育児放棄された三兄弟の行く末《カラマーゾフ随想》原卓也訳(3)

原卓也訳(新潮文庫)の『カラマーゾフ随想』ですが、筆者が訳文に付いていけず、途中で江川訳に乗り換えました。詳しくは「江川訳をお探しの方へ」をご参照ください。

第一編 ある家族の歴史

淫蕩父フョードルの三兄弟について、もう少し詳しく見てみよう。

フョードルの特徴

およそ俗物で女にだらしないばかりか、同時に常識はずれの、ただ常識はずれと言っても自分の財産上の問題を処理するうえでは大いにやり手で、それだけしか能がないといった感じのするタイプの人間だった。

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そのくせ死んだときには現金で十万ルーブルに及ぶ金をためていることがわかった。それでいながら、やはり彼は終生この郡じゅうに、常識はずれな半気違いというのは大部分、かなり利口で抜け目ないものであり、つまり常識はずれ、それも何か一種特別な、民族的な常識はずれなのである。

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こういう人間がどんな養育者であり、父親であったかは、想像できるだろう。父親たる彼には、まさに当然起こるべきことが起こった。つまり、アデライーダとの間にもうけたわが子をまるきり放ったらかしにしたのである。それも、子供への憎しみからでもなければ、恥をかかされた夫としての何らかの感情からでもなく、ただ子供のことなぞすっかり忘れていたからにすぎなかった。

おるおる、こういう父親。道義も常識も通じない、典型的な田舎のオヤジ。『民族的な常識はずれ』の意味が分からなければ、こんな風に想像してみよう。祭りが好きで、何かにつけ村一番を自負し、「女に教育など不要」みたいに無茶苦茶な事を言い出す田舎のオッサンとか、「若い女の子があんな短いスカート履いて!」「嫁のくせに口答えする気か」等々、近所の噂話にしか興味のない地方のオバハンとか。都会のスマートな常識とは大きくかけ離れた、地方独特の慣習や価値観に拘る、中高年者に置き換えると解りやすいと思う。
加えて、飲んだくれ、女好き……となれば、近所の飲み屋におるおる、こういうヤツ、です。

その結果、長男ドミートリィは……

子供の祖父、つまりアデライーダ(母親)の父親である当のミウーソフ氏は、すでにこの世になかったし、未亡人になった祖母はモスクワに移ったあと、すっかり身体をこわしており、姉妹たちはみな結婚してしまったので、ほとんどまる一年というもの、ドミートリィは召使いのグリゴーリィの手元におかれ、召使い小屋で暮らす羽目になった。もっとも、かりに父親がこの子のことを思い出したとしても(実際のところ、我が子の存在を知らぬはずはなかったのだから)、どのみち乱行の邪魔になるばかりだったから、みずからまた召使い小屋へ追い払ってしまうにちがいなかった。

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こうしてドミートリィは実際に母の従兄にあたる伯父のもとに引きとられたのだが、この伯父には自分の家族というものがなかったし、しかも自分の領地からあがる金の受け取り方法を取り決めて確定するとすぐ、またもや長期の予定でパリへ急いで出かけたため、子供は従姉にあたるモスクワのさる婦人に託していった。ところが、パリに落ち着いてしまうと、彼も子供のことなぞ忘れてしまった

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このドミートリィは、フョードルの三人の息子のうちでただ一人、自分にはとにかくある程度の財産があるのだから、成年に達したら自立できるだろう、と確信しきって育ったのだった。<中略> さんざ遊びの限りをつくし、金づかいもかなり派手だった。フョードルから金を受け取るようになったのは、成年に達してからのことだが、それまでに借金をしこたま作っていた。父親であるフョードルを知り、はじめて対面したのも、すでに成年に達したあと、自分の財産に関して話し合いをするため、わざわざこの町にやってきたときにだった。

