プロローグ『作者より』ドストエフスキーの長編体質

プロローグ 作者より

この作者とは、ドストエフスキーではなく、『カラマーゾフの兄弟』の書き手のこと

ドストエフスキー最後の大作『カラマーゾフの兄弟』は、カラマーゾフ一家、とりわけ、主人公のアレクセイ・カラマーゾフ(アリョーシャ)に詳しい”
書き手”の回想録として始まる。

この冒頭は、小説の手法としても上手い。キャラ視点で展開するより、第三者の視点から物語を幕開ける方がよりスムースで、説得力があるからだ。似たような手法に田中芳樹の『銀河英雄伝説』がある。銀英伝も、冒頭部は、(実在しない)歴史家の視点で綴られていて、銀河帝国の始まりからヤン・ウェンリー、ラインハルトの生い立ちなどが、歴史書的に描かれているのがよかった。あれで読み手を一気に引き込むからね。竹宮恵子の『ファラオの墓』も同様。実在しない「エステーリア戦記」をぶち上げて、歴史書的なコメントを挿入することでリアリティを持たせた。本気にした幼少読者が本屋で『エステーリア戦記』を買い求めたほど。(魁!男塾 の民明書房刊みたい……)

ドストエフスキー伝によると、最初は、アリョーシャの視点で始まる予定だったが、途中で、”書き手”=第三者の視点で導入するプランに変更になったらしい。これはまったく英断。

私はアレクセイ・フョードロヴィチをわが主人公と呼んでいるが……(7P)

私の場合、一代記のほうはもともと一つなのに、小説は二つになっているのである。中心になるのは第二の小説で――これは、わが主人公の現代における、つまり、いま現在の時点における活動を扱っている。第一の小説のほうは、もう十三年も前の出来事で、ほとんど小説といえるほどのものっでもなく、わが主人公の青春期のほんの一モメントを描いているにすぎない。

ところが、この第一の小説を抜きにすると、第二の小説にわからないところがたくさん出てくるので、これはできない相談である。(8P)

世に知られる『続編=アリョーシャ皇帝暗殺説』を仄めかす内容。
皇帝暗殺だったかどうか分からないが、二部構成だったことは間違いない。

世に出ている『カラマーゾフの兄弟』が第一部(ほんのさわり)としたら、第二部はどれだけ膨大な量だったのか。

自分でも”クソ長い”ことを自覚していたらしいドストエフスキーは、こんな風に書いている。

第一の物語の二ページ目あたりで本をほうり出し、それっきり二度と開いてみなくても、それはいっこうにかまわない。しかし、なかにはすこぶる慎重な読者もいて、公平な判断を誤らぬために、どうあっても最後まで読み通そうという場合もあるわけで、たとえば、あがロシアの批評家諸君などは例外なくその口である。

まあ、こういう読者が相手なら、わたしもだいぶ気が楽というものだが、彼らがもっとも几帳面であり、良心てきであることをゆめ疑うものではないとしても、やはり彼らに対しても、小説の最初のエピソードのあたりで大威張りで本を投げ出せる口実を与えておくことにしたい。

さて、序文はこれでおしまいである。

これが蛇足だという意見には、私もまったく同感だが、なにせもう書いてしまったものであるし、このまま残しておくことにしよう。

では、本題にかかることにする。

。゚(゚ノ∀`゚)゚。ノ彡_☆バンバン!!

当時から、長い、長い、クソ長いと批判され、どうにか短文体質になろうとするも、やはり、ガンガン書き綴っては、責められ、突かれ、「やかましいわ!」の精神(=ほとんど開き直り?)で戦い続けたドストエフスキーの苦悩が垣間見えるような一文。

「これが蛇足だという意見には、私もまったく同感だが、なにせもう書いてしまったものであるし、このまま残しておくことにしよう」・・・私も同じ理屈で逃げてまス。

江川卓訳による読み直し

江川訳による読み直しプロジェクトはこちらです。(遅々として進んでおりませんが) メモが大量にあって、スキップしている箇所もありますが、注釈なども素晴らしいので、興味のある方はぜひ。 http://novella.blog/chapter/egawa

カラマーゾフ随想について

『カラマーゾフ随想』は、絶版となった江川卓訳(集英社)をベースに人と社会について読み解くコラム集です。 本作に興味をもたれた方は復刊ドットコムへのご協力をお願いします。投票ページはこちら。
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この記事を書いた人

石田 朋子

文芸愛好家&サブカルチャー・ファン。主に70年代~90年代の作品に思い入れがあります。寺山修司の名言『詩を作るより、田を作れ(揶揄)』をモットーに、好きな作品を次代に伝えることを目標にしています。海外在住につき、現代日本とは相容れない所がありますがご容赦ください。趣味はドライブと登山。