世界を見つめるラビット

抜け出す意思のある者だけが抜け出せる 不遇と幸運の境目 映画『8マイル』

私も『Shake That』と『Cleaning Out My Closet』を聴くまでは、エミネムなど全く興味なかったし、ましてラップなどウルサイだけという位置づけだったが、映画『8マイル』を観て完全に印象が変わった。

そうか、ラップの早口って、いわばシェイクスピアのソネットの現代版なんだな、と。

それまで適当にがなってるだけと思っていました(スミマセン)

好き勝手に喚いているように見えて、ちゃんと韻を踏んでるんですね。実は、めちゃくちゃ高度な技巧。

そんなラップの世界でも、ひときわ異彩を放っているのがエミネム EMINEM。

実生活でも母親との確執があったり、なかなかスキャンダラスな存在ではあるけれど、そんな彼が出演しているなら一度は観ないといけないと思い、やっと鑑賞。想像以上に素晴らしい内容でした。(ラップのMTV大会みたいな内容かと思ってました、スミマセン)

あらすじは、『8マイル・ロード』、現在では完全に没落した自動車産業の町、デトロイトの年と郊外を隔てる境界線であり、富裕層と貧困層、白人と黒人を分ける幹線の貧しい側に住む通称「ラビット」、ジミー・スミスJr(エミネム)が、地元クラブの主催するラップ大会に挑戦し、自ら道を切り開く、というもの。

ラビットは、幼い妹とシングルマザーの母親と三人で、みずぼらしいトレーラーハウスに暮らしている。

しかし、母親は若い男にぶら下がり、働く気もなければ、子どもを懸命に育てようという気もない。

ラビットがふらりとトレーラーハウスに帰ってくれば、母親は男に馬乗りになって、アヘアヘの最中という、なんとも惨めで、やりきれない生活環境だ。

ポンコツ車のバンパーに腰掛け、自らの境遇に項垂れるラビット。生活は貧しく、母親は若い男の愛人の気を引くことしか頭にない。抜け出したくても、自身は無力で、お金もない。まさに八方塞がりだ。

8 Mile 母親の性行為の場面に居合わせ、自らの境遇に嫌気が差す

そんなラビットを母親らしく元気づけようとするが、生活にも男にもだらしない母の言葉が胸に響くわけがない。愛憎が渦巻く中、必死に抜け出す術を探し求めるラビット。

無責任で身勝手な母と自らの境遇に嫌気が差すラビット

愛と性の9週間半を描いた映画『ナインハーフ』で、ミッキー・ロークを相手にセクシーな恋人役を演じたキム・ベイジンガーが、ここでは生活力のないシングルマザーを演じているが、これがまた、妙に中年の色気があってよい。「腐っても鯛」を地で行くような美しさだ。魅力的な女優は何を演じても魅力的。

生活力のない母親を演じるキム・ベイジンガー

そんな彼にも一つの救いがあった。それがラップだ。

貧しい黒人たちが集う地下のクラブでは、夜ごと、ラップ大会が開催されている。

クラブに集う黒人の中で繰り広げられる熱いライムのバトル

吐き出される言葉は、自らの貧しい境遇や社会への不満を表す激しいものばかり。

だが、そこには美しい韻があり、決して無意味に喚き散らしているわけではない。

これは言葉の格闘技であり、国語の技巧を競うコンペティションなのだ。

意味は過激だが韻は美しい

ライムとは韻を踏むこと

激しい言葉のバトルが繰り出される

ラビットもバトルに加わり、豊かな才能を披露しようとするが、初めての競技はさんざんだった。
緊張で全く言葉が出ず、みじめにマイクを握りしめるだけだ。
彼はまた白人であるというだけで黒人社会から敵視され、ステージに立つだけで罵声を浴びる。

白人であるが為に相手にされない

白人のラビットは罵声を浴びる

だが、そんな彼にも、彼の才能を信じて励ます仲間があった。
お前なら勝てると慰められるが、ラビットの心はもっとはるか高みを夢見ている。
貧困街のクラブの人気者で終わることが彼の目標ではない。

