キャバレー

ヤクザは人間ではない 角川映画『キャバレー』とサックスの名曲「レフトアローン」

角川映画もちょっと鼻についてきたかな~・・という頃に、突如、JAZZ+オトナ路線で意表をついたのが『キャバレー』。

野村宏伸クンの、なんともいわれん素人っぽい演技がアレですけど、TVCMのあの場面は強烈でした。

http://www.kadokawa-pictures.jp/official/cabaret/


↑ いつの間にかAmazonビデオで配信されてました。

ヤクザが言う事を聞かないバンドマンの指を切り落とし・・

俊一(野村宏伸)「ひどい……あんた人間じゃない」

ヤクザの親分(鹿賀丈史) 「オレはヤクザなんだよ」

このCM動画もTVで繰り返し流れ、『キャバレー』のあらすじは知らなくても、マリーンの唄う主題歌『Left Alone レフトアローン』が強烈に耳に残っている人も少なくないのではないでしょうか。

このCMには「オレはヤクザなんだよ」は入ってませんが、バブル時代を体験した人なら、「そうそう、こういう作品があったなー」と思い出すはず。

映画『キャバレー』は「ひどい、あんた人間じゃない」→ 「オレはヤクザなんだよ」→ 「ヤクザは人間ではない」という弁証法(?)が深く心に刻まれた作品でもあります。

まあ、鹿賀丈史に言わせれば、『人間でもなければ、悪魔でもない』、超然とした存在なのでしょうけど、でも、ヤクザというだけで、人間以外の何かになってしまえるものなのか。私にはよく解りません。

だって、人を脅したり、騙したり、利用したり、時にはマグロ漁船に乗せたり、泡風呂に沈めたり。

普通の人がやらない事を平然とやれるのか。

普通、目の前で人が泣いて謝ったら、ああ、こちらにも非はあったかも……と思い直して、仲直りするじゃないですか。仲直りとまではいかなくても、それ以上攻撃することはない。

でも、ヤクザって、相手が謝ろうが、泣いて土下座しようが、問答無用で痛めつけるでしょう。

良心も疼かないし、反省もしない。

本当に心の底からそんな風になれるのか、私にはなんとも信じがたいからですよ。

少なくとも、日本で育った人に関しては。(つまり、宗教に洗脳されているわけでもなければ、首狩り族みたいな風習があるわけでもない)

*

私も、看護職を通じて、三人の親分さんと接したことがあります。

けっこう有名な組長さんらしくて、日曜日になると、一目でそれと分かる方々が徒党を組んでお見舞いに来られるので、一瞬、病棟が蒼然としたりするのですが、患者さんや医療スタッフ相手に「ゴラァァァ」する人なんて皆無で、事情を知らない人から見れば、政府か大企業のVIPが入院しているのかと思うほど。

それくらい、皆さん、礼儀正しいし、腰も低くて、看護婦やドクターの言うことも子どものように素直に聞いて下さる。治療にも積極的で、受付で「いつまで待たせんのじゃ!!」と凄むこともない。私も一度、松竹映画の主人公みたいな若頭さんに、私の説明を熱心にメモして頂いた時は、感銘を受けましたよ。どこの世界に、看護婦の指示を、これほど熱心にメモして下さる付添人がいるのか。それも背筋をピンと伸ばして、まるで王室付きのシークレットサービスみたい。私もいろんな人を見てきたけど、あれほど姿勢のいい人は見たことがないです。後述の「藤原さん」しかり。

確かに、組長クラスの健康問題は、大会社の社長なみの一大事であり、企業機密なのでしょう。

いくらまとまりのある組織でも、突然、組長が倒れたら、ややこしいことになるのは、会社も親族も同じです。

だから、重度の病気でなくても、本人も、脇の人も病状回復に必死になる。

一日も早く元気になって、職場復帰しなければならないのは、組長もサラリーマンも同じです。

聞いた話によると、やくざの世界にも「どのドクター(病院)が信頼できる(口が堅くて、腕がいい)」という情報網があるらしくて、その筋専門のドクターもゴニョゴニョです。それは決して、やくざに便宜を図るという意味ではなく、情報守秘の義務と権利は、相手が大臣だろうが、やくざだろうが、等しく保障されるものですから、医師はもちろん、看護婦も検査技師も病棟助手も、ペラペラとお喋りで、「今、○○組の組長さんが入院してはるねん。××癌で、余命六ヶ月らしいわ」なんて公言するようなスタッフがいては道義に反します。もちろん、マスコミへのリークなども絶対にタブー。政治家、芸能人も同様です。ちなみに今までVIPの病状がリークして、日本中が騒然としたことがありますか? ないですよね。

そんなわけで、自分の勤め先に、その筋に名の通ったドクターが居ると、その筋の方が診察にいらっしゃるのも珍しいことではなく、待合室のソファに、一般の患者さんと同じように腰掛けて順番をお待ちになる姿も目にします。もちろん、医療者が「この人、やくざですよー」なんて言うことはないし、病気で苦しんでいる者に人間もやくざもありません。(たとえ陰で悪いことをやってるにしても)等しく医療を受ける権利があり、また医療者も公正に治療を行う義務があるのです。