なんて可哀想なドミートリィ。まさに育児放棄の極み。愛の代わりに、金だけはたっぷり与えられた、どこぞのボンボンみたい。

父親への愛慕など皆無。初めて会った時も、札束にしか見えなかったはず。

だが、父親との金銭交渉は期待外れに終わり、禍根を残すことになる。

お次は、次男のイワン。これも育児放棄された典型である。

フョードルは四歳になるドミートリィを追い払うと、そのあとすぐ二度目の結婚をした。この二度目の結婚生活は八年ほど続いた。
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フョードルは夫人(ソフィヤ)に対して少しも遠慮せず、彼女がいわば彼に対して≪うしろめたい≫気持ちでいることや、自分が彼女を≪首吊り縄からたすけおろしてやった≫も同然であることにつけこみ、さらに、めったに見られぬほどの彼女の素直さやおとなしさをいいことに、夫婦間のごく普通の礼儀を足で踏みにじるような真似さえした。我が家へ、それも妻のいるところへ、いかがわしい女たちが集まって、乱痴気騒ぎをやってのけたのである。

先妻が亡くなった後、幼い頃から天涯孤独のみなしごで、養育者から迫害されていた十六歳の美しい娘ソフィヤをたらしこみ、再婚したフョードル。だが、上記のような理由で、二番目の妻は癲狂病み(強度のヒステリー発作を伴う神経症)になってしまう。
そんな妻との間に生まれた二人の息子が、次男のイワンと、三男のアリョーシャ(アレクセイ)だ。
重い神経症に罹った二番目の妻は、アリョーシャが四歳の時になくなってしまう。

残されたイワンとアリョーシャは、ソフィヤの元養育者である将軍夫人に引き取られ、夫人の死後は、県の貴族会長で、篤実な人でもあるボレノフ老婦人に育てられる。
高潔で慈悲深いボレノフ老婦人のおかげで、アリョーシャは健やかに育つが、イワンの方は、『成長するにつれ、なにかこう気むずかしい、自分の殻に閉じこもったような少年になった』。

決して内気なわけではないのだが、やはり自分たちが他人の家庭で、他人の情けにすがって生きていることや、自分らの父親が、その名を口にするのさえ恥ずかしいような人物であることなどを、十歳ごろからあとったようなところがあった。

元々、知能が高い上に、理知的で、繊細な少年だったのだろう。後に神と現代社会の葛藤をテーマにした『大審問官』という自作の詩をアリョーシャに語って聞かせ、『神がなければ、すべては許される』という有名な一文を口にする。

さらに成長し、大学にも進学するが…

我が国ではどうにも避けられぬお役所のさまざまな形式主義やスローモーぶりのために払い戻しが遅れたため、成年は大学の最初の二年間というものうっと、自分で生活費を稼ぎながら、同時に勉学せねばならなかったので、ひどく苦しい思いを味わう羽目になった。ここで指摘しておかなければならないのは、そんなときにも彼が父親と手紙で話し合おうという試みすらしなかったことである――ことによるとそれは、プライドや、父に対する軽蔑からかもしれなかったし、あるいは、どうせ父親からは多少なりともまともな援助なぞ決して得られるはずがないと、冷静な常識の判断が告げたからかもしれない。

既に精神的に父親と断絶している様子がありありと分かる。父フョードルの方でも、息子の困窮に何の関心も払わなかったのだろう。
様々な葛藤や躊躇いから、父親に頼りもせず、甘えもせず、すべて自分で処して、生きていこうとする、強い意志を感じる。
また生活苦の為に精神的に追い詰められる様は、『罪と罰』のラスコーリニコフを思わせる。
それでも強靱な意志と誇りから、イワンは文筆業で身を立てることに成功する。
その過程で著した、教会裁判をめぐる問題論文が、後々、フョードルの殺人事件でイワンを追い詰めることになる。

お次は、三男のアリョーシャ。
彼だけは主要な養育者である貴族会長のボレノフ老婦人の良い影響を受けて、まっすぐに育つ。

このアリョーシャという成年はまるきり狂信者ではなかったし、少なくともわたしの考えでは、神秘主義者でさえなかった。あらかじめ わたし(語り手)の意見をあますことなく述べておこう。彼はただ初歩の人道主義者だったというにすぎず、修業の道にひたすらすすんだとしても、もっぱら、当時それだけが彼の心を打ち、言うなれば、俗世の憎しみの闇をのがれて愛の光に突きすすもうとあがく彼の魂の究極の理想を示してくれたからにほかならない。

