バルタサル・グラシアンの成功の哲学 人生を磨く永遠の知恵

バルタサル・グラシアンの成功の哲学 人生を磨く永遠の知恵

正月、本棚を整理していたら、久しぶりにこの本のタイトルを見た。

 バルタサル・グラシアンの成功の哲学―人生を磨く永遠の知恵 (単行本)
 著者  バルタサル グラシアン・イ・モラレス
 定価  ¥ 1
 中古 31点 & 新品  ¥ 1 から
 5つ星のうち 4.5 (2 件のカスタマーレビュー)

「成功の哲学」──と言うと、「お金持ちになる方法」とか「眠りながら夢が叶う」といった、今流行の自己啓発ものを想起させるけれど、これはあくまで出版社がキャッチな目的で付けた邦題。

本当のタイトルは、「The Art of Wordly Wisdom」。

賢く生きるための処世術が網羅された本である。

手に取ったのは、10年前。

仕事や人間関係の悩みが多かった頃のことだ。

この本は「こうしたら金持ちになれる」みたいなハウツーものではなく、「頭のいいおじいさんの人生訓」といったところ。

17世紀から今日に至るまで、ニーチェやショーペンハウアーといったヨーロッパの知識人に読み継がれた『知恵の書』だけに、書かれていることは恐ろしく現実的で、鋭い。

章立ては次の通り。

『人づきあいの知恵』32章

・ガラスのような心では人間関係はうまくいかない
・人をほめすぎると自分の評判を落とす
・やたらと愛想のよいものを信じるな
・人の欠点には慣れておけ
・人を厳しく非難してはいけない
・相手にすっかり腹を割る必要はない …etc

『自分づくりの知恵』14章

・欠点を恋人にするな
・善良すぎてはいけない
・孤高を気取らず、人々と共に歩め
・自分の最も大きな欠点を知れ …etc

『仕事に関する知恵』37章

・自分の過失と心中するな
・強情を張ってはいけない
・世評の芳しくないことには手を出すな
・身の引き時を知れ
・自分が正しいときでも譲ってみせよ
・手順よりも結果を重視せよ
・相手に目をかけ、引き立ててやれ …etc

『友情を育てる知恵』8章

・知識の豊富なものとつきあえ
・愚か者とはうきあうな
・節度をわきまえた人間のつきあえ
・愛しきってもいけないし、憎みきってもいけない  …etc

『ライバルに差をつける知恵』7章

・人と争ってははらない
・悪意に満ちた他人の目を鏡とせよ
・将来敵となりそうな者を味方につけておけ  …etc

『人から愛される知恵』22章

・真実を告げるときは慎重に言葉を選んで話せ
・無教養だと思われまいとして、へりくつを言ってはならない
・恩は一度に少しずつ、頻繁に与えよ
・窮地ははぐらかして切り抜けよ
・嘘をついてはならないし、真実をすっかい話してもいけない  …etc

『ツキと幸運を呼び込む知恵』7章

・自分の幸運の星を探せ
・幸運に恵まれても不運に見舞われても冷静さを失うな
・幸運のときにこそ不運のときに備えよ  …etc

『よりよい人生を送る知恵』33章

・何事もよい面を見るようにせよ
・自分のまわりにこれぞという人間を集めよ
・考えるときは少数派、話すときは多数派であれ
・人生が終わりに近づいてから生き始めるな
・何か問題が起きたときは自然に収まるのを待て   …etc

『策を弄して生き抜く知恵』25章

・ときには蛇の悪知恵を、ときには鳩の善良さをもってことにあたれ
・人に名誉をあずけるなら、相手の名誉を担保にとれ
・目上の者とは秘密を共有するな
・欲しいものがあるときは、人に譲るふりをしてみせよ
・相手に合わせてマヌケなロバの皮をかぶれ
・失うもののない者と争ってはいけない  …etc

『豊かな知識を身につけよ』7章

・人から知恵を借りよ
・良識なき知識のもたらす害は計り知れない
・洗練された高尚な知識を蓄えよ …etc

  

全部で200章だが、一つ一つが数行、長くて20行ぐらいのコンパクトな文章にまとまっているので、とても読みやすい。

また、章ごとに読み進めたり、気になる箇所から拾い読みできるのも大きな魅力である。

そして、この本の非常に興味深い点は、決して「綺麗事」は書いてないということだ。

たとえば、『人は外見で判断する』という章。

人は外見で判断する

内面を磨くと共に、外見にも気を配れ。世間の人は、ものごとを実質どおりに見ることはなく、外見をそのまま受け取る。
優れた才能をもつ者が、それを人目に印象づける工夫をすれば、世評はさらに高まる。目に見えないものは、この世に存在しないも同然なのだ。思慮分別をわきまえた者でも、それらしい顔つきをしていなければ、世間から尊重されることはない。世の中には具眼の士よりも、あっさりと外見にだまされる人間のほうが圧倒的に多いのだ。
欺瞞のはびこるこの世では、ものごとはただ外見だけで判断され、しかも見かけどおりのものはほとんどないといってもよい。とはいえ、そういう時代だからこそ、いくら優れた才能を備えていても、それを人目につかせる工夫をしなければ、世に認められるきっかけすら得られないのである。

