ショパン

左手は謳う ショパンコンクールとピアノソナタ第三番

ショパンとポーランド

日本に居た頃、ショパンには全く興味がなかったが、ポーランドに来てから積極的に聞くようになった。

公営のPolskie Radio Dwójka(日本のFM-NHKみたい)からひっきりなしに流れてくるショパンのピアノ曲に不思議なほど心を動かされたのがきっかけだ。ちなみに、この局では、ルビンシュタインやアシュケナージといった巨匠に並んで、古今の自国のピアニストの録音をよく流しており、世界的に有名な奏者の演奏ばかり耳にしてきた私にとって新鮮だった理由も大きい。やはり自国のピアニストが、自国の音楽家への誇りと愛情を込めて弾くのは格別なので。

風土というのは不思議なもので、一見スロヴァキアの田舎もポーランドの田舎も似たように感じるが、絵でも、建築でも、その土地に合った色形や工夫があり、同一という事は決してない。ジャマイカのレゲエがグダンスクの港町には似合わないように、ポーランドにはポーランドに合う曲調がある。日本では甘ったるいだけだったショパンの曲も、ポーランドで聴くと、不思議なほど儚く、美しく感じるのだ。

私の周囲を見渡しても、灰色の雲が垂れ込めた陰鬱な秋空。一気に色づき、一気に落葉する街路樹。カラオケもパチンコもコンビニもない古風な町並み。遠くから聞こえる教会の鐘の音。煙るような暖炉の匂い。日本の大都市で生まれ育った私にとって、ポーランドの地方都市は絵に描いたような静けさだ。
ジャガイモの皮を剥きながら、Radio Dwójkaから流れてくるショパンのノクターンを聞いていると、フランスの明るい空の下、ポーランドののどかな田園や雄大なヴィスワ河の眺めを死ぬまで夢見ていたショパンの気持ちが分かるような気がする。

実際、ショパンの生家、ジェラゾヴァ・ヴォラ (Żelazowa Wola)は辺鄙な所にある。ワルシャワ住民すら行き方を知らないような田舎町で(ショパンの生家があることすら知らない人もいる。2002年、初めてワルシャワを訪れた時、情報を得るのに苦労した。当時はGoogle Mapも無かったので)ベンツ社製とは名ばかり、共産主義時代の面影を残す手動開閉式ドアのおんぼろバスに乗り、土埃の立つ田舎道をガタゴトと揺られながら、「ほんとに、この先にショパンの生家があるのか? 国際的に名の知れた観光地が??」と強い不安を覚えたものだ。
ワルシャワ近郊といっても、そこは見渡す限りの森と農場。方々で牛がのんびり草を食む、欧州屈指の牛乳天国。
これが1830年代なら、尚のこと。
ジェラゾヴァ・ヴォラの奥地からウィーン→パリとやってきたショパンにとって、西側の都会の華やぎはいっそう胸に堪えただろう。
私がいまだに白米と醤油味を忘れないように、ショパンにとっても、「ワイン、クロワッサン、フォンド・ヴォー」より「ウォッカ、フレブ、ジューレック」が自身の血肉。
少年時代、ジェラゾヴァ・ヴォラとワルシャワを馬車で行き来していたショパンにとって、あののどかな田園風景がどれほど心に焼き付いたか、想像に難くない。

ショパンが現代に生きていたら、LOT航空で二時間で行き来できただろうに、19世紀はポーランドは遠かった。

だが、それゆえの調べである。

これがジェラゾヴァ・ヴォラのバス停(2002年)。今はもう少し綺麗になっていると思うが、国際的に有名な観光地のバス停とは到底思えない。看板すら無い。私も「ほんっとにココ? 記念館のバス停?」と何度も何度も運転手に確認したほど。ホットドッグの屋台すらない。