これは言葉通り。薄幸な少年時代を思えば、その道に進むのに何の違和感もない。
そして、アリョーシャの視点は、ドストエフスキーの第一の視点でもある。

そんな三兄弟が初めて父親の元に顔をそろえたのは、『ある意味では長兄ドミートリィの頼みと用件によるものだった』。後に登場する、女性をめぐる争いである。
そして、意外なことに、イワンもアリョーシャも、父親の家で『とても望めぬくらい仲よくやっているのである』。

青年は(イワンとアリョーシャ)は傍目にもわかるほどの感化を老人に及ぼしていた。父親は時にはいやがらせとさえ思えるくらい極端にわがままを言うこともあったものの、時にはほとんど服従するようにさえなった。品行さえ、時にはよくなったほどである……。

ここだけ見れば、ハッピーエンドの印象だが、父親に金銭的な恨みをもつドミートリィが加わることで、三兄弟の運命も大きく変わっていく。

だぁれが殺したクック・ロビン……ならぬ父親殺し。

しかし、彼らは既に父親に殺された息子たちであり、その代わりとなるものを修道に見出したアリョーシャを除いては、いずれも父=神不在の人間である。現実に生じる父親殺しの種をまいたのは、他ならぬ父親自身であり、ドミートリィもイワンも育児放棄された時点で正道から見放されたといえなくもない。

なぜ「そいつ」が父フョードルを殺害せねばならなかったか……の解説は後に置くとして、その後の悲劇は父なる神を失った子らの必然である。

一家の悲劇において、アリョーシャがイエス=キリスト的な立ち回りをするのは、彼らにとってやはり救いは「それ」しか無いからである。

イワンは悪魔というより群れから離れた子羊という感じ。
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原卓也訳のコラム

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カラマーゾフ随想について

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QUOTE CARD

  • どんな高邁な理想も、言葉だけでは人は動かせない。 身をもって示して初めて、理想が理想としての意味をもつ。 その後、彼は死ぬまで父を忘れず、その生き様を指針にするわけだが、愛とは何かと問われたら、慈しむだけが全てではない。身をもって生き様を示す勇気も至上のものだろう。 誰でも犠牲は怖い。  自分だけ馬鹿正直をして、損したくない気持ちは皆同じだ。  だが、その結果、一番側で見ている子供はどうなるか、いわずもがなだろう。  言行の伴わない親を持つほど不幸なことはない。  たとえ現世で馬鹿正直と言われても、本物の勇気、本物の優しさ、本物の気高さを間近に見ることができた子供は幸いである。 どんな高邁な理想も、言葉だけでは人は動かせない。 身をもって示して初めて、理想が理想としての意味をもつ。...
  • 「創造的」というのは詩を書いたり、絵を描いたり、という意味ではありません。無の平原から意味のある何かを立ち上げることです。 より良く生きる為に、日々、考えること、実行すること、その全てが『創造』です。 どんなに小さくても、昨日よりは今日、今日よりは明日、少しずつでも歩みを進め、善きものを積み上げることを「創造的な生き方」と言います。 「創造的」というのは詩を書いたり、絵を描いたり、という意味ではありません。無の平原から意味のある何かを立ち上げることです。 より良く生きる為に、日々、考えること、実行すること、その全てが『創造』です。...
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この記事を書いた人

石田 朋子

文芸愛好家&サブカルチャー・ファン。主に70年代~90年代の作品に思い入れがあります。寺山修司の名言『詩を作るより、田を作れ(揶揄)』をモットーに、好きな作品を次代に伝えることを目標にしています。海外在住につき、現代日本とは相容れない所がありますがご容赦ください。
※ 現在、制作巣ごもり中につき、ほとんど更新していません。