そんな感じですから、組長クラスになると、健康管理に対する気遣いも一般とは異なります。

血圧でも、血糖値でも、きっちりノートに記録して、服薬も指示通りになさるし、お酒や美食も控えて、回復に努力もされる。

看護婦の言うことにも真摯に耳を傾け、「ありがとうございます」「よろしゅうお願いします」、深々と頭を下げて、気遣いも欠かしません。

お帰りになってから、「あの方、立派ですねぇ。どこか有名な会社の社長さんかしらん」と嘆息すると、「アホやな、あんた。○○組やで。立派に見えても、やくざはやくざやで」と先輩たちから諭される始末。

その度に、鹿賀丈史の台詞が脳裏をよぎったものです。

「ひどい……あんた人間じゃない」

「オレはヤクザなんだよ」

にわかには信じがたいけど、一度、その道に入ったら、人間以外の何かになれるのかもしれません。

だとしても、どこか人間としての気品や思いやりを持ち続けられるのは何故なのか。

間近で見れば見るほど、人間の不可思議を感じずにいないのです。

※ これらのエピソードは1990年代の話です。まだ任侠が通じた頃の懐かしい逸話です。

初稿: 2015年9月29日

ハロウィーン本番の31日、指定暴力団山口組が神戸市灘区の総本部前で子供らに菓子を配った。

 区内の住民らはこの日に合わせ、総本部周辺で初の「暴力団追放パレード」を行い、暴力団排除の機運を高めた。

 山口組のハロウィーン行事は近隣住民の懐柔が目的とみられる。平成27年には一部幹部が離脱し、指定暴力団神戸山口組が結成される分裂騒動の影響もあったためか中止されたが、以降は毎年開いている。

 一方、兵庫県警は山口組側に行事をやめるよう自粛を要請しており、今年は行事に合わせ住民団体らが初めてパレードを企画。約100人が総本部周辺を約15分かけて回り、「暴力団はハロウィーンをやめろ」「子供たちを巻き込むな」などと訴えた。パレード後、住民団体役員の男性は「暴力団と地元の子供たちの関わりを断っていくため、続けていかなければならない」と話した。

 しかし、山口組側は直後に行事を開催。かぼちゃの被り物をした組員らが、「ハッピーハロウィーン」などと呼びかけながら子供たちに菓子を渡していた。さまざまなキャラクターに仮装した子供らは呼びかけに応じ、母親らとともに次々と総本部内に入っていった。

 山口組側が渡した菓子は綿菓子やチョコレートなど。ほかにトイレットペーパーも含まれていた。菓子を受け取った地元の小学6年の男子児童は「親からは『怖い人』と聞いている」とする一方、「実際に会ってみたら笑顔で優しかった」と振り返った。中には毎年受け取る友人や、1日に何度も菓子をもらいに行く友人もいるという。

 この児童は「学校の先生から『知らない人に物をもらってはいけない』と教わるけど、この日は毎年楽しみにしている」と語った。

http://news.livedoor.com/article/detail/15527618/

反対運動したい人の気持ちも分かるけど、相手が目に見える形で危害を加えるならともかく、本当に善意でやっているとしたら(やくざにも善意や社会意識はある。チンピラには無いけど)、完全に断絶するより、どこかに接点を残した方がいいような気がします。それは決して反対運動が無意味というわけではなく、相手も人間ですから、北風と太陽みたいに、ビュービュー吹き付けると、いっそう分断が進み、相手の態度も硬化するのではないか――という懸念です。

やくざと接点! 恐ろしいざます! と脊髄反射せずに、少し考えて欲しい。

どうして日本に、とりわけ神戸に、こういう人たちが存在するのか、これだけ社会に忌み嫌われ、明確に否定されながら、存続できる理由は何なのか、そして、悪いとわかって、なぜ警察は踏み込まないのか。

排除する前に、子どもに教えることはたくさんあります。

私が子どもの頃は、「日本で一番治安がいいのは、○○組総本部の近所」という冗談があったぐらい特殊な存在でしたが、今でも思うんですよ。

こういう人たちが睨みを利かせているからこそ、逆に、守られる秩序もある、と。

ハロウィンでトラックを横転させて暴れている若い子だって、ここではできないですよ。絶対にできない。「さあ、やってごらん。おやつをあげるから」と言われても、まあ無理でしょう。

それは暴力に対して、さらに強い暴力が威圧しているだけの話じゃないか、と思うかもしれない。

でも、一つの現実として、こうした影のパワーが世界のバランスを保っている。

やくざに限らず、政治、軍事、ビジネス、いろんな所に、そうした力は垣間見えます。

夜があるから昼がある、みたいに、切っても切れない何とやら、なのですよ。

仮にこの世から全ての銃器が無くなったら、銃による殺人はなくなるかもしれないけども、何十万、何百万が雪崩ののように国境を乗り越えて、パニックになる所もありましょう。

それは決してあってはならない、認めたくない現実だけども、「いざとなれば射殺しますよ」みたいな訓練された人間がいるから保たれている平和もあるわけで、そこから目を背けて、子どもに綺麗な世界だけ見せようとしても、かえって短絡思考に陥りかねないと思うのですよ。今後いっそう、物事の多面を理解する知性と感性が必要とされる時代に、です。

そんなことを言うなら、お前、実際に、やくざの近所に住んでみろ、と思う人もあるかもしれません。

でも、私が経験した限り、あの組長がいたから、地域も荒れず、区民運動も荒れず、妙に平和だった記憶があります。

それは決して認めたくない現実だけど、ああいう人にしか守れない秩序が存在するのは確かです。

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