ジェラゾヴァ・ヴォラ  Żelazowa Wola
ジェラゾヴァ・ヴォラ Żelazowa Wola

内部は観光客向けに綺麗に整備されている。
ショパン 生家 ジェラゾヴァ・ヴォラ

庭園ではコンサートも開かれる。憂愁としたショパンの彫像。ちなみにショパンの彫像で笑っているのは一つもない。当たり前だが。爆笑してるショパンの肖像画とかあっても良さそうなのに(^_^
ジェラゾヴァ・ヴォラ  ショパン

左手は謳う ピアノ・ソナタ第三番

多くののポーランド人はショパン・コンクールよりユーロカップ、『ショパンコン』の存在さえ知らない人が圧倒多数だが(日本人なのに、なぜそんなにショパンに詳しいのと言われる。それは外国人の方が黒澤映画や盆栽に詳しいのと同じ)、ショパンコンクールの季節になると、ラジオからはしょっちゅうショパンの楽曲が流れてくるし、開催中は舞台裏ドキュメンタリーや記念コンサートなど関連イベントも目白押し。国営放送のTVP Kulturyでは、一次予選から本戦、表彰式、入賞者コンサートまで、連日通しで中継し、公式ウェブサイトでも出場者のプロフィール、日程、演奏アーカイブなどを紹介、観光局や文化省など国力をあげて取り組んでいる。(YAMAHA、Stanwayなど、ピアノメーカーの協賛も大きいが)

それに、私が初めて視聴した2005年のショパンコンクールは、画質も暗く、ノイズが入りまくり(弱音や休止でミシッ、ブブブっと音が入る)、NHK・劇場中継のクオリティを知っている私としては「本当にここで暮らしていけるのかしら」と不安になることしきりだったが、あれよあれよという間に経済成長を遂げ、ITや撮影技術も著しく向上、2015年の中継はNHK劇場にも引けを取らないほどの品質となった。公式サイトのセンスも日本の文化系サイトをはるかに上回る。

ポーランド人でも、一次予選から連日通しでショパンコンクールを視聴する者など、ユーロカップの視聴者の1%にも満たないだろうが、連続して見ていると、お気に入りの演奏家に出会えるし、「この人はいける。この人は難しいかも」等々、にわか審査員の気分も味わえる。何より未来のスター誕生にライブで立ち会えるのが嬉しい。

ピアノ・コンペティションとはいえ、求められる体力と精神力はアスリートのそれと変わりない。約三週間、本選まで高いテンションと集中力を維持できる人など希有だろうし、これしきに持ちこたえないようでは、到底、世界の檜舞台に立つことはできない。しかも開催年は五年に一度、プロ野球みたいに「負けても来シーズンがあるじゃないか」なんて慰めは通用せず、一生にただ一度、のるかそるかの大勝負と思えば、奏者の気合いも半端ない。既に舞台活動をこなし、参加前から優勝候補と目されている人も、ぎりぎりで書類審査に通った人も、一生に一度のチャンスをかけて、全力で立ち向かうのがショパンコンクールの魅力であり、魔力でもある。――もっとも、多くのピアニストにとって、ショパンコンクールなど一つの通過点に過ぎないのだけども。

特に、三次予選(準本選)の気迫と緊張感は、日本刀の居合抜きのようだ。
このレベルになると、素人には、誰が優勝候補で、誰が予選落ちかなど、見分けが付かないほどハイレベルな争いになる。これに勝ち抜けば、本選=ピアノ協奏曲。あとは高確率で入賞に手が届くだけに、奏者の意気込みも比ではない。一次も二次も同じくらい苦しいかもしれないが、三次まで勝ち上がって本選に行けないなんて、これほど悔しいこともないだろう。ドレスも用意したのに! オーケストレーションの訓練も重ねたのに! 私なら地団駄を踏むどころの騒ぎじゃない、ピアノに身体を括り付けて、ヴィスワ河に身投げするだろうよ。

