『もし鳥になれたら最初にどこへ飛んで行きたいですか?』 #『質問』の答え

https://flyingquestions.tumblr.com/post/162392721005/質問の本からの質問ですオランダのカモメです

それは『過去の自分』です。

『あの頃の私』が頑張ってくれたから、今の私があるわけで、過去の私には感謝してもしきれないくらいですよ。

思えば、どんな危機に陥っても、不思議と「絶望しきる」という事はありませんでした。

目の前真っ暗に感じても、いつでも、その先に希望の光を感じ取ってきたし、どんなに辛く、果てしなく感じても、心の底では、自分が至るべき所に至ることを識っていたような気もします。

もしかしたら、未来の私――すなわち現在の私が、過去の私に必死に囁きかけていたのかもしれません。「絶対に諦めるな」と。

そういう意味では、私もシルスマリアの先端まで行ったような気がします。

何度、あの断崖に登っても、きっと同じことを言うでしょうよ。

`War _Das_ – das Leben?` will ich zum Tode sprechen.
これが――生だったのか わたしは死に向かって言おう。

`Wohlan! Noch Ein Mal!`
「よし! それならもう一度」と!

ちなみに、本人の生き様と作品は無関係ですよね。

晩年、ニーチェが発狂したからといって、作品そのものまで発狂しているわけではないし、少なくとも、その瞬間にはそれが真理と感じ、現代まで愛されているのですから、本人が不幸な亡くなり方をしたからといって、作品の価値まで損なわれるわけではないです。というより、それを書いていた最中には、本人は相当に幸せで、ある種のエクスタシーを感じていたことでしょうから(ほとんど別人28号)、書き終わった後、病気になろうが、破産しようが、作品とは何の関係もないのです。

魂のカモメも、永劫回帰のように、時空を飛び回っていることでしょう。

その声の聞こえる人だけが、絶望も知らず、飽くことも知らず、人生を味わい尽くせるのかもしれませんね。

「あたしは階段を半分降りたところが好きだよ。ここが『あたしの場所』だよ。てっぺんでもなくって、一ばん下でもない」
勿論、誰も聞いてやしなかった。アパートでムギの話し相手になることは、他の居住人から物笑いになることを意味していたのだ。
「この階段を半分降りたところからは、上へものぼれるし、下へも降りていける。どっちへ行っても、何だかいいことがあるような気がするね」
寺山修司『あゝ荒野』

カモメ オランダ

カモメは海の哲学者。何を考えているのやら。

カモメは海に向かって、決して絶望などしないのです。

いつでも自分の力で、自分の好きな所へ、飛んで行けるからね。

[question]

Morgenrood 曙光

Kindleストア

宇宙文明の根幹を成すレアメタルをめぐる企業の攻防と人間の生き様を描いた本格的な海洋ロマン。専門用語は使わず、予備知識のない人でも分かりやすい内容に仕上がっています。無料PDFも配布中。Kindle Unlimited 読み放題の分冊もリリース開始。

この記事を書いた人

石田 朋子

文芸愛好家&サブカルチャー・ファン。主に70年代~90年代の作品に思い入れがあります。寺山修司の名言『詩を作るより、田を作れ(揶揄)』をモットーに、好きな作品を次代に伝えることを目標にしています。海外在住につき、現代日本とは相容れない所がありますがご容赦ください。趣味はドライブと登山。