ゲーテ ファウスト 手塚富雄

「独身のほうがいいとおっしゃる方は、なかなか考えを変えてくださらないし」

ほんとうに、女はどうしてよいかわかりません
独身のほうがいいとおっしゃる方は、なかなか考えを変えてくださらないし
そりゃ、あなたがたの腕しだいですよ。わたしなどの心得違いを思い知らしてくださるのは。
ねえ、はっきりとおっしゃらない? まだ、お見つけになりませんの? どこかに心がつながれてしまったのじゃありません?
諺にいいますね。自分のかまどと よい女房は、金と真珠の値打ちがあるって

さて、この台詞は、誰の作品でしょうか。

それで、あなたはいつも旅ばかりしていらっしゃいますの。
いや、どうも勤めや商売に追い回されましてね。
土地によっては、発つのがずいぶんつらいこともあるんだ。あ
腰を落ち着けてしまうわけにもいかないのでね。
それはお元気なうちは、そうやって気ままに世界じゅうをお歩きになるのも結構ですわ。
けれど、おいおい お年を召して、やもめのまま、年々お墓に近くなってゆくなんて、
誰しもあんまりぞっとしませんわねえ。
そう。わたしも先にそれが見えているから、いやな気持ちになりますよ。
ですから、いまのうちに、ようくお考えなさらなくては。

正解は、ゲーテの『ファウスト』(悲劇第一部 (中公文庫) )です。

翻訳は、今や絶版となってしまった手塚富雄・訳。(参照→文学への愛は時代を超える 手塚富雄のあとがきより

上記だけ見たら、ほとんど現代小説か、どこぞのライフハック系の小説仕立てという印象。

ちなみに、『女』は、ファウスト博士の恋人グレートフェンの乳母マルガレーテ。

『男』は、メフィストフェレスです。

執筆されたのは1770年代から1806年にかけて。

二〇〇年以上も前に書かれた作品にもかかわらず、男女の会話は、現代とほとんど変わりないのが興味深い。

追うマルガレーテ。

逃げるファウスト。

遠回しに男性に改心(結婚)を迫る手管も、現代とほとんど変わりありません。

男性にしてみたら、これこそ悪魔の囁きかもしれませんね。

かのメフィストフェレスでさえ、恐れおののくほどに。

一方、マルガレーテに目を転じれば、家事一筋、子守一筋に生きてきて、はたと気付けば、自分というものが全く失われていた空しさや焦りもなんとなく分かるります。

ほんとうに、女はどうしてよいかわかりません』の一言に、女性の生き様と葛藤の全てが凝縮されており、男性のゲーテがこの台詞を考え出したのは、まさに創作の妙といえるでしょう。婦人公論賞を差し上げたいくらい。

*

それにしても、手塚富雄訳が絶版になるとは文学界の大損失でしょうに。

ゲーテの『ファウスト』といえば、新潮文庫や岩波文庫がロングセラーになっていますが、私が店頭で手に取って読み比べた限りでは、手塚先生のが「古典」と「カジュアル」の真ん中ぐらいで、一番読みやすかったです。もちろん、これは個人の趣味なので、誰が一番という問題ではないですが。

中公文庫のファウストも、大型書店の書架に残っていることがあります。古本市場でもまだ取引されていますので、興味のある方はお早めに。

ゲーテ ファウスト 手塚富雄

 ファウスト 悲劇第一部 (中公文庫) (文庫)
 著者  ゲーテ
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あらゆる知的探求も内心の欲求を満たさないことに絶望したファウストは、悪魔メフィストフェレスと魂をかけた契約を結び、人生を体験しつくそうとする・・・。巨匠ゲーテが80年の生涯をかけて、言葉のきわめて深長な象徴力を駆使しつつ自然と人生の深奥にせまった不朽の大作「ファウスト」の悲劇第一部を、翻史上画期的な、格調高い名訳で贈る。
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