ラビットを応援する仲間

仲間から離れ、一人、夜道を歩いて行く姿は、ラストの伏線となっている。
孤高の道を行くエミネムの姿にかぶる。

一人道を歩き続けるラビット

ラビットは暮らしを立てる為、プレス工場で働いている。安月給の、底辺の仕事だ。
何の手がかりもない中、通勤バスに揺られる毎日だが、そんな腐った日常においても作詞の訓練は欠かさない。
バスの中から世界を見つめ、作品のテーマを探している。
「いつか、ここから飛び立つ」という意志の強さが感じられる印象的な場面だ。

バスの中から世界を見つめるラビット

通勤中も作詞を欠かさない

苦難の中でも音楽に没頭する

かつての自動車産業の勢いは跡形も無く、貧民街には荒廃した風景が広がる。
こんな中で、夢や希望をもてと言われても、無力感と絶望しか感じない。

荒廃したデトロイトの街

荒廃したデトロイトの街

仕事はド底辺のプレス作業。油にまみれながら、日銭を稼ぐのがやっと。

安月給の底辺の仕事

だが、ラビットと仲間の心の中にはいつも音楽がある。
日常のささいな出来事さえも、軽快な詞(ライム)とメロディに変えてしまう、豊かな感性と心意気がある。
そこでは誰もが詩人だ。
相手を言い負かすには、高い国語能力と音楽センスが要求される。

きのいい仲間のフューチャー

生活が詩そのもの

日常の思いが歌になる

高い国語能力とセンスが問われるライム

そんな中、モデルを夢見てニューヨークに旅立とうとする美女アレックスとの出会いを通じて、本気で、この貧しい境遇から抜け出そうとするラビット。
日々ノートに書き付けられる滝のようなライムが彼の唯一の手段だ。

作詞の訓練に余念がない

ノートに書き付けられるライム

初めてのステージでは緊張のあまり固まってしまったラビットだが、改めて、バトルに挑戦する。
弾丸のように繰り出されるライムは、彼の思いの全てであり、意思の表明だ。
必ずコレで8マイルの境界を乗り越える。
そんな気概が伝わってくる。

再びバトルのステージへ

弾丸のように繰り出される見事なライム

言葉の格闘技

エミネムさまの麗しいお尻も拝見できる、一粒で二度美味しい映画 ( *´艸`)

乗り越えるぜ8マイル

コンテストに勝利したラビットに、DJのフューチャーは「オレと組んでホストをやらないか」と誘うが、「オレはオレに合ったことをやっていくつもりだ」とラビット。

一緒にやろうと誘うシュート

エミネムの胸には、さらなる高みを目指す野心と志がある。

エミネムの胸にはさらなる高みを目指す野心がある

仲間から離れ、一人、己の道を歩き始めるラビット。その将来は、いわずもがな……。

己の道を歩き始めるラビット

本作で印象的な場面は二つある。

一つは通勤の車の中で、プレス工場のボスであるソルに、

なあ、ソル。「どうでもいいや」って思う時が来ると思うか?
ここらへん(高み)を目指すのを止めて、ここでいいと思う時、って

と問いかける場面。

日常の典型みたいなソルは、「いい加減にしろよ、今、浅の7時30分だぞ」と、話をはぐらかすが、ラビットの葛藤がこの一言に凝縮されているように感じる。
他のラッパーも、地元の仲間も「このあたり」で満足して、クラブのバトルで勝てばいいというノリだが、ラビットはそうではない。胸の中には、もっと激しい野心と渇望が渦巻いている。
だが、彼のように、運にも社会的にも見放されたような人間が高みを目指すのは、途方もない夢物語ではないか。
「このへんでいいや。どうでもいいや」と心の底から思えたら、どれほど楽かしれない。
でも、そうできないから、人一倍苦しんでいる。
そんな思いを周りに打ち明けても、心底から共感してもらえるはずもなく、「お前、何言ってんだ」と鼻先で笑われて終わりだ。
それでも、なおかつ追い求める人だけがスターになるのだろう。
もちろん、誰もが掴める星ではなく、敗れ、脱落していく者の方が圧倒的に多いのだが。

二番目に興味深いのが、母親に「今後も仲間のウィンクとデモテープを作るの?」と母親に問われた時、しばし考えて、「いや、一人で作る」と答える場面。
あれこれ迷い続けたラビットだが、そこで腹をくくったのだろう。
「どうでもいいや」ではなく、「一人でも高みを目指す」という決意だ。

