ロシアとソ連と国家のイメージ ~自分は洗脳されないと言い切れるのか

ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』をもっとよく理解するなら、ロシア+ソ連の歴史は欠かせないので、先年、日本に帰国した時、入門編として二冊の本を買い求めたのですが、類に漏れず、明るい話はないですね。良い時もあったのかもしれないけど、ロシアとソ連には「貧困」「粛清」「飢餓」「混乱」しか感じられない。

思うに、ロシアは領土が広すぎるんじゃないか。

ギガントな国土。厳しい気候。隣国の数(国境の規模)も半端ないし、西と東では住んでいる人の暮らしぶりや価値観も違う。

それを無理矢理、一つにまとめようとするところに、ロシアの限界というか、難点があるのだろう。

こうやってオーソドックスな地図で見ると(Google Mapじゃなくて)、本当に広い。

そして、冬は厳しい所が多い。

ソ連の歴史 ロシアの歴史 ロシアの地図

ところで、栗生沢 猛夫氏著の『ロシアの歴史』の序文『ロシアという国』に、こんな記述がある。

ロシアというと、みなさんはどのようなイメージをおもちであろうか。

今では日露戦争のことを思って、侮りがたい敵国などと身構える方はそういないだろうが、第二次世界大戦末期に、日ソ中立条約を破棄して参戦し、北方領土を占領したのみならず、六十万を超える日本軍将兵を連行した、けしからん国だと思っている方は多いと思う。

あるいはスターリン時代の粛清や収容所を念頭において、独裁権力によって支配される恐ろしい国家だと考える方もあろう。

東ヨーロッパ諸国やバルト三国などを支配した横暴な大国、また冷戦時代にアメリカ合衆国と競い合った社会主義の超大国、さらには核大国とみる人もいよう。逆に石油など豊富な資源に依存するあまり、高度な市場経済を発達させることには不得手な、やや後れた国とみる人もいるかもしれない。

いずれにせよ、よくわからぬ不気味な国という印象をおもちの方が多いように思う。

しかしそうした印象とは別に、森の広がる豊かな自然、ドンやヴォルガなど悠然と流れる大河、シベリアの果てしない広がり、そこを貫いて走るシベリア鉄道などから、ともかくもスケールの大きな国として憧れをもたれる方もおられるにちがいない。

チャイコフスキーの音楽や、トルストイやドストエフスキーなどの文学作品、はたまたフィギュア・スケートなどのスポーツ、さらには宇宙開発など科学技術のことを思い浮かべる方もおられよう。

<中略>

しかしスターリンを暴君と考え、巷間にいわれるその圧政の「結果」をそのまま信じこんで、だからロシアは今にいたるも「恐ろしい」などと決めつけるならば、問題が起きてくる可能性がある。そのような一方的な認識のもとでは、たとえば日本とロシアの国家間の関係にも、いわんや国民同士の交流にも差しさわりが出てくるのは当然だからである。ロシアを含む世界全体のとらえ方にも影響してくることになろう。

それだけではない。

外国のこととはいえ、歴史の一方的で不正確な判断は、そう判断する人自身の国の歴史のとらえ方をも独善的で歪んだものにすることになる。外国の歴史の場合にも正しい冷静な認識が要請されているのである。

そして、多分、私ぐらいの年代の人が一番知りたいのは『歴史の特徴――時代により異なるロシア』だろう。

今の若い世代の人たちはともかくとして、四〇代以上の人々にとっては、ロシアといえば、すなわち社会主義(あるいは共産主義)の国ソ連のイメージが強い。そうなると、共産党の独裁、宗教の否定、秘密警察、自由の欠如、平等かもしれないがそれほど豊かではない生活などといった連想も出てくるであろう。

しかし歴史的に考えることが重要である。

社会主義国家の建設は人類史上最初のきわめて重要な実験でもあった。

ただロシアが社会主義のユートピアをめざしていたのは、たかだか七十年余りのことにすぎなかった。

それまでの三百年余年間は、ロマノフ朝のツァーリによって統治される帝国であった。

さらにその前の数百年間はリューリク朝の大公やツァーリによって支配されていた。

キリスト教もさかんで、正教会は今日にいたるまで1000年以上にわたる長い伝統を有している。

したがって当たり前のことだが、ロシアも時代によって変化し、さまざまな顔をみせてきたことを理解する必要がある。

思い返すと、ロシア――とりわけ『ソ連』に対するイメージはどこで植え付けられたかといえば、やはりTVと映画が圧倒的に大きい。

私の子供時代はまさに米ソ冷戦の真っ只中。

東西の大国が核兵器を抱えて睨み合い、「1999年7月、恐怖のアンゴルモアの大王が空から降ってきて、世界は滅亡する」というノストラダムスの大予言が妙にリアルに感じられたもの。実際、世界滅亡説=アルマゲドンを利用して、信者を絡め取る新興宗教も存在したし、海外ではカルトによる集団自殺もあった。「そんなアホな」と今なら一蹴されるような話が(かなり本気で)世界中に漂い、「もし誰かが核兵器のスイッチを押すとしたら、それはソ連」みたいな共通の認識もあった。ソ連こそ、世界平和の敵、と。