それだけに、三次予選の課題曲、ピアノソナタの響きは格別だ。いわば最後の打ち上げ花火、総力を結集して課題に立ち向かう。ある意味、本選よりサバイバル感が漂うだけに、厳しさと美しさもひとしおだ。

わけてもSonata in B minor 、第三番の哀愁と叙情性は白眉のもの。特に第四楽章の主題は、最後の難関にふさわしい華やかさで、これほど聴衆を感動させる響きもまたとない。
ソナタはいわばピアニズムの集大成。ワルツやノクターンも大事だが、ソナタに関しては複数の楽章からなり、より構成力を求められる。
第一楽章がよくても、最終楽章が盛り上がりに欠ければ拍子抜けだし、楽章ごとに弾きわける技術と感性がなければ、ちぐはぐな演奏に終わる。
複部構成といえば協奏曲も同様だが、協奏曲の場合、指揮者とオーケストラにも左右されるから、奏者一人のセンスとなれば、やはりピアノソナタの方が際立つ。
特に三番は終楽章の華やかさにおいて二番より印象深いので、栄光を賭けた舞台によく映える。四楽章を弾き終わった後の、「全力を出し切った」という表情がアスリートのように清々しく、感動的なのだ。

そんな第三番の最大の魅力は何かといえば、やはり終楽章の中間部、主旋律(右)と副旋律(左)が掛け合うパートだろう。

奏者の大半は、まあ右利きだ。右手指の方が左より強く、早く、動く。

右手が主旋律を奏で、左手が伴奏するのは、実に自然に適っているのだけども、低い和音を響かせる為に、左手はより深い力を要求されるし、解剖学的な理由から、どうしても親指・人差し指より小指・薬指の方が鈍くなる。最もか弱い左手の小指に、最も低く深い音を要求されるのは、右手でスケールを弾き飛ばすより過酷だったりする。その為、退屈な基礎練習を朝から晩まで繰り返し、左手指も個々が完璧にコントロールできるよう訓練するわけだが、左右の差は簡単には埋まらない。まして、左手で叙情的な副旋律を奏でるとなれば、技巧以外にセンスも必要。左右で異なる旋律を掛け合う場合、どちらをより響かせるかで曲の印象もまったく違ってくるからだ。

たとえば21:56あたり。左手で副旋律を奏でるわけだが、右手の主旋律を殺さないように、左手をレガートで弾く必要がある。一見、単調な音の繰り返しでも、指が弱ければ音が響かないし、そこだけに神経が集中すれば、他がおろそかになる。特にこのパートは軽やかに謳う箇所だから、左手指のコントロール力と叙情的なセンスが大事。

23:25あたり。この左手の副旋律も大好き。インゴルフもいい顔で弾いている。ほんと、『左手は謳う』の世界。

24:00。クライマックス。ここも低音の主旋律の奥で、左手が謳うのがすごく好きだし、それに続く、右手の小指の高音で奏でる主旋律の華やかさがまたいい。これも小指泣かせだけども、ここまでくればコンクールの死闘もあと僅か、有終の美を飾るように打ち上げ花火が上がる。人によってはこれが最後と思うと、この華やかさがかえって切ない。奏者全員に優勝盾を贈りたいほど。

Ingolfはポロネーズも壮麗の一言。ここまで深く指が入るのが羨ましい。終盤の躍動感、キーをつかむような指使い、予選でも際だってたものね。

2010年のショパンコンクールは強者ぞろい

私の場合、2005年、2010年、2015年と経験したわけだが、やはり心に焼き付いているのは2010年だ。この回はハイレベルな闘いで知られ、誰が優勝してもおかしくない接戦だった。その特徴を一言で表せば、『キャラ立ち』。2015年の参加者も上手だが、2010年はキャラクターで際立つ人が多かったのだ。