その時、母親がえらく確信をもって「その方がいいわ」と返すのも興味深い。
突然、母親意識に目ざめたような物言いで、一瞬、目が点になる。

孤高の道をゆくと意思表明するラビット

孤高の道をゆくと意思表明するラビット

ともかく、本作は、ラビット=エミネムの一挙一動が自身の過去と心情をありのままに映し出し、素晴らしいというない。

ビョークが異色の現代ミュージカル『ダンサー・イン・ザ・ダーク』で、自身と役柄の区別もつかないほど見事な演技を見せたのと同じく、『8マイル』のエミネムにとっても、これが生涯ただ一つの出演作であり、自らの代名詞となる記念碑だろう。

高所から説教をかますこともなく、突如、意識高い系に目ざめるわけでもなく、ただひたすらノートにライムを書き付る姿が、そのまま貧困や不遇に喘ぐ若者への励ましのメッセージになるのは、エミネム自身がその体現者であるからに違いない。

抜け出す意思のある者だけが抜け出せる

何所の世界でも、格差や階層固定が深刻な社会問題となっている。

中には、完全に自己責任といえるケースもあるかもしれないが、貧困や不遇に喘ぐ多くは、本人の与り知らぬ所で運命が決められ、己一人の努力でどうにもできない状況に置かれている。映画『8Mile』でも、地元の仲間が、「ヤクでいかれた男が、こういう空き家に連れ込んで、レイプしたのを知ってるだろ。デトロイトにああいう空き家がいくつあると思うんだ。あんなのがすぐ隣にある町に誇りなんて持てるかよ。役所だって解体もせず、カジノを作って金もうけることしか考えてねえ」とがなる場面があるが、どんな人も、ど底辺の環境に置かれたら、希望も意欲もなくし、だんだん自暴自棄になっていくのが普通ではないか。

だとしても。

だとしても、である。

エミネムが、こうした作品に参加したのは、それでも抜け出すチャンスはある、と言いたかったからではないか。

バスの中で、廃墟とした町を観ながら、ひたすらノートにライムを書き綴るラビット。

仲間と戯れながらも、いつも、どこか遠くを見ているラビット。

コンテストに勝ち抜いても、仲間と手を取り合って喜んだりしない。

それでも、それでも、高みを目指さずにいない自分の気持ちに従い、一人になっても、己の道をひた歩いていった。

それが決して作り話ではなく、自身の体験であるからこそ、その一挙一動に納得がいく。

はっきり口にして言うわけではないが、その眼差しが、表情が、観る者にこう訴えかけるのだ。

抜け出す意思のある者だけが抜け出せる、と。

ぼんやり待っていても救いはこない。

仲間とくだを巻いて、文句をたれても、誰が助けてくれるわけでもない。

どんなに辛くても、自分で金を貯め、実力を養い、自分の足で抜け出すしかないのだと。

それが説教ではなく、力強いエールとして胸に迫るのは、怒り、悩む若者の心にとことん則した脚本だからだろう。

本作には、高所から主人公を導くメンターは存在しないし、身を震わせて正論を唱えるお節介親父も登場しない。

ただただ、自分で考え、自力で突破しようとする若者の姿だけが描かれる。

それはありふれたエールかもしれないが、生き地獄から抜け出すには、本当にそれしかないのだ。――自らの他には。

「金をためて、早くここを出たい」と呟くラビット=エミネムの姿には、万人の実感がこもっており、誰もがその答を知りたいと思うだろう。

そして、その答は、決して万人向けの優しいものではない。

それでもラビット=エミネムは言う。

すべてを忘れて、音楽にのめり込め

好きなことをして生きろ、という意味ではない。

もし、自分に可能性があるならば、下手に妥協することなく、一事に集中しろ、という話だ。

それさえ無い人は、どうすればいいの?

