悪い奴ほど、よく喋る

サスペンス映画のお決まりのパターンではあるが、さっさと殺ればいいのに、その前に喋ること、喋ること。「冥土の土産に聞かせてやろう。お前の恋人を殺したのは、このオレだ。お前は相棒のサムがやったと思っているようだが、あの時、車の中に居たのは、KGBの工作員で、サムじゃない。通行人に見せかけて、どーたら、こーたら……」

『その女諜報員 アレックス』も、犯人の自白がやけに長かった。「お前の足を潰してやる」と女主人公を拷問器具にまでかけながら、ベラベラベラベラと長丁場。サッサとやればいいのに、「お前にはまだ利用価値がある」とか何とかで、結局、命拾い。

ミッション・インポッシブルにしても、エンド・オブ・キングダムにしても、悪人って、どうしてこう、自身の罪を喋りたがるのか。

それがシナリオの手法と言ってしまえばそれまでだが、思うに、どんな罪人も心の底では許されたがってるし、悪事においても自身を認めて欲しい気持ちは人一倍強い。
悪い奴ほど、黙ってあの世に行くことはできないのだろう。
昔のワルが、校舎内をバイクで走り回ったとか、10数人をボコボコにしたとか、吹聴せずにおれないように。

その点、多くの善人は、善行を心に秘めて、あの世に旅立つ。神が見て下されば、納得するからだ。
善人にとって、人生の最大の生き証人は神に他ならず、神が知って下さるなら、わざわざ吹聴することはないのである。

ところが、悪人は、行動の規範となるものが己と世間の中にしかないから、現世の誰にも相手にされないのが一番辛い。
たとえそれが最低最悪の行いでも世間に知らしめずにいないし、黙って良心の呵責に耐えられるほど強くもない。
結局、どこかで暴露せずにいないのは、自己顕示欲と空虚の現れだろう。もとい、葛藤に耐えられるほどの強さがあれば、悪事に手を染めぬものだから。

もし彼が心の秘密を墓場まで持って行けるなら、犯罪者ではなく、政治家になれる。その両方を兼ね備えれば、最強かと。

べらべら喋る悪人はチンピラで、心の底では己を世間に認めてもらいたがっている。

間抜けだから足が付くのではない。

本音は、自分がいかに凄い人間かを知ってもらう為に、足を残すのだ。

[amazonjs asin=”B01LYZJHKD” locale=”JP” title=”その女諜報員 アレックス(字幕版)”] ↑オルガ・キュリレンコのファンなので。『007 慰めの報酬』『ヒットマン』でも、悲運を背負ったヒロインを可憐に、セクシーに演じてました(^^)

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この記事を書いた人

石田 朋子

文芸愛好家&サブカルチャー・ファン。主に70年代~90年代の作品に思い入れがあります。寺山修司の名言『詩を作るより、田を作れ(揶揄)』をモットーに、好きな作品を次代に伝えることを目標にしています。海外在住につき、現代日本とは相容れない所がありますがご容赦ください。趣味はドライブと登山。