たとえば、優勝者のYulianna Avdeeva – ユリアンナ姐さん。存在感がラオウみたいだな、と思っていたら、本当に優勝してしまった。
万国のインゴルフ・ファンは涙に泣き濡れたと思う。そのせいか、いまだにユリ姐の優勝を疑う声は少なくない(YouTubeでも、粗っぽいと不満の声が(^_^;)

ユリ姐は、女性ショパン弾きのイメージを覆す人だったと思う。衣装もパンツスーツ、右手には金の指輪が光り、本番寸前まで携帯電話で彼氏とチャットしてたラブラブ余裕ぶり。パワフルで、自信に満ちて、先生のいいなりみたいな優等生タイプとは一線を画する。指も強い。後述のKateさんと聞き比べると個性の違いが感じられて面白い。
でも、彼女とIngolfのどこで差が付いたのか、本当に分からん・・。

私が応援していたのは、ニコライ・ホジャイノフ君。今、日本でも注目されてるkど、私なんか2010年のショパンコンクールの予選から目を付けていたもんね、へっへっへ(`ー´〃)
くるくる金髪が可愛い上に、彼の弾く演奏は良い意味で教科書的で好きなんだ。
この子のFantasy in F minor が好きだったんだな。一音一音がまろやかで、弱音も丁寧で。ピアノって、実は弱音の方が難しいんだよな。私の経験では。
残念ながら入賞は逃したけれど、マイペースで育ってくれて、本当に嬉しい(ママの気分)

2015年はKateさんが素敵

2010年のキャラクターがあまりに強烈だったゆえ、2015年は淡々と過ぎた感じ。この回の入賞者が2010年に出場していれば、何人かは本選にも残れなかったのではないかと思うほど。2015年は一言で表せば『流暢』。粒の揃った、ノーブルな演奏が上位に入っている。前回がラオウのユリ姐を筆頭に、インパクトのある奏者が多かっただけに、ややおとなしい印象が否めないが、個人的にはKateさんが良かった。ラオウのユリ姐とは対照的。

ところで、男性と女性では、やはり肉体的な差が否めず、女性の方が音が浅いな、と感じることがままある(表面的にパラパラ鳴ってる感じ)。
池田理代子の『オルフェウスの窓』でも、女性のユリウスが、男性のイザークの節の太い指を見て、「この指でベートーヴェンを弾くのか」と圧倒される場面があったけど、本当にそう。上記のIngolfとKateさんの指の違いも一目瞭然、やはり女性は宿命的に弱い部分がある(それだけに、ユリ姐のラオウっぷりが凄いのだが)。
その分、どこでカヴァーするかというと、解釈、表現、リリシズム、バランス、いろいろある。男性に負けじとヤケクソみたいに打鍵したところで、決して美しい音は出ないし、ユリ姐みたいに『雑』な印象をもたれては元も子もない。
その点、Kateさんは非常に丁寧で、自分の持ち味を活かしておられると思う。ショパンというと、叙情性を意識しすぎて、表現がオーヴァーになる人もあるけど、Kateさんは流れる水の如く、自然でいい。ドラマ性でいえば、Ingolfの方がクライマックスへのもっていき方がすごいけども。

ちなみに第三番は出だしが全てかな……と感じる。どの楽曲も『最初の一音』が肝心だけど、特に第三番は最初の「タララララン」で、どこまで聴衆を引きつけられるかが大きいからね。同じ旋律が数回繰り返される中、三度目の弱音をどう弾きわけるかで力量も分かるしね。

Kateさんは協奏曲がよかった。流麗。

Spotifyで聞きくらべ

最後に、大御所ポリーニの演奏を貼っておこう。『左手は謳う』の指使いが好き。人間の技とは思えないよね。

ペーテル・ヤブロンスキの『左手は謳う』も全力疾走みたいでいいよ。

でも、ご当地ピアニスト、Bogdan Czapiewski の演奏が一番ポーランドっぽくていいんじゃないかと思ったり。

こちらもユニーク。こういう弾き方も珍しい。Vladimir Shakin。

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