「外見」と表現されているが、「キャリア」「肩書き」「学歴」などに置き換えると分かりやすい。
「キャリアや学歴は関係ない」と言っても、結局、人は見た目で判断するし、何ものでもない者がすぐに信用を得られるほど世の中は甘くない。
だからといって、デブやブスは人に愛される資格もないとか、低収入、低学歴は幸運を掴むチャンスもない、とかいうのではなく、何かに欠けるなら、他で補えばいい話。
持ってなくても、持ってるような顔で生きていくのが知恵というもの。
たとえば、ポケットに1000円しかなくても、一流ホテルのロビーで金持ちみたいな表情で過ごすことはできるのが本物のエレガンス。そういうものを身に付ければ、平素コンビニ弁当をかっこむような暮らしでも、ホテルマンに上客扱いされる。そして、それが自信に繋がっていく。
持ってないものを、持ってるように見せるには、それなりの研鑽が必要だが、それだけの研鑽を積んだ頃には、自ずと運も尊敬も付いてくるだろう。

人の中傷を無視せよ

無視することを覚えよ。
欲しいものがあるときは、そしらぬ顔をしてみせるのもひとつの手である。
この世のものはすべて天上のものの影だから、影のような動きをする。
こちらが追い求めれば逃げてしまうし、こちらが逃げれば追いかけてくるのだ。
ずる賢いだけのろくでもない者たちは、一流の人の言うことにいちいち難癖をつけたがる。
真の名声に値するようなことは何一つできないから、優れた人々にくってかかることで間接的にその名を高めようとするのだ。
優れた敵の目にとまり、彼らと論戦を交えることがなかったら、無名に終わっただろうと思われる者が大勢いる。
いずれにせよ、自分と張り合い、打ち負かそうとする者がいるというのは幸せなことだ。

「この世のものはすべて天上のものの影だから、影のような動きをする。こちらが追い求めれば逃げてしまうし、こちらが逃げれば追いかけてくるのだ」というのは、まさに至言。言い訳に言い訳を重ねて、状況をこじらせる人は、今すぐその場をハンドルしないと気が済まないのだろう。素知らぬ振りは難しいが、何でもまともに相手していたら、かえって自分の価値を貶めるのは本当。

「ずる賢いだけのろくでもない者たちは、一流の人の言うことにいちいち難癖をつけたがる。真の名声に値するようなことは何一つできないから、優れた人々にくってかかることで間接的にその名を高めようとするのだ。優れた敵の目にとまり、彼らと論戦を交えることがなかったら、無名に終わっただろうと思われる者が大勢いる」というのはTwitterでよく見かけますね^^;
誰かに絡まれたら、「いずれにせよ、自分と張り合い、打ち負かそうとする者がいるというのは幸せなことだ」と思っておきましょう。

何か問題が起きたときは自然に収まるのを待て

事態を収拾しようとして下手に手を出すと、かえって大きな災いを招くことになりかねない。
なりゆきにまかせて、人々の心が正しい方向に向かうのを待つがよい。
賢明な医師は、いつ処置を施せばよいか、また施すべきでないかをよく心得ている。
ときとしては何の処置もしないほうが、患者を快方に向かわせることさえある。
しばらくは時が過ぎ去るのにまかせておけば、やがては騒ぎも収まるものだ。

問題が起きると、火消しに躍起になる人もあるけれど、人の噂も75日、よほどの悪事でもない限り、いつしか世の中から過ぎ去ってしまう。
自分の都合よく状況をコントロールしようとして、あっちの意図を探り、こっちに悪口を吹きこみ……というようなことを繰り返していると、必ず足元をすくわれる。
失敗の痛みは誰にとっても辛いが、じっとしていた方が出血も少なくて済む。
もう無理、と思ったら、諦めて、その場にうずくまる。そして、嵐が過ぎ去るのを待つ。

孤高を気取らず、人々と共に歩め

ひとり孤高を気取るよりも、人びとと共に歩め。まわりの者がみな狂っているならば、自分も狂っているほうが安心できる。自分ひとりがまともなつもりでいても、世間からは変人扱いされるのがおちだ。大切なのは時代の流れに合わせて生きることだ。だから、ときとしては、何の知恵もないが、知恵のないふりをする者が、いちばんの知恵者だということにもなる。
人は他人の中で生きなければならない。そして、この世の大多数は無知な人々なのである。神にも匹敵する優れた特性を備えた人間か、あるいはまったくの野蛮人でもなければ、たったひとりで生きていくことなどできない。また自分ひとりが愚か者と見られるくらいなら、大衆と共に聡明に生きた方がよいともいえる。