実際、そうだったのかもしれないが、そのようなイメージを刷り込んできた映画やTVの影響も大きい。

当時のハリウッド映画の仮想敵は大抵「ソ連」で、冷血なソ連軍の将校だったり、KGBのスパイだったり、殺人マシーンみたいなプロボクサーだったり(ロッキーのドラゴとか)、ソ連といえば悪者のイメージしかなかった。

ちなみに、9・11 NYテロ以後は、この仮想敵が一斉に「アラブのテロリスト」になった。それ以前にも、そういう設定はあったが、今ほど露骨ではなかったように記憶する。 参照記事→愛国心とは何ぞや『エンド・オブ・キングダム』

確かに、彼等は文句の付けようのない悪人かもしれないが、それを生みだす背景は二の次で(それをさりげに織り込んでいる作品もあるが)、とにかくアラブのテロリストは片っ端から殺す、抹消する、文句あっか、ゴラァ! みたいなノリが、冷戦時代のハリウッド映画にもあったわけだ。特にアクションヒーローもの。

そういう物語や映像を延々と見せられたら、無知な子供や若者は簡単に刷り込まれるし、一見、中立に思える大手メディアのニュースだって、どこまで真実を伝えているか分からない。
まして、日本は米国の同盟国だから、ソ連に同情的な見解など、まず流れない。
そして、それが真実だったとしても、アカデミックな説明を受けるのと、ハリウッド俳優がマシンガンでソ連兵をぶっ飛ばす演出では、印象は大きく異なるし、そこから抜け出して、冷静客観に物事を見る――となれば、良識のある大人でも難しいのではないだろうか。

今もロシアや社会主義の話になると、根底にある思想もいっしょくたにして「あれは間違いだった」と断罪されることが多いが、スターリンのくだりを読めば、同じソビエト政府の中にも、間違いを正そうとした人は少なくなかったことが窺える。ただ彼等はあまりに不運で、政治的に不器用で、政権を覆すには要領が悪すぎた。庶民の自由独立と生活向上を求める着想はよかったが、指揮監督が最悪という感じ。いったい誰の為、何の為の革命だったのか。次第に権力闘争に明け暮れ、粛清の怪物を生みだした経緯を見ると、『思想』なんてものは、その時々の方便を正当化する為の看板に過ぎず、そこに権力が絡めば、いつしか目的が手段にすり替わっていくのだと感じる。「ソ連が崩壊したから根底にある思想も間違っていた」のではなく、広大なロシアを無理矢理ひとつに束ねようとして、パワーゲームに狂ったというか、元から統制するなど無理なんんじゃないか。今も、多分。

ともあれ、一国を理解する上で、歴史を知ることは欠かせないが、歴史書のスタンスも、どこから、どう切り取って描くかで随分印象が違うし、まして現代のように連日ビジュアルで見せつけられたら、白いものも黒と思い込むようになる。

そんな中、自分だけは洗脳されないと言い切れるのか、私にはまったく自信がない。

ハリウッド映画のイメージも強烈だし、ネットの意見もいちいち頷いていたら、確実に自分を見失うから。

まだまだ20世紀を総括するには早すぎるが、今、一番問われているのは、この100年余りに起きた出来事の検証と考察だ。

第二次大戦も、スターリン粛清の時代も、あれから一世紀も経ってないこと、またこの100年の間に人々の暮らしや価値観も激変したことを思うと、現行の社会科や歴史教育のカリキュラムとは別個に、「現代史教育(考察)」の時間を取り入れるのが急務ではなかろうか。(21世紀以降に生まれた人には、20世紀の異常性など想像もつかないだろうけど)

河出書房の『ふくろうの本』シリーズは、ビジュアルも良好で、読み応えがありますよ。私もいろいろまとめ買いしました。
ソ連の歴史 ロシアの歴史

 図説 ロシアの歴史 (ふくろうの本) (単行本)
 著者  栗生沢 猛夫
 定価  ¥ 1,998
 中古 22点 & 新品  ¥ 1,191 から
 5つ星のうち 4.7 (8 件のカスタマーレビュー)