どうもしやしない。

ずっとその場に居るだけだ。

それでいいのか。

本当に悔いはないのか。

だが、もし、少しでも抗う気持ちがあるなら、全力で抜け出せ。

8Mileは、お前の心の中にある。

それを超えるか否かは、お前次第だ、と。

エンディングの『Lose Yourself。

映画のエンディング字幕はこんな感じ。

いいか もしも お前に一発のチャンス
こいつで夢が一瞬で叶う
つかむか 見過ごすか

顔がだぐだく
ひざはがくがく

ママのパスタも吐いちまった

そいつを隠して
キメてやる巨大なボム

けど頭ん中は真っ白
客の声援に真っ青
口を開けど
言葉は出ない
目の前はブラックアウト
これっきりだタイムアウト

ここはそう リアル 重力を感じる

またかよ なあラビット

それでも諦めず 負けも認めず

やつは最高(ドープ)
それに自分の”しま(ロープ)”だ

でも金がない
耐えられない
トレーラーに逆戻りは
つまり人生逆戻り

ここはラップ・シティ
瞬間を見過ごすな

すべてを忘れて
音楽にのめり込め
ビートを刻んでゴー・ゴー
逃すな これ
人生はワンス
いまこそ射てよ
一発のチャンス

大きな穴(ホール)
すり抜ける魂(ソール)
自分をメイキング
オレは新しい世界のキング
退屈なノーマルライフ
だけどスターはハードライフ
人気だけが一人歩き
周りは金目当ての女ばかり
その名も”地球を股にかける男”
故郷(ホーム)を離れて孤独なココロ
ヤツの顔は 娘ですらわからない
覚悟しろ 人気は永遠じゃない
女たちの興味は失せた
人気は急下降
商品としても色褪せた
これじゃまるで昼メロ
それでも刻め
ビートをつなげろ

すべてを忘れて
音楽にのめり込め

遊びは終わりだ 燃やすぜ怒り(レージ)
客の歓声で飛ばすぜ この小屋(ケージ)
かつてはジョーク
でも今は本気(マジ)
ヤジに負けた かつてはルーザー
ライムで闘い 今ではサバイバー
満足いくギャラを持ってこい
ますます増してくオレの苦しみ
9時-5時の仕事じゃ
まともには暮らせない
フード・スタンプじゃオムツは買えない
映画の中の話じゃない
オレの人生だ 冗談じゃない
子どもに食わせるのもキツい
父親とスターの両立もキツい
母親はヒス 子どもは脅えてる
こんな所 オレだってパス
立ち直れなきゃ ムショ行きか死だ
成功しかない 失敗は許されない
ママ 愛してるよ
けど この掃きだめで生きてはいけない
踏ん張れ これが唯一のチャンス

すべてを忘れて音楽にのめり込め

日本語訳にすると、やすっぽいJ-POPのようですが、オリジナルの歌詞は綺麗なんですね。

ラップ・バトルのシーンは、有志が日本語字幕付きでUPしてくれてますので、興味のある方はぜひ。

8Mileのサウンドトラックはこちら。ジェイ・Zとか、50Centとか、すごいアーティストがコラボしてます。

Amazonプライムビデオでも放映中なので、興味のある方はぜひ。

8 Mile [DVD]
出演者  エミネム, キム・ベイシンガー, ブリタニー・マーフィー, メキー・ファイファー, エヴァン・ジョーンズ
監督  カーティス・ハンソン
定価  ¥ 927
中古 8点 & 新品  ¥ 927 から
5つ星のうち 4.2 (147 件のカスタマーレビュー)

エミネムといえばShake that

私がエミネムに注目するきっかけになったのがShake that
いわゆる、あれのことなのですが、メロディが案外きれいなのです。Nate Doggさまの低音も素敵。
アニメは下品きわまりないが、面白い。(さすがにこれは実写でやれないだろう…)

最新作『ヴェノム』の主題歌。

今、世界中が怒り狂っているように感じる。

それも弱い者、虐げられた者の怒り。

誰もが無力感に苛まれ、心の内側に怒りを抱え込んでいる。

それが次々に周りに伝播し、町中が言い知れぬ怒りのエネルギーで満たされている、という感じ。

そして、世界は理想郷に向かうのか、あるいは、怒りのままに破滅するのか。

いずれにせよ、一部の特権階級には関係ない、って感じ。

そして、誰も居なくなって、機械を動かす手も止まって初めて、ピラミッドの頂点にいる人たちは、この世界が誰によって支えられているか思い知るのだろうね。

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