近年、「自分らしく生きる」ということが、以前にも増してキラキラ語られている節があるが、「長いものには巻かれろ」の喩えもあるように、普通の人は周りと足並み揃えた方がうんと生きやすい。大衆の中に埋もれまいとして、わざと人と違うことを言ったり、行ったりする人も少なくないけれど、この世の中は、上に行くほど、恐ろしく保守的で、またそうした保守的な人たちによって社会は運営されている。よほど突き抜けた才能なり、バックがあるのでなければ、周りの神経を逆なでするような事をするより、(見かけだけでも)従順に合わせた方が得策ということ。変わった言動をしなくても、優れた業績を上げれば、あるいは新設や礼儀を通せば、人は自ずと仰ぎみてくれる。
大衆を馬鹿にするものは、いつか大衆に見限られる、という喩え。

世評の芳しくないことには手を出すな

世間の評判がよくないことには手を出してはいけない。なおいけないのは、それによって名声を得るどころか、あざけりを招きかねない荒唐無稽な話に首を突っ込むことである。
世間には、気まぐれに設立されたとしか思えないような、さまざまな主義や主張を掲げる団体がいくつもある。良識ある人間ならば、こういった人びとにはいっさいかかわりあいにならないようにするべきだ。世間には風変わりな趣味をもつ人がいるもので、彼らは知恵ある者ならば見向きもしないものにかぎって手を出したがるのである。奇抜なものならば何でも有り難がり、そのおかげで世間に名を売りはするが、それは往々にしてもの笑いの種になっているだけのことで、声望を高めているわけではない。
学問をする場合でも、思慮ある者ならばそれをひけらかしたり、世間の注目を集めたりするようなことは避けるべきなのだ。ましてや人びとの嘲笑を招きかねぬいかがわしいことに手を出すなら、なおさらだろう。

これもネットに置き換えると分かりやすい。ネットで噂になることは、斬新で、大勢が支持して、可能性に満ちあふれているような錯覚を覚えるけれども、中には、野次馬根性で話題にしているだけのこともあるし、当事者が真剣に考えるほど、傍は気にもしていない。皆が無責任にもてはやすことを、いちいち真に受けて、その通りにしていたら、一部では喝采されても、その他大勢からは冷笑されるだけ、そのあたり、きちんと見極めないと、本当に人生を誤りかねない。
世の中には、もう一つのメインストリームがあって、実際に社会を動かしているのは、傍からは見えない繋がりや人物だったりする。そういう事は、社会としっかり関われば、自ずと見えてくるもので、情報の上澄みと物事の実際を混同しないこと。あえて言うなら、普通一般の人は差し障りのない事しか口にしないもので、「いいね、すごいね」の褒め言葉も、心底からそう思っているのではなく、反論すると面倒だから、調子だけ合わせていることも多い。

選択する能力が人生を左右する

人生は選択する能力があるかないかによってほとんど決まってしまう。間違いのない選択をするには、優れた眼識と判断力が要求される。知性にあふれ、努力を惜しまなくても、それだけでは不十分なのだ。ものごとを識別し、正しい選択ができなくては、人間としての完成は望めない。選択する能力が必要である。
創意に富んだ明晰な頭脳と確かな判断力を備え、勤勉で、知識も豊富なのに、いざ選択をする段になると失敗してしまう者が数多くいる。なぜか、いつも最悪のものをつかんでしまうのだ。

子育てでも、あの能力、この能力、能力さえ身に付ければ、幸せになれると信じて疑わない親御さんが多いが、一番大事なのは、良い案件と悪い案件を正確に見分ける能力。これがなければ、どれほど頭がよくても、高学歴・高収入でも、悪い人間に騙され、悪の片棒を担がされ、どう見ても負けが確定したレースに大枚をはたいて、取り返しのつかないことになるから。
逆に、図抜けた技能やキャリアがなくても、人を見極め、悪い話に近づかない嗅覚を備えれば、そこそこに幸せに暮らすことができる。
高い所に上れなくても、穴に落ちないようにするだけで、苦労や失敗は激減する。

自分づくりの知恵

人づきあいの知恵

仕事に成功する知恵

よりよい人生を送る知恵

慎重と大胆を使い分け、人の世を賢く渡りなさい、と説く、バルタサル・グラシアン。

あまたの「癒し系」や「ガンバリズム」がどうもしっくりこない方におすすめです☆

初稿 2010年1月19日

 
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