 図説 ソ連の歴史 (ふくろうの本/世界の歴史) (単行本)
 著者  下斗米 伸夫
 定価  ¥ 1,944
 中古 15点 & 新品  ¥ 593 から
  (0 件のカスタマーレビュー)

一見、画期的に見えた社会主義革命も権力闘争に成り果て、粛清モンスターを生みだす。

ソ連の歴史 社会主義革命

スターリンの時代は、「粛清」「飢餓」「処刑」「暗殺」のオンパレード。気分が悪くなる。
今でも怪しい噂は絶えないけども。

スターリン 粛清

私の記憶はこのあたりから鮮明になる。
ソ連が崩壊するなど夢にも思わなかったけども、こっちに来てみたら、政治問題はもちろんのこと、経済的に西側と釣り合いが取れなくなったんだろうなと、つくづく。市場を拡大したい西側と、経済的にキューキューの東側の利害が珍しく一致したような印象。
ある意味、通信技術の発達で、自国の貧しさを隠しきれなくなったんだろうよ。移民家族が持ちこむ海外の情報も多いしね。人の口に戸は立てられない。

ペレストロイカ ソ連崩壊

お口直しに、こちらのCMをどうぞ。

私とロシア(ソ連)との最初の出会いは、日曜日の午前、『ムーミン』とか子供向けアニメの合間に流れていたパルナスのCMです。
恐らく、私と同年代の友は、パルナスが入り口のはず。

お伽の国のロシアの~ 夢のおそりが運んでくれた~

史実を知れば、「どこがお伽の国じゃい!」と思うけども、このCMが子供にもたらした「ロシアもいい国なんだよ」効果は計り知れません。

このCMがあればこそ、「ソ連は仮想敵国!」みたいな風潮でも、「えっ、でも、パルナスの菓子は美味そうじゃん。お伽の国って言ってるじゃん」みたいな抑止力があったんですよね。

このピロシキのCMも強烈でしたわ。

ロシアのおじさんが言うことには~ 本場の味より、まだ美味い~

ゾシマ長老そのものやな。

このCMを見る度に、「一度でいいからピロシキを食べてみてぇ~」と思って、漠然とロシアに憧れていたら、東欧に流れ着いたというオチ。

これもパルナス神の導き。

Photo:opsaによるPixabayからの画像

カラマーゾフ随想について

『カラマーゾフ随想』は、絶版となった江川卓訳(集英社)をベースに人と社会について読み解くコラム集です。 本作に興味をもたれた方は復刊ドットコムへのご協力をお願いします。投票ページはこちら。
https://www.fukkan.com/fk/VoteDetail?no=64034

QUOTE CARD

  • どんな高邁な理想も、言葉だけでは人は動かせない。 身をもって示して初めて、理想が理想としての意味をもつ。 その後、彼は死ぬまで父を忘れず、その生き様を指針にするわけだが、愛とは何かと問われたら、慈しむだけが全てではない。身をもって生き様を示す勇気も至上のものだろう。 誰でも犠牲は怖い。  自分だけ馬鹿正直をして、損したくない気持ちは皆同じだ。  だが、その結果、一番側で見ている子供はどうなるか、いわずもがなだろう。  言行の伴わない親を持つほど不幸なことはない。  たとえ現世で馬鹿正直と言われても、本物の勇気、本物の優しさ、本物の気高さを間近に見ることができた子供は幸いである。 どんな高邁な理想も、言葉だけでは人は動かせない。 身をもって示して初めて、理想が理想としての意味をもつ。...
  • 「創造的」というのは詩を書いたり、絵を描いたり、という意味ではありません。無の平原から意味のある何かを立ち上げることです。 より良く生きる為に、日々、考えること、実行すること、その全てが『創造』です。 どんなに小さくても、昨日よりは今日、今日よりは明日、少しずつでも歩みを進め、善きものを積み上げることを「創造的な生き方」と言います。 「創造的」というのは詩を書いたり、絵を描いたり、という意味ではありません。無の平原から意味のある何かを立ち上げることです。 より良く生きる為に、日々、考えること、実行すること、その全てが『創造』です。...
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この記事を書いた人

石田 朋子

文芸愛好家&サブカルチャー・ファン。主に70年代~90年代の作品に思い入れがあります。寺山修司の名言『詩を作るより、田を作れ(揶揄)』をモットーに、好きな作品を次代に伝えることを目標にしています。海外在住につき、現代日本とは相容れない所がありますがご容赦ください。
※ 現在、制作巣ごもり中につき、ほとんど更新していません。