀の幕開けと同時に、勢いよく芽吹いた個のパワーが、カラスの勝手によって分断や混乱をもたらし、ほんの20年ほど(次の節目)で巻き戻しにかかるというのも、せっかちといえばせっかちだし、当然といえば当然という気もします。いつか、誰かが、そういう事を言い出すと思ってました……って、多くの人は腹の底では感じているのではないですか。

21世紀なんて、始まって、まだ20年も経ってないのに、まるで1世紀も2世紀も経験したような目まぐるしさです。

このまま歴史の揺り戻しが激化して、連帯も協調も幻想だった、自国が大事と再び壁で囲う時代が来るのか、あるいは第三勢力が台頭して、再び構図が変わるのか、私にはさっぱり分かりませんけど、ただ一つ、確かなのは、暢気に「カラスの勝手でしょ~」と歌えた時代は二度と戻らない、ということです。

↓ 私は、舞台中央からカラスの人形が飛び出して、「はい、せ~の」で会場が一斉に歌い出す演出が好きでした。

私も『8時だよ、全員集合』を見に行きたい(渋谷公会堂から生中継していた)と親に訴えたところ、「アホっ、東京じゃ!」と一蹴された経験があります。

今はYouTuberのヒカキンさんなどが絶大な人気があるのだと思いますが、うちらの頃は、ドリフターズであり、オレたちひょきん族ですよね。
現在の北野武氏や明石家さんまやとんねるずの姿からは、当時の若者(=バブルのおじさん、おばさん)に対する影響力は想像もつかないでしょう。
今のおじさん、おばさんに、ヒカキン氏の魅力がまったく理解できないように。

結局、同じことが順繰りで起きるんですよね。

そんでも世の中が生き辛い?

そりゃ~ カラスの勝手ですよ。

死ぬまでカラスの勝手と言い続け、誰も責任なんかとらないと思います。

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